30代恋愛ベタな男が苦手な恋愛観を語ってみる【余裕をもつこと】

人間関係

こんにちは。すずきです。(@seiz_suzuki

「離婚を経験した後の30代男性は恋愛に対して、一体どのような考え方を持っているのだろうか」と思い、自己分析してみることにしました。

と言うのも、最近周りの友人がマッチングアプリをしていて、恋愛について話す機会が多かったからです。

気になる方はこちらもご参照ください。

僕も以前、2ヶ月だけお試しでアプリを活用してみたことがありますが、自分の性に合っていないなと思って(めんどくさくなって)やめてしまいました。

ゆえに「すずき = 一般的な/典型的な男性」ではないと思っていてください笑。

自他共に認める、ガチガチの硬派ですからね。

こうして真面目なことしか記事にできていない時点で、みなさんすでにお察しかと思いますけれど。

「結婚経験者=恋愛マスター」というレッテルだけは貼らないようにご注意ください。

それでは僕なりの恋愛観において大切だと思うことを、ひとつずつ確認していきましょう。

お互いがある程度自立していること

恋愛において一番大きな部分を占めている要素じゃないかと思うこと、それは「お互いがある程度自立しているかどうか」という問題です。

自立にも様々ありまして、

  • 精神的
  • 経済的
  • 私生活

などがあげられます。

ここである程度の自立ができていないと、一体何がいけないのでしょう。

僕が思うことは、

  • 自分の欠けている部分を相手に求めたり
  • ないものねだりをしてしまったり
  • あれもしてほしい、これもしてほしいと頼んだり
  • 理想や期待を押し付けてしまったり

してしまうのではないか、という点です。

「自立」という言葉が的確な表現だと思っていますが、余裕があるかどうかと言い換えることもできます。

ある程度の自立ができていないということは、どこか自分に「決定的に」足りていない部分があり、余裕がない状態を表すとも言えるからです。

間違ってほしくないのは、これが「完璧な人間であれ」ということを意味しているわけではないということです。

そこで僕は、「ある程度の」という言葉を使ってみました。

恋愛においては、お互いの穴を埋めたり欠点を補い合ったりする作業も大切なのでしょうけれど、その「穴」があまりにも大きすぎる場合、あるいは埋めても埋めても空いてしまう場合は、2人の関係性がGIVERとTAKERに豹変してしまいます。

相手の欠点ばかりが目についたり、あるいは逆に自分の至らなさに自己嫌悪に陥ったりすることで、与え過ぎてしまったり受け取ろうとし過ぎてしまったりして、2人の間のバランスが崩れてしまうのです。

お互いが好きであることもとても大切だと思うのですが、前提として「ある程度の余裕」がないと、どちらかがどちらかにつきっきりになってしまい、気を揉んでしまいます。

ただし、

  • 転職
  • 出産
  • 育児
  • 親族のイベント
  • 事業の立ち上げ
  • 単純に仕事の繁忙期

など、それぞれの人生の波によって辛い時期や、片方が支えてあげなければならない時期も当然出てきますよね。

その時は、バランスが崩れてしまうのも止むを得ないでしょう。

それでもお互い辛い時に支え合い、その都度「感謝」をして、また新たに再スタートを切ることができれば、それは良好な関係と言えるのではないでしょうか。

完璧である必要はないが、お互いが支え合えるよう、それぞれにある程度の自立が必要。
「余裕」がないと、関係を続けていくことは難しくなってくる。

追い求める人ほど離れていく

最近同じような記事を書いた覚えがあります。

「幸せを追い求めていく人ほど、その人から幸せが離れていく」といった主旨です。

これは先ほどの「余裕」という感覚と重複する部分があると思います。

僕がマッチングアプリを活用していた時も、間違いなく「焦り」のようなものはありました。

周りの友人の後日談によれば、

「すずきがどうにかなっちゃうのかと、内心ヒヤヒヤものだったよ笑」

ということで、僕はかなりわかりやすく「焦っていた」ようでした。

人間、焦っていて余裕のない時ほどコントロールが効かなくなり、自分が思っている以上に空回していたりするものなのですよね。

得てしてそういう時は、「パートナーとうまく巡り会う確率は低い」と思っています。

なぜでしょうか。

それは僕自身がそう体験したからです笑。

マッチングアプリを活用し始めてから2ヶ月後、最終的には僕自身のほうから、

  • 今はやるべきではないな。
  • もっと自分について考える時間がほしい。
  • と言うよりなんかめんどくさいな…
  • こういう出会いの手法は自分には合っていないな!

と様々思うようになってしまい、やめることになりました。(マッチングアプリを否定しているわけではありません)

すると湧いて出てくる、この余裕感ですよ笑。

「求める気持ち」がない状態というのは、「全てを受け入れられる姿勢」を意味するのかもしれません。

今の僕はあまり恋愛について考える時間がなくて、「まだいいかなぁ〜」なんてのん気に過ごしております。

すると不思議なことに(ありがたいことに)、言い寄られるようなことも何回かありました。(素直に嬉しい)

そしてこういう時に限って、僕自身は「恋人は要らない」というスタンスなんですよね。

最近もワンピースでゾロが出てきますと、

「そうだ。僕はゾロみたいに、浮つかない漢でなきゃいけないんだッ!」

と、すぐに影響されて変な方向へ走ってしまいますからね笑。

なるほど、わかりました。

だから恋とは「エゴとエゴのシーソーゲーム」なのですね…深い。(?)

恋人やパートナーが欲しいほしいと思っている時ほど、焦りが見えてしまい、往々にして人が離れていくことがある。
余裕を持って「ドン!」と構えていると、その余裕に惹かれる人がいるのかもしれない。

ありのままを大切にできるか

僕は自分が思っている以上に、

  • 自由を愛し、
  • 恋人以外の友人との時間も大切にし、
  • ひとりの時間を好む。

といった人間だということが、わかってきました。

ひとりひとり、それぞれのスタンスがあっていい。

だからこそ、どんなにお互い好きなパートナーであっても、それを奪ってはいけないのだと。

この考え方についても、行き過ぎてしまいますとこうなります。

  • 付き合っても or 結婚しても、お互い何をやっても構わない。
  • 相手に口出しするのは全てタブー。

大切なことは、付き合ったり結婚したりする際にお互いの大事なもの、それぞれのありのままを認めて受け入れることができるような、そんな度量があるかどうかということです。

「ここだけは超えて欲しくない」というラインはお互いに必ずあり、そこを尊重できないのであれば付き合うべきではないですし、たぶん長く続けていくことは難しいでしょう。

しかし一方で、「お互いのありのままを尊重すれば万事OK」という単純な話でもありません。

時に妥協せざるをえなかったり、自分の身を削らなければならなかったりするような「場面」や「時期」も必ず出てきます。

前提として、それぞれのスタンスや性格、大事にしているモノや時間などを擦り合わせた上で、お互いを尊重し合い、穴を埋め合って助け合いながら、成長できる関係がベストですよね。

お互いの大切にしている部分を否定せずに認め、尊重し合うことで、本当の意味でのパートナーとなることができる。
お互いのラインや価値観を確認するためには、話し合うことがとても大切である。

おわりに

こうした恋愛観にたどり着いたのも、僕と結婚してくれた人や、周りで支えてくれた友人たちのおかげなのかなと思っています。

今は清々しいくらいに恋愛とは距離を置いていて、

  • ブログの時間を確保したり
  • 友人と集まって会ったり
  • どこか遠くへ旅してみたり
  • ひとりで内観する時間をとったり

と、自分の本能の思うままに行動したり、今しかできないであろうことについて思いを巡らせたりしていることが、本当に楽しくて仕方ありません。

一方で、どこかで電撃が走るような出会いもあるかもしれませんから笑、その時のために自分を磨いておくことも忘れてはいけませんよね。

いまだ自分の「恋愛レベル」は、弱小の雑魚キャラレベルだと思っていますが、レベルアップして強いキャラになれるよう、いろんな経験を積んでおきたいとも思っています。

だから「出会い」に関しましても、もしかしたら積極的になって新鮮な経験をする機会があるかもしれませんね。

それもまた巡り合わせです。

何度も自分の価値観に問い続け、カッコいい「漢」を目指していこうと思います。

それではまた!

コメント

タイトルとURLをコピーしました