こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
この世界で生きていく際、
というのが、僕の意見でもあります。
一度きりしかない人生ですから、他人の人生を生きる必要もありません。
それぞれが、自分の思うように生きたらいいのではないかなと。
一方で、
「わがままに生きる = 傍若無人に生きていい」
と解釈する人もいます。
それでは、この世の中をうまくわたって歩くことはできません。
今日は僕が「独りよがりにならなくなった経緯」について書いていきます。
自分のことばかり考えていた

過去の僕といえば、このブログで何度か書いている通り、
- 自分のことばかり考えては
- 誰かのために生きようと思っていなかった
そんな人間でした。
といつも焦っていて、ものごとがうまくいかなければ怒っていました。(最悪だ笑)
以前のほうがよくイラ立っていたのは、たぶんそうした「自己中心的な」発想で生きていたからかもしれません。
- 嫉妬
- 羨望
こうした気持ちばかりが、胸中のほとんどを占めていました。
こういう人間とは、基本的に相手にも、
と、
- 自分の利益になること
- 自分にとってうまく行くようなこと
を望む傾向があります。
さらに行き過ぎますと、恋人や友人にも思想や行動を強要するようになりますね。
これが「縛る」という行為であり、相手の動きを制限することで、自分のコントロール下に置こうとするのです。
と考え直してみますと、まぁ近いものではありましたね笑。
今だいぶ改善されたのは、それだけ、
- 自分の人生に集中し
- 相手に期待せず求めなくなったから
だと思います。
自己中心的な人間ですと、何もかもうまくいかなくなります。
過去の自分には目も当てられませんが笑、ある意味 “そんな自分” がいたからこそ、今の自分があるとも思っていますね。
されたくないことはしない

僕は「想像力」に欠けていましたし、「わがまま」が行き過ぎていたと思っています。
単純に、
という考え方のもと、生きていました。
みなさんを責めたいわけではありませんが、
と思っている人も、注意が必要だとお伝えしておきます。
僕も同じように思っていたからです笑。
大抵の人は「自分なりの正義」があって、それに基づいて行動しています。
だから僕も、
と信じていたわけですね。
当たり前のことですが、人にはそれぞれ趣味趣向がありますし、
- イヤだと思うこと
- 価値を感じること
- 気持ちよく感じること
などは、それぞれ違います。
とは教育現場でよく言われることですが、こんな簡単なことなのに、僕はこれすらできていませんでした。
となっていたんですよね。
確かに、まずは自立して「余裕」を持つことは大事なことです。
自分のことが等閑(なおざり)になっていますと、相手のことだって思いやれませんしね。
ただやはり、そこでのバランス感覚もまた大事。
こういう人が、現実社会では圧倒的に多いのです。
僕もそのうちの一人でした。
自分の「我(が)」を通すことは、「軸を一本通すこと」とは少し違ってきます。
シチュエーションにもよりますし、これといった定義も人それぞれです。
それでも、
これではダメなのですね。(今の自民党みたいですね笑。おっと誰か来たようだ)
相手を尊重し、
そう思ったらすぐに引くこと。
これができるだけでも、周りからだいぶ信頼を得ることができます。
「思いやり」とは?

「思いやる」とは、先ほども少し触れたような「想像力」でもあります。
この想像力が大事ですよね。
独りよがりの人生から変わりますと、多くの人と関われるようになってきます。
と。
時には妥協して、「調和」を生まなければなりませんからね。
いつでも自分の思い通りに行く世界なら、それほどイージーな世界はありません笑。
先述した、「引き」の態度が大事なのかなと。
適切な場面で「引く」ことができますと、円滑な人間関係を生むことができるようになります。
これは話している時もそうですね。
- 議論
- 話し合い
- 意見交換
では、必ず誰しもが「自分の意見」を通したくなるかと思います。
それが大事な時もありますし、絶対に譲ってはいけない時もあります。
ただ、それが「自分のため/自分の利益のため」であるのならば、今すぐに考え直したほうがいいでしょう。
僕は、独りよがりの態度を貫いてきたほうでしたから笑。
難しい按配ですが、
- 妥協することでも
- イエスマンになることでも
- ただ相手の申し出を飲むだけでも
ダメです。
と思えたら、上手い按配で引いてあげること。
決して自分の軸を曲げるのではなく、「一度受け入れる」という行為を挟むという意味です。
また同時に、
- 相手を持ち上げ過ぎたり
- 自分の立場を押し殺し過ぎたり
してしまいますと、今度は「自分がダメ」になってしまいます。
と思われるかもしれませんが、ここはもうお互いの関係値から探っていくしかありません。
僕の場合は「押し」のほうが強かったですので、それから「引き」を意識するようになりました。
「引き」が強すぎる人とは、悪く言えば「自分」がなかったり、フワフワしていたりする可能性があります。
と考えてみることですね。
客観性を持てた時点で、すでに相手に対する「思いやり」は始まっていることでしょうから。
おわりに
- 自己中心的に生きること
- 自分の軸をブラさず生きること
は、似ているようで違います。
そこに、
- 配慮
- 思いやり
- 受け入れる姿勢
などがあるかどうか、ですね。
実際は相手の受け取り方にもよりますから、絶対の正解はありません。
ただ、
と思えれば、それだけでも大きな一歩です。
人と会話をしている時は、丁寧に接し、相手のことを思いやりたいですね。
それではまた!
