現代の若い人たちを支える人となる【僕が若い人に奢ってしまうわけ】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

以前から僕は、

若い子には奢るのが基本だ

と思っています。

それは以前に、

今奢ってやるから、同じことを後輩にもしてあげなよ

と、先輩に言われたことがきっかけでした。

今では、あまりそんなことも気にせず、

君たちの下の代に奢ってやれ

なんて言いません。

ただ純粋に、「この子たちの負担を減らしたい」と思うだけなのです。

たまにカッコつけたがる人もいますし笑、なんなら「後輩に奢るわけないじゃん」と決め込んでいる人もいます。

今日は「後輩に奢ること」について書いていきます。

僕が後輩や年下と会った時に奢るのは、彼らに未来を託すからだ。自分のことよりも若い人。これが日本を支える流れとなる。

同じことを強要する?

さて、この「下の世代へと奢ってあげること」の文化は、一見するととてもかっこいい表現です。

いい、いい。ここは俺が払う。その分、後輩に奢ってやってくれ

とね。

僕はこれを聞いた大学生の時に、

な、なんてかっこいいんだ!

と思ったくらいです笑。

それくらい、僕の「後輩に対する態度」を変えてくれた出来事ではありましたが、

はて?それって後輩に強制することなのだろうか?

というシンプルな疑問も生まれました。

もちろん、奢って下さった先輩たちが強要しているわけではありませんし、かつて出会った先輩たちの言っている意味もわかります。

ただ「次世代に」と言いつつ、そこには同時にちょっとした恩着せがましい部分があることも否めません。

揚げ足を取るわけではありませんが、僕だったら、もうそういう言い方はしないと思います。

次世代に奢るかどうかはその人が決めることであって、僕が決めることではないからです。

結果的に、

以前、先輩から奢ってもらったしなぁ

と感じ、後輩たちに奢ることは「循環」としてはいいことですが、「奢ってもらったことがあるから」という条件付きで奢るのでは、純粋な奢り方ではないのです。

要は、奢ってもらったことのない人について言えば、下の世代に払う必要はないということになりますからね。

それでも僕が子どもたち(高校生や大学生も含めて)に奢るのは、

ただなんか、奢ってしまうのだ

という、そんな気持ちがあるだけなのですね。

屁理屈のように聞こえますが、僕はこの姿勢を大事にしています。

今の経験を下の代へ繋いでほしい。一見するとかっこいいが、実はそれ以上の気持ちが僕にはあった。これは単に、繋いで欲しいという気持ちではないのだ。

ただ頑張って欲しい

僕が後輩とご飯に行ったりする時に奢ってしまうのは、

もう単純にそういうものだ

と、数年前から感じていたからでした。

もちろん、「年下だから」とかそういう意味で差別しているわけではなくて、生物学的に、

若い子たちには未来がある

という事実は変えられないと思うからです。

あるいは、女性にも奢ってしまうことがあるように、

  • 頑張っている人
  • 未来を担っている人

に、素直に何かをあげたくなってしまうのですね笑。

僕は自分の暮らしなんて最低限でいいものですから、

  1. 誰よりも動いて稼いで
  2. その分を福祉や慈善事業に使う

ということを考えています。

その一環として、「人に奢ってあげる」という行為があるのかも知れません。

以前の僕は、年下だろうと女性だろうと奢ってはあげていたものの、かなりギリギリの気持ちで奢っていました笑。(おいおい)

お土産なんて買ったこともないですしね。

それが、「人に与える」ということを始めてから、周辺との関わりが良くなってきたことを覚えています。

特に今では、日本のこんな不況の中ですから、

特に若い人には頑張って欲しい

と思ってしまうわけです。

例えば「一杯のラーメン」ごときで何かが変わるわけでもありませんが、僕はそうした積み重ねをするようにしています。

誰かと一緒にどこかに行ったのならば、もう自然と財布(今だとカードかスマホ)を出すように体が覚えているわけですね笑。

そこには、

俺が払ってやる

とか、

これを機に、次の世代の子達に奢ってやってくれ

とか、そうした気持ちはありません。

言い方は悪いかもしれませんが、ただただ彼らには、

僕からお金を払う価値がある

と、そう思ってしまうのですね。

僕が後輩や下の世代にお金を出してしまうのは、彼らの頑張りが胸を打つからだ。自ら良い循環の一部となってゆくのだ。

やっていることは小さいけれど…

僕がやるべきことは、「若い人への支援」です。

これは決して、年齢による差別ではありません。

また、

自分が将来助けて欲しいから

という気持ちからでもありません。

もちろん、いずれは彼ら若い世代が日本を担ってゆくことになり、結果的に僕らが支えられる側となってしまうのは否めません。

しかし、それでも僕が奢るのは、しんどい学生時代を経験していたからでした。

僕はダンスサークルに入っていたこともあり、

  • バイトしつつ
  • サークルしつつ
  • みんなと遊んでいた

という状態でした。

そんな状態でしたから、当然お金なんてあるわけがありません笑。(自業自得)

でも、今思うとごく自然なことでして、

若い頃だからこそ、いろんな新しい経験をして知見を広げるもの

なのです。

今を生きる若い子たちにお金がないことなんて、昔の僕からすれば理解ができますし、むしろお金を使ってでも「体験」をするべきなのです。

そんな子たちに奢ってあげるのは、至極当然のことです。

いえ、家族のいる大人の方々は、とにかく家族のために働いてください笑。

毎日働きまくっているに僕のように、どちらかといえば余裕があって、かつ「支える側」になれる立場。

もう目に入る若い子たちは、みんな後輩みたいなものだ!

と思える人が、余裕を作って、その分奢ってあげればいいのです笑。

学生たちは、今の日本のしょうもない制度で奨学金が借金になっていて、本当に若い子たちの未来が潰されています。

政府のお金の使い方は定かではありませんが、やはり若い子たちに投資をしてゆくことが国のやるべきことであり、そうすれば日本はもっと飛躍的に成長できるはずなのです。

一方で、僕がやっていることなんて、ちょっとしたパフォーマンスでしかありません。

別に奢ることなんて誰にでもできるし、よく見られたいだけなんじゃないの?

そんな風に思う人もいるかもしれません。

結論、

そんなことはどうでもいい

というのが僕の答えです。

他人にどう思われようとも、僕はちゃんと「後輩たちに奢るスタイル」を止めることはありません笑。

それくらい、今の若い子たちは「」だと思うからです。

「それが間違っている」と思う人は、どれだけいるでしょうか。

僕が思うに、そこに「投資ができない人」(あるいはそれを否定する人)とは、自分のことしか考えていない人間だと思っています。(余裕がなければしなくていいですが)

それが以前の僕でした。

決して強制するわけではありません。

若い子が僕らの未来であり、だからこそ、そこにお金を払っていきたい

これが僕の考えだという、ただそれだけのことなのです。

みなさんはどう感じたでしょうか。

学生時代、いろんな体験をしていたことで、お金なんて全然なかった。だからこそ、僕みたいな人間が余裕を作って若者のために活動してゆくのだ。

おわりに

僕の教育事業では、「大人」も対象にしています。

だからと言って、「若者に教育しない」なんてことは言っていません笑。(高校教師でしたしね)

いずれは、子どもたちが自由に学べる場を作ることです。

奢ることなんて小さなことですが、これが僕のポリシーなんですよね。

また後輩と飲みにでも行ったら、奢ってあげようと思います。

それではまた!

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