こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
もう30歳を超えたというのに、やはりどこかで感情的になってしまう自分がいます。
- だるいなぁ
- 疲れたなぁ
- 鬱陶しいなぁ
人間ですので、感情的になることは決して悪いことではありませんし、むしろ普通のことです。
感情が豊かだからこそ、得られる「大きな感動」もあります。
さて最近は税金の勉強として、橘玲さんの「黄金の羽根の拾い方」を長らく読んでいました。
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2002年に出版された本ですので、情報も若干古いのですが、思った以上に細かい説明と深い内容でとても勉強になっています。
今日は「感情的になること」を制するために、想像力を働かせることが有効だということについて、記事を書いていこうと思います。
映画や小説でインプットしよう

僕は大学生の頃、図書館にある有名な映画(洋画中心)を、かたっぱしから見た覚えがあります。
またTSUTAYAに行っては、何かしらのミステリー系の映画を借りては、自宅で見ていました。
今はじっとしていることが苦手ということもあって、特にサブスクもしておらず、映画を見る機会はめっきり減りました。
後輩にも映画好きな子がいて、
と、よく話の引き合いに出してきます。
たくさんの映画を見てはきましたが、同時にそんな感覚も持っていました。
一方で、昔から「小説を読むこと」は好きでした。
- 映画を見るにせよ
- 小説を読むにせよ
想像力を掻き立てていることには、大差ないと思いました。
さて、想像力を掻き立てることが、一体何の得になるのでしょうか。
僕も「小説」が好きだったものの、やはり推しきれていない部分もあって、
としか思っていませんでした。
しかし先日、リベラルアーツ大学の両学長が、こんなことを言っていました。(概要です)
想像力を働かせられる人は、きっと人の気持ちもわかるんだと思う。
だからそういう人は、社会で生きやすいんじゃないかな。
驚きました。
と。
僕はとても感動したのです。
想像力を働かせる = 相手の立場に立つ

想像力がある人、それは「=アイディアマン」という意味ではありません。
多くの映画や小説が「ただの浪費」(=エンタメ)だと思っていた僕にとっては、それが想像力を働かせる手助けになるとは、考えもしていませんでした。
映画や小説では、自分の生きてきた時代や環境とは違う設定がなされており、
- SFもあれば
- 実社会に寄せたストーリーも
あります。
普段の生活の中では、日常が当たり前となり、それが僕らの「常識」を形作ってしまいます。
しかし、ひとたび映画を見たり小説を読んだりすれば、それらに没入するだけでなく、
- 自分との比較
- その世界のあり方
- 登場人物の琴線の揺れ
など、主観性も客観性も鍛えることができる、「学び」となります。
僕も小学生から中学生にかけて「ハリー・ポッター」シリーズを読んでいましたが、映画が出る前はあの世界観を想像力だけで補っており、映画とは全然違う「魔法世界」をイメージしていたものでした。
そうやって「想像」する訓練をしますと、
- この場合はどうだろうか?
- なるほど、そんな発想があったなんて!
など、自分の知らないことを補完しようとするようになります。
実はこの作業が、実社会でのコミュニケーションに大いに役立ちます。
それは、
- お互い知りもしない相手
- 育ってきた環境も違う相手
のことを、想像できるようになるからです。
相手を思いやれない人は、大抵は想像力に欠けています。
それを「0から鍛えること」は非常に難しいことです。
しかし、映画や小説などのアウトラインに助けてもらいながら、
と想像することができれば、知らない相手のことを想像できるようになります。
「想像力」を身につければ、
- 考え方が柔軟になり
- 自分とは違う悩みを抱えている人のことまで
考えられるようになってきます。
だからこれからは小説だけでなく、積極的に映画も見てみようと思いましたね。
何に対しても「その先」を見るようになる

ここ一年は特に、世界や自分の命に「感動しっぱなし」でした笑。
「想像力」はいつでもどこでも、その力を発揮します。
- 大自然や巨大な建築物を見て「どうやってできたのだろうか?」と思う
- イライラしている人を見て「何かツラいことでもあったのだろうな」と感情を寄せてみる
こうして「目の前のモノ」や「目の前の相手のこと」を想像できるようになりますと、その想像が仮に間違っていたとしても、感情的になることに一旦ストップをかけられるようになります。
「たぶんいろいろあったのだろうな」と想像することができれば、
- イラだちや怒りも収まり
- 人に優しくなることができる
のです。
もちろん「間違った想像」をして決めつけてしまった場合は、「想像力に欠けている」のだと思います。
あくまで一度立ち止まって、様々なパターンを想像するだけなのです。
- 決めつけたり
- 押し付けたり
することは、また違いますからね。
目の前の人やモノの、その先へと目線をやることができれば、「理解や共感の力」が身につくのだと感じたのです。
先日、久しぶりに美術館に行きたいと思い、東京富士美術館に行って来ました。

僕が美術館に行くのは、
- 自分との対話
- 偉大な作品に触れる
- 静かな館内でマインドフルネス
などの目的があるからです。
しかし最近では、美術館では「想像力」も掻き立てられているということに、気がつきました。
- どうやって作ったのだろう?
- どれだけの時間がかかったのだろう?
- この時代に何を思って描いたのだろう?
と。
抽象画であるほど、その想像は難しい一方で、とてもいいエクササイズになります。
「想像の経験」は、してもし過ぎることはありません。
想像力のある人ほど、人の立場に立つことができる人であり、すぐに感情的にはならないのでしょうね。
おわりに
映画や小説、美術館だけでなくても、いろんな場面で「想像力」は大切です。
この世界を生きて行く中で、知らないことなんてたくさん出会います。
そして、それらの「ヒント」となるようなこともまた、世の中にたくさんあります。
- 様々な文化背景や歴史
- 信じられないストーリーや生き方
など、すでに世界に存在する作品たちからインスピレーションをもらうこともアリですよね。
「自分」という狭い世界にい続けてしまっては、想像力は養われず、自分の正義を相手に押し付けてしまいがちになってしまいます。
ぜひみなさんも、オススメの映画や本を周りの友人に紹介し、逆に新しいジャンルにも触れてみてくださいね。
それではまた!

