こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
教育に熱い僕は、また最近になってAbema TVという討論番組をなめるようにして見てみたり笑、もともと職場が一緒だった先生と飲みに行ったりして、再び「教育とは何か?」について考えるようになりました。
先日も元同僚の先生と話していますと、
という悲痛とも取れる声を聞くこととなりました。
日本にはいろんな「幻想」があって、ずっと変われていないことがたくさんあります。
海外で聞いた「日本人は実は優しくない」ということもまた、僕の胸にグッと刺さった意見でした。
今日は、「日本がしんどさを感じていること」について、教育の面からも考えていきます。
学校の生徒たちの向かう先
現役の学校の先生たちと話をしていますと、残念ながら、
という声も聞きます。
僕も先生をやっていたので分かりますが、決して全ての生徒に自分の授業が当てはまるわけではなくて、
- 教科
- 相性
- 人間性
など、総合的に考えて「好き/嫌い」が分かれるものだと思っています。
みなさんもご自身の学生時代を思い返せばわかる通り、
と言える人なんて、ごく稀(まれ)でしょう。
勉強好きの僕ですら、「楽しい/楽しくない」などの優劣は教科ごとにありましたから、これは先生のせいでもなければ、生徒のせいでもありません。
よく、
と面白いことを言ってくる人がいますが、自分が「先生かつ生徒」になったと仮定して、自分の大嫌いな(苦手な)教科を、今から自分に向かって教えなければならないと言われた時、モチベーションを上げることができますか。
と言うことでしょう。
先生と生徒の「両方の立場」を理解できるはずです。(もちろん、先生たちも努力はしています)
つまり彼らもまた、
という「シンプルな疑問/反感」を持っているのです。
僕も先生の立場として、
とお茶を濁し、巻いていたものでした笑。
でも今だからわかることは、
と思っている生徒からすれば、本当に必要のないものだと言えるということです。
これは英語においてもそうです。
確かに英語を学んでおけば知見は広がりますし、海外に友人もできますが、
と割り切られた際には、もうそれは強いられるべき教科ではありません。
「やりたくないこと」を平気でやらされる文化。
- 公教育
- 学歴社会
- 大学進学
など、日本のシステムが人を縛るような、そんな変な文化はいまだに残っています。
一方で、日本の教育が生み出した「良さ」もあり、そのおかげで今の日本が形作られていることも事実です。
ただ少なくとも今の生徒たちの中には、なんだか訳のわからないまま社会のレールに乗せられている人は多いです。
そのマインドを変えてあげるのも先生であり、そのために僕ら大人たちも変わっていかなければなりませんよね。
やりたいことを押し殺す社会?
大人になっても鬱屈とした社会が続いてしまっているのは、そのような「学生生活」から延長している部分もあるのかなと思っています。
さらに、大人になっていきますと、
- 結婚
- 出産
- 昇進
など、いろんなイベントがのしかかってきますからね。
すると「身動きが取れなくなった人」は、
という言葉だけを発し、実際にやりたいことはできないままです。
僕の場合はとてもラッキーでした。
いろんな運が重なり、今日まで来ることができたからです。
でもそんな「大人たち」でも、
と言う野望を掲げ、それに挑戦できるそんな世の中であってほしいですよね。
日本の環境が整っていないこともありますが、そうした「気持ち」を後押ししている世の中ともいえません。
大人たちも、
と、消極的な毎日です。
だからこそ、日本全体に何かこう「ハッピーな感覚」がないのかもしれませんね。
果たしてこんな人生を、僕たちは望んでいたのでしょうか。
日本人が求めるべき豊かさと幸せ
僕がこうして公務員を辞め、(現在)のほほんと生活をしているのは、どう考えても海外の経験があったからでした。
もう満員電車になんて絶対に乗りたくないですし、決められたことしかできないような職場で働きたくありません。
海外を曜日感覚なしに自由に動き回っていた2023年は、今までやっていた公務員(学校の先生)という仕事に対して、
と、疑問に思ったものでした。
もちろん、楽しかった経験もありますし、あの職場を経験していたことは、今後に生きる可能性も大いにあります。
ただ、日本の「ツラそうな」現実を見ていると、
とうなだれている人を見かけます。
そのネガティブな考え方は、僕らが学生時代からあった想いであり、徐々に良い方向に変わりつつも、まだ深刻な問題として残っています。
僕は、
- 学生時代も
- 教員時代も
できる限り「やりたいこと」を貫いてきました。
それでもどこかに違和感を持っていたので、このキャリアから降りることにしただけです。
だから多くの日本人に対して、たとえリスクがあったとしても、そんな「現状」を甘んじて受け入れるのではなく、挑戦してほしい。
それができない世の中なら、少しでも変わっていってほしい。
そんな風に思っています。
これが理想論だということは重々承知であり、僕自身も「僕はラッキーだった」とすら思っています。
しかし現在は、
- 副業
- 転職
- 起業
など、あらゆる選択肢が増えています。
確かに僕はラッキーだったかもしれないですが、僕なりに「鬱屈したサイクル」から抜け出そうとしていました。
それは決して簡単なことではないのですけれども、一人一人が真剣に、
- 人生について
- 幸せについて
考えていけば、きっともっと明るい社会になると、そう思っています。
周りを気にすることなく、かつ「自分のやりたいこと」に向かっていける、そんな社会になってほしいですね。
それは僕自身にも言えることであり、
というように、それが妬みではなく「希望」として捉えてもらえるよう、努力していきたいですね。
おわりに
日々のしんどさには、それぞれの事情があります。
何も会社員や公務員が不幸であるわけでもなく、その「良さ」は必ずあります。
ただ、
と言って居酒屋に集まっている人たちを見ると、ちょっと違和感を覚えます。
僕は僕でラッキーでしたが、それなりにいろいろと考え、行動に移したこともありました。
僕は今、「自分改革」中です。
次はあなたの番です。
さて、どういう人生にしていきたいですか。
それではまた!
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