こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
SNSやニュースを見ていますと、胸クソ悪くなる動画や情報が入ってくることがありますよね。
そんな時、
という人もいるかと思います。
何を隠そう、僕もそんな人間でした笑。
何か気に食わなければ反論し、
と思っていました。(おいおい)
喜怒哀楽の「怒」と「哀」に関しては、ちょっと気をつけたほうがいいと思っていまして。
以前もいくつか記事にしています。
今日は「怒ること」について、再び書いていきます。
周りに乗せられない

僕は今でも、
とか、
とか笑、怒ることや批判すること、反対の意見を述べることは多々あります。
いえ。
“感情に任せて” 自分を見失ってしまったり、鼻息を荒くして相手と敵対することがよろしくないと言っているだけです。
世の中にはダメなものもありますし、「批判なき世界」なんてありませんから、指摘したり議論したりすることは至って健全なことです。
僕だって突っ込まれることはありますし、人間誰しもミスはしますしね。
ざっくり言いますと、
- いつも怒ってばかり
- 自分の正義を押し付ける
- 相手の意見を聞かずに反論
- 感情的になって暴力的・攻撃的になる
これらがダメだということ。
特に現在では、
とか、
とか、すぐに口をついてそう言ってしまう人がいます。
一方、YouTubeやSNSで、普通に国民同士が話している動画を見たりしますと、
と思い知らされます。
僕も世界各国を回りましたが、特に南米なんかは温かい人が多く、感動したことを覚えています。
「怒り」は、自分の正義(自分の肌)に合わない人を敵と見なし、
とする行為からくるものだと思っています。
また「周りも言っているんだし…」と煽られ、
という人も一定数います。
そうではなく、一人一人としっかりと話し合えば、もっと建設的な議論ができるはずです。
これらの感情は、なにも生みません。
人に流されることなく、しっかり一人一人と向き合うことですね。
本当に強い人

以前にも、大谷翔平選手の動画を紹介したことがあります。
政治家でも、
と思うシーンですら、気丈に振る舞って淡々と言論で勝負している人はいます。
と思わされますよね。
何度も言いますが、僕だって怒ることはあります。
世の中の理不尽に対してもそうですし、注意や批判を込めて言うこともあります。
ただ、
という挑発に乗ることはありませんし、ケンカをしたいわけではありません。
その土俵に乗っかってしまったら最後、その人の「人となり/器」とはその程度のものだったということでしょう。
やり返すとしても、
- 言論で
- 正々堂々と
戦うのが、僕ら人間(日本人)の美徳であり、武力で戦っていいのであれば、武器を使って簡単に相手をいなせばいい話です。
それで、
と言ったとしても、周りは納得しませんし、
と思われてしまいます。
- 戦争
- いじめ
- パワハラ
などは、ポジションや権力の濫用によって生み出された「弱い者いじめ」です。
怒りに任せて暴力的になるなんて、論外ですよね。
こういうのを見ますと、
と思ってしまいます。
卑怯と言いますか、情けないと言いますか。
怒りに任せて、強い者が弱い者に力を使うこと。
逆のパターンで言えば、下の者がグチを言い続けたりイライラしたりするのが、その類(たぐい)でしょうかね。
いずれにせよ、そうした「怒」を抑制し優しさを貫ける人とは、本当に強い人だと思いますね。
怒りよりも平和を

どうもいざこざや紛争とは、「無知」から来ることが多いです。
友人同士であれば、ちょっとしたミスでも、
と言えるのに、なぜか見知らぬ人が相手となりますと、
と、すぐに沸点に達してしまう人がいます。
相手を知ろうとすること。
それだけで「怒り」とは少なくなっていきますし、抑えられるものにもなってきます。
もちろん、近しい人でも、
ということは多々あって、そんな時は干渉せずに離れることで、穏便に物事を解決することができます。
要は「怒る」という選択肢自体を、選択肢の枠組みから「除外してしまうこと」が大事だということですね。
感情的に怒っても、正直デメリットしかありません。
- 疲れる
- 後悔する
- 関係が崩れる
- その後も考えてしまう
と、良いことなんて一つもないからです。(批判や指摘は別物)
それよりも「平和で」真摯に人と向き合うことのほうが、感情の起伏が生まれることもなく、安定した生活を送ることができます。
という人とは、やはり自分の正義を貫きたい(悪く言えば “押し付けたい” )だけなのかなと。
そうした土俵から一歩引いて、「大人」になることです。
そうしない限り、相手とのズレの部分をずっと認められないまま、怒りが湧いてきてしまいます。
大人とは、一歩引いてケンカの土俵から自ら降りられる人です。
こう思っている人は要注意です。
それよりも、
- フリーハグの人のように
- 大谷翔平選手のように
怒りやケンカで物事を収めようとするのではなくて、聖人として(あるいは日本人の美徳として)振る舞うほうが、よっぽどコトの収まりがいいのです。
もちろん、ダメなものや疑問のあるものには「NO」を突きつけたり、合わない人からは離れてみることも大事です。
「優しい=聖人」ではありませんからね。
自分が意見を言うときは、
- 冷静に
- 客観的に
言いたいですよね。
それならむしろ、何も言わないより生産的ですし、それこそ「真摯(紳士)」な対応です。
平和的解決を模索してゆくこと。
これはいつの時代でも大事な要素ですね。
おわりに
人間、どうしてもカッとすることはあります。
それでも、
- 自分の感情を律し
- 言い合いの場から身を引くこと
は、尊敬に値する行為だということは、誰もが理解できていることだと思っています。
批判や指摘をするときも、あまり感情を乗せないことです。(伝える手法として、言い方は多少感情的でも構わない)
特に怒っている時とは、なかなか自分を制御することができなくなってしまいますからね。
と感じたら冷静になりましょう。
議論を続けることが、何よりも大事ですからね。
それではまた!
