大人になって何もない日、あなたはどうする?【普通の暮らしを好きになる】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

今年2026年の夏は、台風が来ていたこともありましたが、特にやることもなくいわゆる「普通の日々」を送っています。

しかし、僕にとってこれは、

ちょっと別の次元の考え方に、シフトしたのでは?

と言ってもいいくらいの、大きな変化でした。

学校の先生をやっていた時は、出退勤をするだけでも疲れが溜まり、

  • 帰りに
  • 土日に
どこかで身体を休めなければ…

と思い、積極的に活動していたものでした。

今日は「何もない休日、普通の日々」をどうするかについて、書いていきます。

僕は普通の日でも、普通に暮らすことが多くなった。特別何かを、求めなくても良くなったのだ。

だんだん要らなくなる

僕が教員だった頃は、

土日休みに、何とか新しい経験を!

と思っていたものでした。

お金の使い方も少しずつわかるようになり、新しい「経験」をしたいと思って、いろんなところを飛び回ったのです。

それはそれで、悪いことではありませんでした。

あの時に日本各地を回ったからこそ、今でもいろんな人と経験を共有することができますし、なんだかかんだ言って数ヶ月に一度くらいは、小旅行をするようになりました。

ただ、例えば本日のように、

  1. 雨が降っていて
  2. いわゆる普通の「土日」

のような日でも、

まぁ別に、何か特別なことをする必要もないか

と思うようになりました。

昨日も今日も、特にどこかへと出かけるわけでもなく、図書館や自宅で作業をしていました。

以前であれば、

よし!カフェにでも行って…
新しいサウナでも開拓しようかな?

と、“何もない日” を作らないようにしていたものです。

現在では、

お金もかかるし…

と、「倹約モード」になっているのは事実ですが、それでも以前ならお金がなくても「何かしらしよう!」としていました。

それが少しずつ、

また週末にも友人と会うし、そこに全振りすればいいか

と、思えるようになってきたのですよね。

徐々に、今の生活で満たされるようになってきたからなのかなと。

とてもいい傾向です。

僕は少しずつ、休日や何もない日を「作業の日」や「いつも通り働く日」として、過ごすことができるようになってきたのだ。

特別なことをしても良い

もちろん、

特別なことをしなくなった僕は、正しいのだ!偉いだろ!

と言っているわけではありません笑。

単純に、少しずつその「」みたいなものが、なくなってきたというだけの話ですね。

だから今日も、「以前の僕」のように、

さすがに今年は何もしてないし、お金を使ってもいいだろ?

と思い、

  • 漫喫
  • カフェ
  • サウナ
  • カラオケ

などをリサーチしました。

近くのどこかで、1,000円くらいでちょっとゆったりしちゃおうかな?

と。

結果的には、何もしませんでしたけどね。

ただ、こうした「浪費」とは人生を豊かにします。

パートナーや友人と遊ぶ時にはとことんお金を使ったらいいですし、余裕が “あり過ぎても” もったいないですから、むしろ満足度の高い浪費はすべきです。

年をとってきますと、ものごとに対する興味も薄れてきますからね。

だったら、若いうちはあまりお金を惜しまず、

  • 経験
  • 勉強
  • 人付き合い

に使っていきましょう。

一方で、闇雲にお金を使うことは「浪費」の中でも悪い部類に入ります。

僕は今日「チキンカツでも食べよう」と思い、定食にしようか悩みましたが、

そんなにお腹も減ってないし、今は炭水化物も抜いてるし…

と思い、結局「どんぶり(=安いほう)」にしました。

そこに本当の価値を見出せなければ、無理に使わなくてもいいのです。

休日や、何もない普通の日こそ、

何かないか?

と探してしまいがちですからね。

価値を見出せないのなら、一度踏みとどまってみることも大事です。

  1. 特別なことをしようとしてもいいが
  2. それが本当に価値のあるものか考える

意外にも、これができない人が多く、

とりあえずお金を使ってしまおう

と思っている人も一定数います。

お金を使わないことも、人生においては「もったいないこと」ではありますが、無下に浪費することは “より悪質” ですからね笑。

時間やお金がある時であっても、しっかりと考えておきましょう。

「特別な何か」に浪費をしてもいい。しかしそこに価値が見出せないのならば、使うべきではない。

普通の暮らしを送ってみること

それでも僕は、

今日は普通の日にしよう

と思いました。

いろんな事情から、

  • 無理に
  • 経済的に
  • 仕方なく

やっているのであればちょっと問題ですが、僕は別に強がっているわけでもありません。

先述したように、

そこに価値を感じるかどうか?

を、より考えるようになったのです。

あえて「特別な日」にするのもいいですし、逆にあえて「普通の日」を設定してもいい。

教員時代も、「土日こそなんとか動こう」と思っていたとはいえ、平日は多忙を極め、

月から金までは当然、職場と家を行き来するだけ

といった生活でした。

それなら、個人事業主になって時間ができたからと言って、無理に特別な時間を送ろうとしなくても良いのでは?

と思ったわけですね。

教員時代だって、そこまでお金を散財していたわけではなかったのですから。

また、どうせ人と会って、時間やお金を使う日も今後出てきます。

一人でいる時は、何もするな!節約しろ!

という意味ではありません。

普通の日も、それなりに楽しめるということです。

あまり動かなければ疲れませんし、今日のように「雨の日」は濡れることもありません。

雨音でも聞きながら、作業に集中することができます。

アニメやドラマを見てもいいですし(僕は時間がないので見ない)、また「次に行きたいところ」をリサーチしてみてもいい。

勉強に勤(いそ)しんでもいいですしね。

時間がありますと、「埋めようとする」のが人間です。

そんな時にも、

  1. 傲慢にならず
  2. 価値のあるものを選ぶ

のです。

普通の暮らしの中にも、きっと気持ちのいい時間はありますし、自分と向き合う時間も生まれます。

もし次の休日に何もすることがなければ、

いつも通りの日を送ってみようかな?

と思うこともまた、いい案かもしれませんね。

あえて何もない休日に、普通の日を送ってみる。これが人間、意外とできないものなのだ。一度やってみると、意外な時間の使い方や、普段の価値基準の見直しになるかもしれない。

おわりに

特に2026年の関東の夏は、そこまで暑くなく台風も多かったので、

家にいてもいいかも?

と思った日も何日かありました。

  1. 普通の休日を
  2. 普通に過ごしてみる

当たり前のことですが、「ダラダラと過ごせばいい」ということでもないので、意外にも難しいです。

移動する手間や、”ムダに” お金を使うこともなくなりますので、やってみると楽しいものです。

時に一人でふらっと「特別感」を味わってもいいですが、それだけに終始する必要はありません。

普通の暮らし、してみてはいかがでしょうか。

それではまた!

タイトルとURLをコピーしました