こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、元同僚のお宅にお邪魔させてもらい、1年ぶりくらいに話すことができました。
お互いの現状報告としていろいろと話しましたが、非常に考えさせられる内容となりました。
今回は特に「部活動」について話しました。
以前にも部活動のことについては、記事にしています。
僕もダンス部の強い高校においては、野球やサッカーなどのメジャースポーツ(かつ練習試合を多く組むスポーツ)ほどではありませんでしたが、土日はほぼないに等しい状態でした。
今でこそゆったりとした「ホワイトな働き方」ができているのは、部活動がほとんどないからに他なりません。
部活動の存在自体を否定するつもりはありませんが、やはりここにはメスを入れなければなりませんね。
早速一緒に考えていきましょう。
部活動がいいエサになっている

僕も「ダンスを愛する人間」として、ダンスを頑張っている生徒を応援したい一心で、部活動顧問を請け負っていました。
ただ、今でも驚いてしまうのは、
という人が周りにいることです。
結論から言いますと、それは一番「あってはならないこと」です。
特に高校の先生とは、専門教科を教えるために働いているのであり、「スポーツのコーチ」として給料が支払われているわけではないからです。
この間違った感覚が、「教員をやりたい!」と情熱を持った人たちを “ミスリードしまっている” 要因でもあります。
部活動指導は、
- 教科指導
- 担任業務
- グループ業務
- 入試選抜業務
などの仕事が終わってから初めて、手をつけていい仕事です。(ほぼ趣味と言ってもいいです)
「部活動ありき」でスタートしようとしている先生は、そもそもの出発点が間違っています。
生徒が「部活動をやりたい!」と思うことは結構なことですが、その願望に対応できてしまう先生が一定数いるため、管理職も、
と頼んでしまうのです。
この「やりがいを搾取する構造」は昔からずっと続いており、いまだに散見されていることが大きな課題ですね。
若い先生たちの中には、部活動指導に疑問を持たないまま、
と思っている先生がいるだけでなく、一方で、
- 家族との時間を優先したい
- 部活に時間をとられたくない
- プライベートの時間をもっととりたい
と「顧問を請け負いたくない」と、切に願っている先生たちもいます。
ただ、
と言うことはなかなか難しく(人手が足りていないため)、泣く泣く顧問を引き受けているのが現状です。
- 顧問をやるために先生になっている人(←勘違い)
- 顧問をやることが義務だと思っている人(気づいていない)
- 顧問をやりたくないが仕方なく請け負っている人
- 絶対に顧問はやらないと反対する人
大体このパターンに分かれると思いますが、実際「4」のような感覚を持っている人はあまり見かけません。
それはつまり「部活動顧問は仕事のうち」という、固定概念があることを意味します。
と思うことは簡単なのですが、
というのが現状なのです。
つまり、学校にある「部活動に顧問をつける」というシステム自体を変えなければ、根本の解決にはなりません。
徐々に「部活動の外部委託化」が始まっており、僕はそれが正しい流れだと思っています。
しかし、それに反対する「部活動顧問をやりたい先生」がいることが、話をややこしくするんですよね。
今一度、教員になる時に「部活動のあり方とは何か?」を、各教員に確認すべきなのでしょうね。
奪われた時間はお金に代え難い

以前書きました「部活に関する記事」では、
という意見を取り上げました。
確かに「稼ぎ」に直結しますし、僕も月に1〜2万円ほど上乗せして給料をもらっていました。
しかし正直に言いますと、対価としては「安く買い叩かれている」という印象でした。
ではもし仮に、これが「高額の報酬」になったとしたら、先生たちは部活動指導をするのでしょうか。
正直、両方の意見があると思います。
- もらえる額に関係なく、とにかく時間を確保したい人
- バイトや副業感覚で時間を切り売りし、給与所得を上げたい人
この2つのように、人それぞれ違う価値観があるからです。
また、
という「お金頼みのカタチ」は、
- システムとして長続きせず
- 「週6〜7日勤務」を要請している
ということでもありますし、少し危険だと思っています。
大切なことは「顧問をやるかやらないか」の選択ができることであり、報酬はそのあとの話なのかなと思っています。
何より、学校の基本方針として部活動が存在していることに疑問を持ち、システムを心地よいものへと変えていくことの方が、はるかに急を要する課題です。
友人と話していますと、
など、部活に対するネガティブな意見は多いものでした。
やはり「プライベート時間の確保」は大切な価値観であり、家族ができるフェーズにいる僕らの世代では、特に「部活動の意義」に大きな疑問が投げかけられています。
お金か時間か。
僕は正直、
と思っています。
もっと先生たちのプライベート時間を確保してあげることのほうが、より重要な課題なのではないでしょうか。
自分の人生は、自分が主人公である。

友人は随分前から、
と思っていたそうです。
僕もどちらかというとそちら寄りの考えですが、
- 当時は若くて時間があった
- お金も少しもらえるからいいかなと思っていた
- 生徒のためと思って動いている自分が「いい先生だ」と勘違いしていた
このような考えがあって、部活動顧問のあり方や課題については、なんとなくしか考えられていませんでした。
しかし現在勤めている学校は部活動があまり盛んではないため、顧問であるのにもかかわらず自由度が高い状態となっています。
おかげさまで以前とは違い、「自分のやりたいこと」に時間を充てられるようになりました。
やはり人間、どこまで行っても自分のことが好きであり、人生というストーリーを紡いでいくのは「自分以外の誰か」ではないのです。
友人から聞いた言葉で印象的だったのは、
自己犠牲が美しいとは、これっぽっちも思わない。
という言葉でした。
いわゆる「純粋なGIVER」になりきってしまうことですね。
リンク
自己犠牲とは、自分のことを大切にしていないという意味でもありますから。
そもそも自分のことを大切にできていない人が、生徒や他人のことを大切にできるわけがありません。
「生徒を大切にすること」も確かに大事なことですが、ある程度の、
- 分別
- 中庸さ
- バランス
もまた大切であることは、言うまでもないこと。
仕事とプライベートのバランスが取れていない生活を送っている先生に、
と聞いてみたいものです。
プライベートで学びや経験をしていない先生は、生徒たちに魅力的には映りません。
これは、会社員についても同じです。
生徒たちに本当の意味で「何かを還元したい」のであれば、部活動につきっきりになるのではなく、先生たち個人の時間を大切にして、自分たちが学んだことを伝える姿勢をもつことです。
そうすれば生徒たちも先生に頼りきりにならず、「自分の足で歩くこと」を覚えますし、何より経験深い先生を尊敬するようにもなります。
先生たちのプライベートを充実させるためにも、部活動のあり方については、今一度考えていかなければならないのですね。
おわりに
ここまで部活動に反対するようになったのも、「自分の自由な時間を持つ」ということの大切さがわかったからでした。
- もし部活動が仕事のうちであり
- しっかりと報酬の体制が整っており
- 局所的に負担が集中しないようなシステムであれば
僕もこうして声を上げることはありませんでした。
つまり部活動が、条件を満たしているとは到底思えていないのです。
部活動に疲弊している先生は、何人も見てきています。
まだ「余裕があるからできている」と言っている先生たちも、この先でライフステージが変わっていけば、
と思うはずです。
生徒たちの想いに応えてあげたい気持ちも分かりますが、部活動はこの職の本分ではないため、その点においては疑問を投げかける必要があるのです。
まずは自分自身を大切にしましょう。
「自己中心的になれ」というわけではありません。
それが「純粋なGIVER」から「真のGIVER」になるということであり、長く「教員」を続けていくポイントだと思うからこそ、僕は言うのです。
また何か思うことがあれば、発信していきたいと思います。
それではまた!

