こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
数ヶ月だけ教えていた生徒さんがいたのですが、海外から帰ってきたからということで、お土産や手紙を送っていただきました。
と、ふと感じてしまいましたね。
もちろん、何かの見返りが欲しくてやっているわけではありません。
こちらが与えれば与えるほど、結果的にそうした「気持ち」をもらうことはあります。
先生とは「奉仕をすること」が仕事のほとんどであり、そこにはもちろん賛否があります。
僕も、”ボランティアをすること” に100%肯定しているわけではありません。
しかし、やはりこうした瞬間とは嬉しいもの。
今日は「地道に活動してゆくこと」について書いていきます。
ゆっくりと丁寧に

僕が個人事業主を始めた時は、
と、必死でした。
- 生徒が多ければいい
- 誰でも授業を受けてくれるに違いない
そうした傲慢な考えからのスタートでしたが、当然あまりうまくはいかず…
結果的には多くの生徒に授業をとってもらったのですが、結局は自分がパンク状態になってしんどくなるという散々な始末。
と、うまくいかない事業にモヤモヤしたものでした。
それでも、
- 少しずつ結果を出すこと
- 妥協せずに死に物狂いで働くこと
など、もう一度仕事の根幹から見直してみることにしました。
そうしますと、ムダにプライベートレッスンを多く入れることがなくなりました。
余った時間で自分の作業をしたり、あるいはオンライン講師として空き時間を目一杯使ってみたり。
少しずつ「QOL(=生活の質)」を上げることに成功しました。
と。
朝活も現時点で630回以上となっていますが、
と、先日嬉しいお言葉をいただきました。
地道に、一つずつ積み上げてゆくのです。
その先は、別に大きくならなくたっていい。
有名になったり、お金持ちになったりすることが僕の目標ではないからです。
ゆっくりと着実に、そして丁寧に仕事をしていきましょう。
投資もその一種

こうして少なくても目の前の生徒さんたちに授業を届けることが、僕の義務でもあります。
- 眠くても
- しんどくても
最近は気丈に振る舞って、授業をするようにしています。
無理をしているわけではありませんが…あ、いや、まぁ無理はしていますかね笑。
全力で教えることによって、多くの生徒さんから信頼されるようになりました。
これは一種の「投資」です。
と言われそうですが、僕はお子さんや親御さん方に英語を教えることは、「投資」だと思っています。
「投資」とは、未来が明るくなることを信じて、そこにお金や時間をかけてゆくことだと思っています。
僕が実際にやっている投資も、短期的な結果を望むものではありません。
少しずつお金を入れていきながら、成長させてゆくこと。
ここに楽しみを見出せるのが、僕のいいところでもありますね笑。
昔から地味なんですよ、生き方が。
でもその性格が功を奏して、教育などの投資にも生きるようになってきました。
見返りがすごく大きなわけではないけれど、少しずつ育ててゆくことはできます。
結果的に「大きな見返り」になるかもしれませんが、それはハナから期待していません。
そう思って、わずかながらも「昨日より今日」を意識しながら、歩いていますね。
投資を始めたことは、僕にとっていいことでした。
今の僕にとっては、
と思うところもあります。
そこで海外(アメリカ)の「S&P 500」を積み立てるのをやめて、今は日本高配当株を中心に買うようになりましたしね。
- お金が全てではないけれど
- 少しでも生活を豊かにできればそれでいい
と言われそうですが、それでもいい。
長い目で見たら、信頼を貯めてゆっくりと進んでいくほうが、再現性があって現実的なのです。
何に幸せを感じるか

ここ最近で日本のために生きようと思っている僕は、公的な事業の大切さにも気づき始めました。
今は教員を辞めて個人事業としてやっていますが、それでもやっていることは変わらないどころか、どんどん時間がなくなる一方です笑。
でも、それでもいいのです。
とても楽しいですし、少しでも生徒さんたちに喜んでもらえれば本望ですからね。
そういう意味では、今やっていることもちょっと「公的な仕事」に近いような、そんな気持ちもします。
- 以前ほど稼げなくなってはいるものの
- ライフワークバランスをうまく保てている
と思っています。
ちなみにライフワークバランスとは僕なりの定義があって、結果働きまくっていますけどね笑。
「幸せ」とは、人によって定義が違うものです。
僕は教育を通して、あるいは投資を通していろんなことを学びました。
その中にも、
という抽象的な疑問もありました。
そのおかげで、自分なりの気持ちみたいなものも定まってきました。
何より、
- 少しずつ続けること
- 目の前の人に丁寧に接すること
- 全力で自分の好きなことに取り組むこと
などでしょうか。
それらを通して、また人から感謝される。
この繰り返しなんですよね。
そこに多額のお金も要らないですし、たっぷりと自分だけの時間を確保したいという欲求もない。
もちろん、
- FIREして
- 好きなように生きる
のは一つの目標ですが、それもまたあくまで一つの「過程」に過ぎません。
だって、
なわけがないですからね笑。
だったら、
- ゆっくりでも
- その時間が遅くても
好きな人に英語を教えて、少しでも感謝してもらえるならそれでもいいのではないのかなと。
ここの「定義づけ」ができていないと、個人事業を始めたばかりの当時の僕のようになってしまうのです。
もちろん、それまでにはいろんな経験があって、その過程の中で自分の思いを熟成させてゆけばいい。
それぞれが描く「幸せ」に向かうのが大事ですからね。
僕はゆっくりと着実に進んでいる今が、とても好きですね。
おわりに
感謝されることとは、それがたとえ小さなことであってもとても嬉しいものです。
言い方は変ですが笑、「ハードルを下げておくこと」です。
そうすることで、どんなことにも感謝できるようになります。
イヤなことがあっても「小さな幸せ」を見つけられる人とは、結果的に幸せになることができます。
僕はいつまでも、(変化を伴いながら)このような考え方で生きていこうと思っています。
それではまた!
