ずっと元気をばら撒き続ける存在でいよう【人に元気を与える人】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

オンラインだろうと人と話していようと、僕は「人に元気を与えること」を常に意識しています。

いえ、むしろ、

  • 心の底から
  • 無意識のうちに

そんな性格になっていたのだと思います。

相手の笑顔が見たいですし、とにかく優しい人でありたい。

僕が先生の立場として必要だと感じたのは、

威厳よりも優しい人であること

でした。

自分の力を誇示しようとする人ほど、余裕がなくいつもポジションを気にするからですね。

今日は「人を元気にする存在であること」について書いていきます。

僕はずっと人を元気にする存在でいたい。ずっとエネルギッシュでいたいのだ。

ネガティブからポジティブへ

僕はコロナ禍になる前からも、実は結構「ネガティブ要素」に溢れていた人間でした。

議論が好きだった僕は、なまじ勉強ができたことから、今で言うところの「論破」を好き好んでいました。

論理的に相手を潰すことに、快感を覚えていたからです。(ヤバいやつ)

自分が正義だと思っていましたし、自分の正義にそぐわない同僚を「間違っている」と決めつけ、潰していくことに躍起になっていました。

コロナ禍に入ってその「狭い心」は助長され、より「人を叩く側」に回るようになりました。

コロナ禍で疲弊していたのは「炎上していた芸能人」だけではなく、僕自身も実はそのうちの一人だったのです。

そこから変わることができたのは、

  1. 本を読み
  2. 他人を褒め
  3. プラスサムの考え方を持ったから

でした。

プラスサムゲーム」とは、「世の中に1つしか取り合うパイがない」と考える「ゼロサムゲーム」とは違い、他人の成功が回り回って自分の利益になってゆくという考え方です。

「投資」もこの考え方に近いのでしょう。

ものすごいネガティブな考え方しかしてこなかった僕からすれば、この「発想の転換」は人生との向き合い方を大きく変えてくれました。

ポジティブになった僕は、

  • ムダなものや理不尽なものにはNOを突きつけ
  • 未来を担う若者や、一所懸命頑張っている大人たちを褒める

という行動が多くなってきました。

前者におきましても、決して相手を貶(けな)したり、潰したりすることが目的ではありません。

自分に合わないものには、ハッキリとNOと言うようになったのです。

ニュースも見なくなりましたし、自分に必要のないものは生活から削ぐようにしました。

それから僕は、「スーパーポジティブ野郎(=人生なんとかなると思ってるやつ)」と化してしまったのです笑。

以前の僕はネガティブで溢れていた。本を読み、習慣や行動を変えてポジティブになったのだ。

威厳のある人から優しい人へ

僕は以前、批判的な人間でした。

先述した通り、それはある一種の防衛本能だったと思っています。

「威厳のある先生」のようでいるためには、どう頑張っても出てくることのない「威厳」を取り繕うように、無理やり強気でいることで、自分のポジションを保とうとしていました。

学校で部活動顧問が板についてきますと、

せいじといえば、ダンス部の顧問の先生

という噂もたち、どこか「威厳のある先生」となれた気がしていました。

しかし2校目に配属されてからは、僕の「ハリボテ」を見透かすかのように、生徒たちと摩擦を生んでは、「心の狭い先生」と言うレッテルを貼られました。

人を怒ることや叱ることは、相手が素直であればあるほど簡単であり、それが繰り返されますと自分がまるで王様か女王様なのかと勘違いをしてしまいます。

ここから僕は、

  1. しっかりしていて
  2. 生徒に寄り添える人

を目指すようになりました。

生徒に甘い先生」と「優しい先生」とでは、天と地ほどの差があります。

相手のことを考えられる人でありながらも、どこか馴れ合わないという絶妙な距離感。

このような人になるのにも、だいぶ時間がかかりました。

それからというもの、

  • できる限り人の成功を褒め
  • 失敗に対しては適切にアドバイスを与える

という所作が、徐々にできるようになっていきました。

ネガティブがなくなり、優しい人でいられるようになれば、

この人と話していると元気になる

と思われるようになります。

意図的にそう思われたかったわけではありませんでしたが、自分の考え方や態度を変えていったことで、以前とは比べものにならないくらいの、本当に多くの方から「また会いたい」と言われるようになったのです。

本当の意味での「優しい人」になれば、多くの人から支持されるようになる。

いつでも元気を与える人であること

僕は人と会う時、とにかく「陽気な人」であるように心がけています。

というより、無意識にそうなっていました笑。

そうなるまでにはまず、上記のようなプロセスが必要でした。

  • ネガティブを捨て
  • 優しく笑顔でいること

これを続けてきたおかげで、オンライン講師としての仕事にも、多くのコメントが寄せられるようになりました。

優しくて落ち着いていました
親切で丁寧に楽しく教えてくれました

というようなものです。

こうして見るとなかなか恥ずかしいものですが笑、やはり嬉しいものですね。

当然のことですが、「楽しくない人/先生」と話したいとは、なかなか思いません。

それでいて真剣に話を聞いてあげたり、「僕はこう思う」と意見を忖度なく伝えたりすることで、より多くの人に元気を与えられるようになりました。

昔の僕からは、想像することのできない成長っぷりですね笑。

人が変わってからというもの、

僕は人に元気を与えられる存在なのだ

という自覚が芽生えてきました。

すると「好循環スパイラル」が始まります。

  1. 自分がポジティブでいることで
  2. 相手に幸せを与えることができ
  3. その笑顔でまた日々を幸せにする

この流れが出来上がっていったのです。

この根本である「自分」を変えるのには数年を要しましたが、その分の「バック」は素晴らしいものでした。

何より自分のためになるだけでなく、「人に元気を与えている」という他者貢献の事実も生まれたからです。

どちらが先とは言えないのですが、

  1. 自分が幸せかつ元気であれば
  2. 人も幸せにできるし元気も与えられる

のです。

「自分がどうあるか」は気持ちの問題なのかもしれませんし、あるいは生来の気質によるものなのかもしれません。

はたまた普段の言葉遣いを気を付けることや、本を読むことで考え方が変わるものなのかもしれません。

とにかく僕は、ネガティブからポジティブになることができました。

それだけで、他人に対しても元気を与えられる人間となれました。

もうこれは、僕のミッションとすらなっています。

目の前の人に、元気を

毎日を幸せに生きたいと思っていた「せいじ教員」は、幸せを求め続け、いつからか人に元気を与えることのできる人となっていたのでした。

考え方を見直し、自分がポジティブになってから、人に元気を与えることに幸せを覚えるようになった。これは僕の人生のミッションでもあるのだ。

おわりに

元気を与えようとするためには、準備が必でした。

ただ一方で、少しでも元気でいる姿を見せてそこに感謝してもらえれば、それだけで「元気でいること」を肯定してもらえます。

要は「積み重ね」なのですね。

しかし同時に、ネガティブも同じように積み重なっていきます。

だから僕は、日々の中でネガティブを出すことをほぼ「0」にしました。

おかげさまで、毎日ハッピーに生きることができています。

するとその感情は、人に伝っていきます。

「好循環、再び」ですね。

僕は今日もまた、会う人たちを幸せにしていきたいと思っています。

それではまた!

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