こんにちは。すずきです。(@seiz_suzuki)
以前読んだ本や動画で見かけた受け売りの情報ですが、自らオープンにすることで多くのメリットがあるということを知りました。
僕は昔から嘘がつけないため、
「オープンにすることって、実は悪いことなのだろうか?」
と思っていたのですが、どうやらそうでもないらしいので安心しました笑。
僕なりに感じている「オープンであること」のメリットをあげていきましょう。
相手もオープンになる
僕は自分の趣味趣向を、初対面の人にも平気で言ってしまいます。
「筋肉ゴリラ」というだけで初対面でのマイナスポイントが非常に大きいですので、僕は圧倒的不利な立場にいることを忘れてはいけません笑。
しかし、まずこちらがオープンにすると、相手の方は「あぁ、この人は全部さらけ出してくれるのだな」という安心感を持ってくれます。
すると相手も徐々に、自分のことをたくさん話してくれるようになります。
僕は以前、大学の新入生歓迎会の時に「新1年生に現2年生が混ざる」というドッキリをしかけられたことがありました。
大学の伝統でして、毎年行われているものです。
そこでニセの新1年生こと「ニセイチ」たちは、常人とはかけ離れたプロフィールを惜しみなくバンバン出してきます笑。
新1年生たちも、負けじと自分の「ディープな」自己紹介をするわけです。
かくいう僕も、あることないことをバンバン言ってしまい、周りの友人たちはドン引きしていました笑。
この場合は1対1での会話ではないので、環境や雰囲気によってオープンにしてしまったふしもありますが、相手がオープンにしてきたらこちらもオープンにしたくなるという典型例でした。
具体的な情報を出すかどうかは別にしても、自分が全てをさらけ出せば相手は受け取る姿勢だけでもオープンにしてくれます。
むしろこちらからオープンにしない限り、相手もオープンにしてこないということのほうが多いです。
ただし、GIVE&TAKEの話にも近いので注意です。
つまり「こちらがオープンにしてるんだからそっちの情報もくれよ!」という話になってしまう可能性もありますので、そこは気をつけなければならないということです。
あくまでコミュニケーションを円滑にすること、相手に自分のことをよく知ってもらうことが大切なので、まずはオープンにしてみることは悪いことではないでしょう。
自分をさらけ出せる
僕は、
- よく失敗をしますし、
- YouTubeで捕食の動画みたりしますし、
- 投資もやってますし、
- サウナも好きです。
「それらの情報を出して何が悪いのだろう?」と思っています。
そんなことはバンバン伝えてしまうのです。ブログで大抵のことは丸裸です。どうしてくれるんですか。
特に昔の、坊主でメガネだった中高時代の写真を見せるのが、たまらなく好きなんですよね笑。
相手に少しでも笑ってほしいという気持ちから、そうした愚行に及んでしまうのです。
以前生徒から、
「それって昔の自分を見せることによって、今の自分がカッコよくなったっていいたいんでしょ?」
と言われました。
「そんなつもりは1ミリもなかったんだけど、そう聞こえてしまうのか。なるほど」と面白い視点に感動したことはありましたけどね笑。
そもそも僕は、誰かに何か隠し事をするのが嫌いであり苦手なんですよね。
別にやましいことでもないため、「手札を全部見せちゃえ!」みたいな感じです笑。
サプライズやボケとして嘘をつくのは好きなのですが、
- あえて情報をひた隠しにする。
- タブーなことだから話さない。
といったようなことは、なくしていきたいのです。
自分のことであれば、わだかまりや喉に何かが詰まったような状態は残さずに、ストレスなく話していたい気質なのです。
ただし、相手が話しづらいことを無理に強要することはしません。
あくまで「自分をオープンにすること」を大切にしています。
そうして「自分のキャラクター」を思う存分に出せると、もはや失うものはありません。
相手にも僕というキャラクターがダイレクトに伝わりますし、「僕はこういう人間です」というスタンスを持つほうが、自分の信念や考え方も伝わりやすくなります。
こんなに開放かつ解放された気分になることはないでしょう。
反応が返ってくる
自分の趣味や興味の尽きないものを全面に出していますと、鬱陶しがられると思うのが普通ですよね。
何を隠そう、僕は既に鬱陶しがられています笑。
- やたらめったら長いSNSを投稿したり
- 誰も興味のないブレイクダンスを投稿したり
- サウナの魅力を語り始めたり
僕がやると決めていることは、とにかく振り切ることです。
中途半端に出し惜しみますと、その感覚は相手に伝わってしまい、身構えられてしまいます。
自分の知識や経験、考え方を惜しみなくさらけ出していますと、その分だけ周りからのリアクションがあります。SNSだったり、会話の中であったり。
考えれば自然なことでして、自分の新しい知識や経験を際限なく出すことはアウトプットにもなりますし、相手もそれにまつわる話を出してくれます。
相手なりの知識や経験、または利益のある情報を教えてくれることもあります。
仮に、僕が今から自己紹介をするとしましょう。極端ですが、
「僕は30代教員ですが、何かありますか?」
で自己紹介が終わってしまったら、「そりゃなんだよ」となっていまいます。
そして「相手から何か聞き出そう」というのは、少し虫が良すぎますよね。
もちろん、
- 「相手の話を聞いてあげること」
- 「ターンを取り続けずにバランスをとること」
などコミュニケーションにおいて大切なことはたくさんあります。
しかし、自分のターンが来たら手持ちのカードを小出しでも大出しでもいいので、振り切って全力でさらけ出していく。(大出し?)
すると相手もとっつきやすい話に反応してくれます。
話にも花が咲き、「相手の反応にまた反応する」という連鎖反応が起こります。
1対1ではなくても、常にオープンな姿勢でいますと、周りの人も話しかけやすくなってきます。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
開けた態度は、人を呼び寄せる力があるのだと思っています。
まとめ
自分のことをオープンに語る、僕なりのメリットを紹介しました。
- 相手もオープンになる。
- 自分のことをさらけ出せてストレスがなくなる。
- 反応が返ってきやすく相互作用が生まれやすい。
僕は昔からオープンではありませんでした。
しかし話すことが楽しくなってからというもの(大学時代あたり)、オープンにする癖がつきすぎていてドン引きされることすらあります笑。
ありのままでいるということは人間である以上、許されている姿だと思います。
個人的な悩みや伝えにくい内容など、相手を選んで話すことも時には必要ですけどね。
「オープン」とは、
- 社交的
- 陽キャ
- 明るい
- 悩みがない
などと捉えられがちですが、雰囲気や性格を指していう状態のことではないと思っています。
単純にオープンであるという事実があるだけ。これだけの話です。
僕をまるごと一個、「はいどうぞ」とお伝えすること。
これに徹するよう心がけています。
中には、
「自分一人の時間や、内向的な性格自体を否定するな!」
と言う人もいるでしょう。
むしろそうしたインプットがあって初めてさらけ出すことができると思っていますので、いろんな性格や生活リズム、行動パターンや趣味趣向があっていいと思ってもいます。
あとはそれをオープンにするかどうかを、それぞれが選択すればいいのです。
僕はオープンにする派ですが、あえて「多くを語らずにミステリアスでいること」もまた、魅力の1つです。
ただ僕は、僕らしくあればいい。
そもそも相手からの「バック」や「見返り」を求めて、オープンにしているわけではないのですから。
いずれにせよ自分にストレスのある生き方はしたくないですし、しないほうがいいのです。
皆さんも人とのコミュニケーションの中で、ご自身をさらけ出してみてはいかがでしょうか。
きっといろんな束縛から解放されることでしょう。
それではまた!
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