30代はものの価格ではなく価値で判断する【予想どおりに不合理】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

  • 散財
  • 使う力
  • ものの価値

など、あれほど倹約家だった僕からはほど遠い単語たちが、このブログでも並ぶようになりました。

だいぶ「お金を使う力」が、強くなってきました。

昔は、

いかに自分のお金を溜め込むか

ということに執着していたものですが、今は「いかにお金を使えるか」を考えるようになりました。

「収入 − 支出 − 浪費 − 投資 = 0」ではなく

「収入 − 支出 = 浪費 + 投資」の考え方にしなさい

という考え方が革命的でした。

簡単に言いますと、浮いた(節約した)お金を浪費や投資に回そうという発想です。

この浮いたお金を、「利益」とも言っていました。

「利益」と置き換えることで、浪費(=遊興費)のために積極的にお金を使いたいと思えるのですね。

そんな僕の、最近の心境の変化をお伝えしていきます。

価格ではなく、価値で判断していこう。そして、お金の勉強を続けていこう。

値段を気にしなくなる

以前にも、

ものの価格ではなく、価値に重きを置くようになった

という記事を書きました。

  • 後輩や教え子と会ったり
  • 職場の女性たちにお土産を買ったり

するときに、ふと昔の僕と「全く違うところ」に気がつきました。

それは「価格を気にしなくなった」という点です。

別に、

高級ホテル一泊なんと数十万!よし、贅沢しよう!

というようなことではありません。

まだそのレベルまで、到達していないのですね。

街中を歩きながら飲むカフェラテやお昼は、合わせても2,000円いかないくらいですよね。

それらを頼む時は、値段を見ないようになりました。

え?それって普通のことじゃないの?

と思われる方もいるかもしれません。

僕は以前から、お店で一番安いものを選ぶクセがあり、

高いものはやめておこう

という考え方で、ずっと生きてきました。

つまり価値ではなく価格で、ものを見ていたわけです。

今はその考え方が変わり、

  1. 安くて価値が低いもの(清涼飲料水やスナック)は買わない
  2. 街やお店で「食べたい/飲みたい」と思ったものは、少し高くても気にせず払う

ようになりました。

また、マネーフォワードという家計管理アプリを導入したことも大きいです。(その後は使っていません)

毎月、これくらい使っているのだな
あまり使いすぎた月でも、これくらいの出費か

と思えるようになりました。

収入から支出を引いて出た「利益」を、自分の「幸せ」のために使えるようになったのですね。

普段からあまりお金を使わないので、

良い体験のうちの一つだ

と思い、価値のある「質の良いサービス」を受けていこうと思っています。

考え方が変わるだけで、お金の使い方も変わる。価値のあるものには惜しみなくお金を使っていこう。

無料に飛びつかなくなる

今読んでいます『予想どおりに不合理』は、人間の行動心理学の実験が数多く載っている書籍です。

本書では、子どもたちを対象にしたこんな実験が載っていました。

高級なチョコと安いチョコがあって、その額をどちらも数十セントさげた後、安いチョコに飛びつく割合はどうだったかというもの。

その場合は「額を下げる前とあまり変わらない」のに対し、安いチョコを「タダ」にした途端に、子どもたちはみんなタダのほうに飛びついたそうです。

あくまで実験ですが、子どもでなくても「タダに飛びつく」のが普通だと思います。

これは、市場で巧みに使われている手法でして、

今なら無料で〇〇が付きます!
〇〇個買うと一つ無料です!

など、多くの場面で見かけることができます。

若い頃の僕も、こうした文句に引っ張られていたことでしょう。

しかし「ものの価格ではなく価値を見る」ようになってからは、これらに惑わされなくなりました。

安いものに対しても、

安いだけではなく、本当に『質の高いもの』なのだろうか?

と「安い」以外の部分にも、注意するようになったのです。

例えば、

  1. 相手におごる時は、全然気にならなくなった
  2. お土産代も、数千円かかっても気にならなくなった

のです。

それを買いますと、無料で〇〇がつきます

と店員さんに言われても、

別に無料のそれもいらないですし、そもそも買うつもりはありません

と、気にならないと思うのです。

僕にとって、価値がないものだからですね。

無料で何かつくなら…

と思ってしまっていたら、要注意。

結果的に「無料以上のもの」に、お金を払っていることになります。

無料ほど高いものはない

「お金の損得」だけで生きていた僕にとっては、この感覚は今後の「大きな盾」となります。

市場の思う通りに「不合理な選択」を簡単にしてしまわないよう、いつでも「ものの価値」を見極めることが大切ですね。

無料に安易に飛びつかないことだ。本当の価値は、自分だけがわかっている。

市場規範と社会規範

話はズレますが、本書には他にもこんなストーリーがあります。

全米退職者協会がアメリカの弁護士たちに、

一時間30ドルで、困窮した退職者たちの相談に乗ってくれないか?

と頼んだところ、ほぼ断られたそうです。

俺らの仕事はそんなに安いものじゃないんだぞ

と。

しかし、

無償で相談に乗ってあげてくれないか?

と頼んだ途端に、圧倒的多数の弁護士たちが首を縦に振ったそうです。

お金が絡んできた場合、自分の価値を市場規範にはめ込み、

自分の仕事の価値が、高いのか安いのか

を判断してしまいます。

一方「無償で」という言葉が入りますと、お金の考えは吹き飛んでしまい、市場規範から『社会規範』の考えへと変わります。

「人として」という倫理的な考え方が強くなるので、頼まれごとを引き受けるようになるのですね。

僕はこれを、自分の「ブログ」にも当てはめて考えてみることにしました。

もし僕が、

お金をあげるから、毎日更新してくれ

と言われたら、続けていただろうかと考えてみますと、それは無理だろうなと思ったのです。

その場合、「こういう記事を書いてくれ」と頼まれるでしょうしね。

自分が好きでやっていることは「お金が支払われるかどうか」は関係ないですし、社会規範のほうを適用させ、

誰か一人の役に立つため、誰か一人でも読んでくれるため

と思って書いているほうが、やりがいを感じるのです。

これは、自分の趣味においても一緒です。

みなさんの中にも、

報酬のために、趣味を続けているのだ

という人はいないと思います。

  • 自分が好きだからやる
  • 自分の成長のために続ける

「趣味」であれば、これだけで十分な理由になりますし、僕はSNSやブログを発信することで、

誰かの何かの役に立てたらいいな

と思っています。

これによって、「幸せを感じながら」続けることができるのです。

基本は、

自分の好きなこととして(誰かのために)続けること。お金を目的にしないこと

改めてそう考えていこうと思えた本でした。

営利目的がダメとは言いませんが、まず最初に立つべき位置は「誰かのために提供すること」です。

結果的に利益が出れば、それはそれでいい。

そういう「GIVEするスタンス」で続けていこうと思えれば、

  • 無償で続ける
  • 趣味として続ける

そんな楽しさを、忘れないことができますよね。

それでも、成功者たちが結果的に稼ぐことができるのは、いい意味で、

無料ほど高いものはないから

なのだと、僕は思っています。

報酬をもらえるからやっていこうという気持ちを持つことは危険だ。自らが進んでできることをしてみよう。きっと幸せを感じることができる。

おわりに

お金の勉強をして、

  • 相手の喜ぶこと
  • 必要だと思えるもの
  • 自分の人生で体験したいこと

に「お金を払うべきだ」と思うようになれたのは、大きいです。

「無料」であるものには違和感を覚え、

本当のところはどうなんだろう?

と思うようになりました。

本当にいいものを誰かに届けようと思えば、自然とその価値は上がっていきます。

そこにお金を払いたい

と思える人が出てくるからです。

僕にとってそれは、カフェやサウナ、美術館などです。

日々、「お金の使い方」の勉強ですね。

それではまた!

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