男には男、女性には女性の役割がある?【適材適所がいいことも】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日、こんな動画を見ました。

参政党の神谷代表のチャンネルで、いろんな保守論客を呼んでは対談するという主旨のチャンネルです。

松居和さんと神谷代表のお話を聞いていて、

なるほど。やっぱりこの国はいろいろと変な方向に曲げられてきたのだなぁ

と再確認できました。

コメント欄もママさんたちのコメントで溢れ返っており、涙が出そうになりました。

今日は再び、男女に関して書いていきます。

これもまた良い動画です。

参考までに。

男女がこの世にあるということは、それだけ違いもあるということ。それを認めるからこそ、社会がうまく回ってゆくのだ。

性別があるということ

このブログでは、何回かセックスやジェンダーについても取り上げてきました。

学校の先生をやっていた時も、幾度となく「ポリコレ(例えば看護婦ではなく看護師と言えみたいなやつ)」の圧力を受けてきました。

よく考えてみますと、科学的に「性」にグラデーションがあるという証明があったとしても、こう言ってはなんですがこの実社会では「男性/女性」の2択が常識です。

これが意味することとは、「それぞれには役割がある」ということです。

先日、YouTuberであるケノケンさんの動画に出演していた翔さんも(自称オネエの方ですが)、

LGBT法なんて、いい迷惑だ

と言っていました。

当事者が言うくらいなのですから、あえて僕から何かを伝える必要もないでしょう。

それぞれにはそれぞれの役割がある。

  • 授乳することも
  • 子どもを産むことも

男性にはできません。

なんとか世界の「数少ない例」を持ってくる方もいらっしゃいますが、(僕ではなく)すでに多くの方から、

それが常識ではないだろうし、あまりにも例が少なすぎる

と一蹴されています。

もちろん「大多数こそ正義!」と言いたいのではないのですが、

じゃあどうやって子どもって生まれるの?説明してよ

と聞いてみますと、その方々は途端に黙りこくってしまいます。

いろんな形があっていいのは、僕も毎回の記事で書いていますし、それは本人が好きにしたらいいことです。

しかし、

  • 男には男にしかできないこともあれば
  • 女性には女性にしかできないこともある

のです。

そもそも骨格だって、脳の作りだって違います。

同性の中でも差はあるでしょうが、新しい命を産んで授乳することができるのは、女性しかいません。

それを “無理やり” 平等にしようとすると、どこかで無理が生じてくる。

ちゃんと個人に役割があるように、性差を理解することで、今の日本がこれからどう歩んでゆくべきかがわかりますね。

男女にはそれぞれ役割がある。だからそれぞれの役割を尊重することが、まずは議論の始まりではないだろうか。

適材適所も必要

いろんな人(特に当事者)が口を揃えて言っていますが、

日本は差別なんてないほうだ

ということです。

わかります。

お給料の話や、女性という立場で「肩身の狭い思い」をされている方がいるのも存じ上げています。

しかし、基本的には女性にも選択肢がありますし、子どもたちにも優しい国だと思っています。(世界各国と比べますと)

それがいつからか、

女性も働け
家にいるのはサボり
女性が家にいるという固定観念は昭和

と、わけのわからないことを言い出す人たちが現れてきました。

あのですね。

いつの時代でもどの国でも、差別したりレッテルを貼って圧力をかけることはいけません。

むしろ、

女性は働け!

という言葉ほど、女性に対して無理を強いてませんか。

差別じゃありませんか。

圧力じゃありませんか。

社会がそうしてしまったのではないでしょうか。

当然、働きたい人は働けばいいと思います。

男よりも優秀な女性はたくさんいますしね。

ただ、土木の現場や力仕事の現場が、すべて女性に変わった景色を、みなさんは想像できますか。

僕には想像できません。

だって筋肉量や体力も違うのに、なんで力仕事をさせるんですかっていう話ですもの。

別に、

女性は家にいろ

という意味ではありません。

男にしかできないこともあれば、女性にしかできないこともある。

それを認めることこそが、多様性だと思っているだけです。

子どもを産むときにはそれだけ体に負担もかかりますから、子育て期には(できるのならば)子育てに専念したほうがいいです。

子育てをするときにはお子さんたちは、

やっぱりママがいい!

と言うからです。

男性のみなさんは残念ですけどね笑。

仕方ありません。

ただ、僕が教員だった頃は面白いことが起こりました。

クラスの中で担任として、

お兄さん的、父親的存在でいた

というのもまた事実だったのです。

シングルマザーの保護者の方が非常に多かったからですね。

単純に事実として多かったのです。

それだったら、僕が兄貴分というか父親というか、そういう役回りをしよう

と思ったのですね。

10代の野郎どもにとっては、頼れる少し上の年齢の男性も必要だったのです。

それはそれで、僕にしかできない役割だったなと感じています。

それぞれに役回りがある。

時にそれは、

「性やジェンダーによるもの」

でもあるのですね。

世の中にはいろんな仕事や役があって、適所に適材が入るからこそ社会は回っていく。それが時には、性で決まることもあるのだ。

やっぱりママがいい

特にこの動画では、

小さい頃(3〜5歳児くらいまで)は、母親と子の関係が大事だ

と述べられています。

僕は男だからこそ、

自分の体から生まれた子どもであり、授乳もしているのだから、やっぱり女性には敵わないよな

と思うのです。

男性にはない体の柔らかさや、柔和な姿勢というのは、赤ちゃんたちにとっては必要不可欠な存在なんですよね。

だから日本がジェンダー指数(←なんなのかよくわかりませんが)で、世界的にとても低いことは、

とてもいいことじゃないか!

と、お二人は動画内でおっしゃっていましたね笑。

いろんなケースがあることは重々承知ですが、

やはり他国に比べれば、日本はとても女性の生きやすい国なんだな

と思っています。

しかしここ数年で「女性は働け」というイメージが蔓延し、それが『逆に』社会が女性を差別するようになっていったのではないでしょうかね。

保育や介護、キャビンアテンダント、受付の方など「女性がなりたい職業」も確かに存在するわけでして。

それらに対して、

男性がなれないのは不当だ!

と言う必要なんてありません。

本当にやりたければ努力してそうした職に就いたらいいでしょうし、そんなに不平等だと言うのであれば、自分で会社を興(おこ)したらいいのです。

要は、

  1. 女性に働けと言うことで
  2. 逆に役割を奪った(差別した)こともあった

ということもまた、「真(しん)」なのだということ。

これは誰にも否定できませんよね。

女性がイヤな思いをしていたのは、むしろ「社会的な圧力」によってだったのかもしれません。

子育て期に、男性の介入なんて要らない

と言っているわけではありません。

僕が兄や父の代わり(になっていたかはわかりませんが)として、生徒たちと接していたように、父親の存在もまた大事です。

ただ、そこには女性特有の役割があることも事実です。

あとは各家庭に任せればいいとは思いますが、社会が「こういう形であれ」と変に「それぞれの性」にあるべき役割を壊してしまいますと、本来の適材適所のバランスを崩しかねません。

昔に戻せ!昭和がいい!

と言っているのではなくて、

今の日本は、行き過ぎてやしないか?女性が生きにくくなってきていないか?

ということ。

女性には、女性にしかできないことだってあります。

その役割を否定してしまったら、子どもたちの成長にだって、少なからず影響はあるんじゃないでしょうかね。

子どもたちが「やっぱりママがいい」というのは、僕ら大人が作った社会への反発なのかもしれない。その声を受け止めて、僕らに何ができるのか考えるべきだ。

おわりに

性に関する話とは、厄介なように見えて実は日本ではかなり広く受け入れられているほうだと思っています。

先ほどのオネエの方の主張のように、

日本ほど受容してくれる国はない

と言えるのは、ほぼ間違っていないのかなと。

これほど表現の自由が許されている国はないでしょうからね。

あまりにも行き過ぎてしまったら、必ず「揺り戻し」は起こります。

今一度、日本社会、性について考えていきましょう。

それではまた!

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