こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日から読んでいます「学力の経済学」ですが、その中でまたしても「GRIT(=やり抜く力)」が出てきました。
「GRIT」とは、
- 忍耐力
- 粘り強さ
と言った、いわば「非認知能力」の部類に入り「生き抜く力」とも言い換えることができます。
以前にも、この書籍について何回か記事を書いたことがあります。
今日は「やり抜く力」が社会においてどれだけ役に立つかについて、書いていこうと思います。
成績が良かった子は年収が高い
科学的な裏付けとして、学校の成績が良かった子は、その後の追跡調査で年収が高いという報告が出ています。
これは偶然ではありません。
ただ、この事実だけを聞いてしまいますと、
と思ってしまう人もいます。
でも実際は、成績もそうなのですが、
- しっかり学校に来る
- 提出プリントを出す
- 規律やルールに従う
など、細かな点で真摯に学校生活を過ごしてきた生徒たちが、年収UPにつながっていたのでした。
この「一見勉強とはあまり関係なさそうな点」が、実は「人生」と大いに関係があります。
年収が全てではありませんし、それは1つのデータでしかありません。
ただ、この「非認知能力」が物語っていることは、
「頑張り抜く生徒は、結果的に社会において強くなる」
という事実です。
と思われる方もいるかもしれません。
それでも、出された課題を一所懸命こなし、いわゆる「優等生」を目指していくことは、何も悪いことではないのです。
その上で、社会に出たら、
- ルールに縛られず
- 自由に働きつつも
- 粘り強く生きていけばよい
のです。
僕自身は、模試などの実力試験は苦手でしたが、学校の定期テストなどやれば結果がついてくるような試験は必死にこなしました。
目に見えて努力が反映されますし、一所懸命こなしている自分に「自信も持てた」からです。
その当時は、
と嘆いていたものでしたが、様々な文献を読んでみますと、今まで自分がやってきたことが今に繋がっているような気がしていて、嬉しい限りです。
たとえ定期試験のような、地道な努力のあとに結果が出るものであっても、粘り強さや生き抜いていく力は、確実に身についているのです。
やり抜く力はなぜ強いのか?
先生をしていますと、
- 途中で諦めたり
- 自分には無理だと言ったり
する生徒が散見されます。
実は生徒たちに、
と教え諭(さと)すだけでも、その後の人生が右肩上がりになることがわかっています。
諦める生徒たちに共通していることは、
「生まれた時から能力は決まっている」
という思い込みがあるということです。
でも実際は、そんなことは「ない」のです。
いえ、「ない」と言い切ることはできないかもしれませんが、努力次第で伸びるということは、誰にもわからないと同時に、可能性を秘めているということでもあります。
こう思えている友人を見たら、みなさんはどう思うでしょうか。
- ポジティブで、
- 行動をしていて、
- 常に成長しようとしている。
このような姿が見えることでしょう。
僕自身も、このマインドセットをもとにして少しずつ行動をしてきたので、だいぶ見える世界が変わってきました。
この「やり抜く力(=粘り強さ)」は、僕が思うに「ずっと行動し続けること」を意味すると思っています。
当然のことながら、部屋で寝ていても人とは出会えませんし、何もせずに漫然と過ごしていても、幸せで豊かな人生が訪れることはありません。
と考え、行動し続ける人が、その後「右肩下がりの人生」になっていくはずはありません。
少なくとも、微妙に成長し続けていくはずだからです。
つまり、
- 頭の良さも
- 豊富な経験も
要らないのです。
むしろ、必死に続けていれば、必ずそのような力は自然とついてくるものです。
僕は今でも、これからも、この「GRIT(=やり抜く力)」が大切だと信じていますし、一生をかけて、人生をやり抜いていきたいと思っています。
継続力や持続力は必ず生きる
「人生が100年ある」と思えば、一瞬の爆発的な力があるだけではダメだということに気がつきます。
もちろん、エネルギッシュに弾けて挑戦してくこともまた、大切な力ではあります。
ただ、
- 何か落ち込むような時
- どうしてもやりきれないような時
というのは、人生において必ずやってきます。
と言ってしまうのは極端ですが、それくらい人生の「谷」を意識して頑張り抜く「気合い」が大切なのです。
精神論ではなく、科学的に証明されているのです。
僕の過去で基盤となったのは、やはり「勉強」だったと思います。
勉強は「積み重ね」がモノを言います。
この力は、
- ブログ
- ダンス
- ランニング
と言った「続けることがツラいもの」へと影響を与え、見事に生きています。
自分で言うのも恐縮ではありますが、実際に僕自身が感じていることです。
学生時代、実力試験は苦手だったかもしれないですし、成績を取ること自体が目的となってしまっていました。
それでも、必死になって夜遅くまで勉強を続け、良い成績を取ったり受験したりした経験は、確かな自信となりましたし、確実に今に生きています。
今は学校の先生ですので、その「気合い」の経験が生きているかどうかは定かではありませんが、現に9年間「教員」を続けることができました。
辞職したあとは、自分の力で這い上がっていかなければならないと思っていますが、
と信じることで、世の中をもがいてでも生きていけるような気がするのです。
生徒や友人、仲間を見ていましても、ガムシャラに勉強したり、学んだり行動したりしている人たちは、どんどん生活が良くなっています。
目もキラキラと輝いていますし、エネルギーに満ちています。
僕もそうなりたいのです。
必死にやり抜きたいのです。
それは簡単なようで難しく、難しいようでシンプルなことです。
頭の良さや認知能力だけに固執せず、そういった「精神的な気力」について考え、養ってみるのもいいことなのかもしれません。
おわりに
「GRIT」はここ数年でとても注目されている力であり、生徒だけでなく現代の社会人にも必要な力だと思っています。
単なる精神論にとどまらず、結果としてデータが出ていることからも、勉学や地頭の良さを別のアプローチを通してカバーできる、大切な力なのです。
僕自身がその力を持っていると言いたいわけではありませんが、「やり抜いてきた」という経験そのものは、今でも自分の根っことなり、自分自身を支えてくれています。
もし「あきらめグセ」のある人は、そうしたアプローチから見直してみますと、少しずつ人生が良くなるかもしれません。
ぜひ本書2冊を読んで、参考にしてみてくださいね。
それではまた!
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