こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、サウナー仲間と一緒に『多摩境天然温泉 森乃彩』という、熱いサウナに行ってきました。
いろんな人といろんなお話をしましたが、僕が今一番求めているものは、やはり「自由でありたい」という気持ちであることに気づきました。
離婚をして、自分のお金と時間がある中で、自由ではありつつもそうではない点についても考えるようになりました。
今日は「自由」の考え方について、漫画ワンピースから引用してお伝えしていこうと思います。
自分で自分を縛っていただけ

僕が30年間生きてきた人生は、とても楽しかった一方で、振り返ってみれば「無難」な人生でもありました。
- いい高校に入って
- いい大学を出て
- 先生になって
- 神奈川県に骨をうずめる
いわゆる「安全な人生」を描いており、安定こそが勝利であると確信していました。
それは悪いことではありませんし、別に間違っているわけでもありません。
心地良い職場や仲の良い仲間たちがいれば、毎日楽しく生きていくことができるからです。
と思ってはいたのですが、巡り合わせもあって、自分の人生についてもう一度見直す機会がありました。
自由について考えていますと、僕の背中を押してくれるピッタリの漫画がありました。
それが漫画「ワンピース」です。
リンク
毎朝「公式アプリ」で数話分を読んでいます。(その後、サービスは終了しました)
そこでは、義兄弟であるサボが船出と同時に砲撃を食らってしまい、海の藻屑になるシーンがあります。
ルフィのもう一人の兄であるエースは、その事件を聞いた後でこう言います。
おれは頭が悪ィから サボが一体何に殺されたのかわからねェ
…でもきっと “自由” とは反対の何かだ…!!
サボは恵まれた貴族の家庭に生まれたのにも関わらず、自分の不自由な生活から「自由とは何か?」を自身に問い続けます。
この過去編を読んだ時、「幼いながらも自由を求めて奮闘する3人」に涙してしまいました。
僕は「経済的自由」いわゆる「FIRE」を求めるようになりましたが、このシーンを読んだ後で、
と、改めて考えるようになりました。
その一つが、「自由」だったのだと思います。
今まで僕を縛っていたものは、たくさんありました。
- 家族
- 結婚
- 仕事
- お金
- 人間関係
それらに気づいていないフリをして、自分の前に無理やり敷いたレールの上を、ただただ歩いていただけでした。
それらから少しずつ解放され、「自分はもう自由なんだ!」と思っていた矢先に、今度は「働き方」について疑問を持つようになりました。
僕はずっと「自由とは反対の何か」とは、「生きるために働き続けなければならない」という制約だと思っていました。
そう自問自答していたのですが、最近ようやく答えが出ました。
自分の自由を制限していた一番のもの。
それは、他でもない「自分自身」だったのだ、と。
そう思ってからというもの、目の前に敷いたレールを取り払うことに決めたのです。
そして、
と思うことができました。
今の環境では、制約が多すぎることに気づいたからです。
「お金」は自由のための手段ではありますが、僕が自由になるための本質的な「答え」ではなかったのでした。
それより何より、まずは自分が変わること。
これが大切だったのです。
人はもっと自由であるべきだ

職場でも人間関係でも、難しいのは自由度のバランスをとることです。
- 自己中心的だと社会で生きていくことは難しい
- 周りに合わせすぎてしまうとストレスが溜まる
僕はどちらかと言うと「自己中心」であり、職場でも言いたい放題言っています笑。
もっと広い視点で見てみますと僕はただ一つの歯車に過ぎず、意見が通っているとは思えません。
果たしてこれを「自由」と呼んでいいかと言われますと、やはり違います。
だから僕は、
と思うようになりました。
「自分勝手」はネガティブに聞こえますが、他人に迷惑をかけない程度であれば、
と思ったのです。
一度しかない人生で、自分が納得のいかないまま働く必要はない。
だから誰もが、もっと自分勝手になって良いと思うのです。
ワンピースでは、フランキーが麦わらの一味になる時に、フランキーの良き理解者であるアイスバーグはこう言います。
もういい加減に…!!!自分を許してやれよフランキー!!!
……もうてめェの夢に……生きていいだろ……?
リンク
だから僕は、
と決めました。
- もっと自分勝手に
- 自分の都合で
- 他人にGIVEしたい
自分が自由だと思えていないのであれば、今の状況を考えた上で、リスクを取って変わればいい。
組織の中で働けば働くほど、
と思うようになったのです。
自由は責任を伴う

と決めましたが、後ろ盾がないと心細くなるものです。
「自由とは責任が伴うもの」ですし、会社や組織に守られていたおかげで得られる「自由」も、確かに存在していました。
「今後、挑戦してゆく」ということは、その分「自分のケツは自分で拭く」ということです。
その分、自由度は格段に広がります。
もし、ルフィたちが「誰か他の海賊団の傘下に入る」といえば、それは「ルフィの望む自由」ではないと思います。
またルフィの兄であるエースは、「白ひげ海賊団」の2番隊隊長を背負いますが、その海賊団は愛にあふれ、エースを「自由に」戦わせています。
それぞれが思う「自由」をそれぞれが守っており、ルフィ率いる「麦わらの一味」も、船長ルフィに忠誠を誓いながら、自由気ままに生きています。
会社や組織と大きく違う点は、キャラクターのそれぞれが、個々で生死の責任を負っていることです。
ルフィの右腕である剣士「ゾロ」は、他の海賊団に引き抜かれそうになってガタガタ抜かすチョッパーに、こう言うシーンがあります。
お前が海に出たのは お前の責任!!!
どこでどうくたばろうと お前の責任!!!
冷たい言い方ですが、これは真理だと思います。
今の僕には、後ろ盾があります。
ゆえに、
と感じています。
これは事実であり、会社員や公務員を否定しているわけではありません。
自由な働き方ができる「白ひげ海賊団」のような組織もありますから、あくまで僕自身が組織に対して感じていることです。
「組織に属すこと」は別にイヤではないはずなのに、こう思うようになりました。
それも、自分の自由について考えたからですね。
おわりに
すでに自由になったと思っていましたし、今でも十分幸せに暮らしていると思っています。
しかし自分の人生を見返してみますと、「後ろ盾ありき」での行動しかしていませんでした。
いろいろ考えてみて、今の自分はまだ「真の自由」を手にしていないことに気づきました。
そのためには、
- 自分を縛っている考えを捨てる
- 自分の自由を大切にする
- 自分で責任をとる覚悟を持つ
ですね。
今は、リスクを取る準備もできています。
これから新しい世界へと飛び込む前に、たくさん勉強して、少しずつでも行動していきたいと思います。
それではまた!

