こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、「自分はなかなかの頑固者だった」ということを記事にしました。
またそれと同時に天邪鬼(あまのじゃく)の気質もあり、あえて逆を行くようなことも好きでした笑。
人と同じことをするのが嫌いな割に、自分の気持ちとは裏腹に日本の大きな流れに乗ってしまっていた自分。
今日は「あえて世間とは逆を行くこと」や「自分の好きなように生きること」について書いていきます。
世間に流されてしまう理由
僕は高校生の頃から、頑なに「みんながやっていること」を嫌っていました笑。
若かったこともあり、
と、友人が驚いている顔を見ては、面白いなぁと思っていました笑。
しかしそんな「世間とは逆を行く行動」を止めようとしていたのもまた、学校の友人でした。
以下、自分の「こうしたい」という気持ちを止めてしまう要因をまとめておきます。
周りの人間
忠告やアドバイスならわかります。
ただ友人たちからの「優しさ」はあまり感じられず、「お前にはできない」と言われているように感じたことがありました。
と思っていた僕は、当時は自分の軸を確立することができておらず、友人たちの言う「リスク」を心底怖がっていたものでした。
一方で、友人たちから「こうしたらいい」と言われたのにもかかわらず、全くもってやろうとしなかったことが「投資」でした笑。
頑固な僕としては、友人からのアドバイスにも「従ったり、従わなかったり」があるようですね笑。
もしみなさんが「お前にはできない」と言われたとしても、怯える必要はありません。
とにかくやってしまいましょう。
これは「見返す」ということではありません。
世の中に正解はないからです。
実は「投資」も1つのいい例でして、「投資をしたから正解」ということではないということも、頭に入れておかなければなりません。
大切なことは「やってみること」。
これに尽きます。
そういう意味で僕の家族は、僕が勉強している時は応援してくれたものでした。
「やろうとしていること」に対して、否定的ではなかったのです。
そのような、背中を押してくれたり、応援してくれたりする人たちと付き合っていくこと。
これが大切ですね。
恋愛相談などもそうですが、周りの人間はただ好き勝手にものをいっているだけです。
それらに流される必要なんてありません。
「自分がこうだと思うこと」に対して、
と言う人は必ず一定数います。
実は僕も、他人に向かってそう言ってしまうことがよくありました。
それは「自分にはできないから」、羨ましくて言う時がほとんどでした。
そんなことを言われても、やればいいのです。
と言われたって、構いません。
- 人としてダメなこと
- 何度言われても変わらないこと
など、本当に「よろしくないこと」を貫き過ぎてはいけないですけどね笑。
ある程度リスクを取らなければならない時、一番相談すべきは「自分」です。
周りの声は「参考程度」と思っておくとよいでしょう。
テレビやSNSなどのメディア
再三このブログで取り上げているのが「メディア」です。
テレビを売却してからというもの、ニュースは文字どおり「1ミリも」見なくなりました。
- 先生としてどうなの?
- テレビではこう言ってたよ
- 世間に追いついたほうがいい
それは「あなた」の意見です。
ニュースを見なくたって生きていけますし、ニュースも間違っている時があります。
不要な情報ばかりであり、知らなくてもいいことだらけです。
そして何より、僕はとても幸せになりました。
事件や不倫報道(誰も興味ない)などのネガティブニュースに触れることもなくなり、「自分のやるべきこと」に集中できるようになったからですね。
周りからの「同調圧力」とは、目に見えてはっきりしているものもあれば、テレビのように忍び寄ってくるものまで様々です。
最近、サウナに入って久しぶりにテレビを見ますと、
と思うことがあります。
そんな人(以前の僕)を、今でも見かけますね。
幸いなことに、最近の学生たちはスマホを見ていることが多く(それもどうかと思いますが笑)、教師としての肌感覚ですが「テレビを見ている生徒」は激減したように思います。
テレビはつまらないものも多くなり、YouTubeを見ているほうがためになる時さえあります。
全部を否定するつもりはありませんが、ニュースの報道の仕方には問題があると思いますし、個人的にはもう好きになれませんね。
これもまた情報の取捨選択の1つです。
みなさんも、ご自身の判断で「メディアとの距離」を考えて、世間の波の逆を行ってみましょう。
教育
僕はこの点が大きいと思っています。
教育現場にいますと、昭和初期の頃から全くもって変わっていないような先生を見かけます。
と思わざるを得ない考え方や行動をする先生は、いまだ多いです。
これは何も、教育現場に限ったことではありませんけどね。
- 親
- 先生
- 上司
など、様々な場面に「教育」は存在します。
「教育をする人」には、後世を育てていく責任があります。
逆に言えば、
と、下の子たちを支配することもできてしまうわけです。
「教育」は、一歩間違えれば「洗脳」にすらなるのですね。
僕がお伝えしたいことは、そんな「理不尽な人に抗う勇気」を持つことです。
そう思うようなケースもあるかと思います。
だから、ただただ強気に「暴力的に反抗しろ」と言っているのではありません。
そう思ったら、離れてみたり、聞いているフリをして無視をし続けたりすることです。
教育者は天狗になりがちです。
昔は「先生が全て」というような時代もありました。
でも今の時代は、「先生だから」という言葉を理由に従わなくていいのです。
先生の中でも「この人だから」ついて行きたいと思うべきであり、その地位や立場、ラベルによって信じ込む必要はないのです。
「教育」は最強の武器になり得ますが、先導者が方向を間違えますと、みんながそろって間違った方向へ向かって行ってしまいます。
- 家庭
- 学校
- 職場
これらの場所では、「教育」が常日頃から行われています。
間違っている教育には疑問を持ち、声を上げて戦うことや自分を貫くことも大切なのです。
そして、自分。
「周りからの影響や圧力」によって、自分なりの行動ができないことはよくあることですが、やはり最後は「自分」です。
これは教育によって、あるいは環境によってそうなってしまっている可能性が非常に大きいと思っています。
ただ「肯定されることが多い環境」で育っていますと、自分に自信も持てますし、
という気持ちを持つことができます。
一方で否定的な環境では、「同調しなきゃいけない」という気持ちを生み出させます。
そんな「自分」がひとたび作り上げられてしまったら、以後変わるのは至難の業ですからね。
反対の方向へと進んで行く自分を見れば見るほど、
と思ってしまうものです。
そんな自分を変えるためには、
- 本
- 人
に出会うことだと思っています。
そうして少しずつ、自分の「マインドブロック」を外してもらうこと。
一気には難しいので、「自分らしくあること」を他人に肯定してもらう機会を持つことも大切ですね。
自分1人で変わることができるのならば簡単ですが、それが難しいので「第三者」に見てもらうというわけです。
いい意味で、
と思えるようになるのは、最終的に自分がGOサインを出すかどうかにかかっています。
様々な本や人と関わる中で、あえて人と違うことをしている自分を信じ、進んでいけるようにしましょう。
まとめ
自分の行動を、
- 批判されたり
- 否定されたり
することはいつの時代でも、どの場面でもあり得ます。
そんな声に逆らっていくには、自信や勇気、そして仲間も必要です。
僕はあえて「逆」を行きます。
「わざと行っている」ふしもありますが笑、大抵はしょうもない組織や体制に対する反抗の意志から、です。
一人一人が声を上げることは大切であり、本当に自由に生きている人が増えることを願って止みません。
みなさんの行動を阻むものや批判する人は気にせず、時には逆行してでも自分の人生を生きていきましょう。
それではまた!
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