こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、友人たちといろんな話をしました。
恋バナもしましたし笑、居酒屋で「外のテーブル」も提供していましたので、夜の夏に夜風に吹かれながら、とてもいい時間を過ごすことができました。
普段は分刻みで動いている僕ですが笑、人との時間では圧倒的にゆったりと過ごしています。
このブログでは、
と、よく自問自答していますが、
と、改めて感じている毎日です。
今日もまた「一人の時間/人との時間」について書いていきます。
以前の「一人時間」と比べてみて…

僕が今でも覚えているのは、コロナ禍の時の自分です。
みなさんもそうだったかと思いますが、「おうち時間」が長くなり、人との交流が断たれた時がありましたよね。
あの時ほど、ストレスが溜まった時はありませんでした。
ただ一方で、
と、半(なか)ば悟ったかのように、日本各地を巡ることにしたのでした。
結論から言えば、それはそれで「素晴らしい時間」となりました。
お金はたくさんあるのに、あまり使ってこなかった人生でしたから、
と、新しい発見があったものです笑。
一方で、いざ「今」と比べてみますと、当時はちょっと寂しさを埋めるような、そんな感覚もありましたね。
僕なりに頑張ってはいたのでしょうけれど、やはり今こうして友人たちと出会っている時間のほうが、とても幸せなのです。
どちらも必要であるのは間違いないのですが、強いて言うのであれば、
と思っています。
- 一人時間もいいけれど
- どこか寂しいような気もする…
こんな風に感じましたね。
今では、
とは、あまりなりません。(サウナや美術館は別)
このようなスタンスになりましたね。
どこにお金をかけたいか?

旅行にお金をかけたり、したことのない経験にお金をかけたりすることもまた、いいことでしょう。(実際に僕もやりましたし)
「どれが正解」ということはなくて、
この点が大切です。
ただ、今の僕にとっては、
なのです。
これは “例として” 極端にあげているだけであって、
と言いたいわけではありません。
ただシンプルに、
というだけのこと。
それから、
と感じるようになってきました。
だから、貯めたお金については、
- 自分には最低限だけ使い
- 人との時間ではできる限りうまく使う
こう考えたわけですね。
「これが正解だ」と言うつもりはないのですが、個人的にはなんだかんだ言って「究極的な解」だと思っています。(言ってる笑)
自己投資として自分にお金かけることもいいですが、やはりそれでも限界はありますからね。
- 高級住宅
- ブランド品
など、物質的な豊かさを求めていっても、僕は「あまり幸せになれない」と踏んでいます。
「友人たちと会えている今」が、十分幸せですし。
“そういう価値観” を持っていますね。
そういう人生にしていこう

とはいえ「自分の時間」を過ごしたからこそ、”この価値観” に行き着くことができたのも事実です。
と思えるには、いろんな経験をしておく必要がありました。
結果的に、30代という遅いタイミングではありましたが、いろんな経験と思想が相まって、ベストな価値観にたどり着くことができましたね。
僕はこう考えました。
- 誰かと比べたり
- 何かに縛られたり
そういう「他者の価値観」の中で生きるのではなくて、「自分なりの価値観」を明らかにした上で、過ごしてゆく。
そんな人生です。
もともとこのブログを書き始めたのも、そうした「幸せの定義」をするためでもありました。
と言いつつも、僕はこの “あまり欲のないような世界線” が、いいと思っています。
何か人間の本質に迫るような、そんな生活スタイルだからです。
やはり「物質的な世界線」を生き続けますと、どうしても「欲」との戦いとなってしまいますしね。
それよりももっと「精神的な世界線」、簡単に言えば「人との時間」など、無形のものだけど思い出として一生残るような、そんな世界線。
僕はそっちのほうが、「よっぽど価値がある」のではないかと思っています。
年を重ねていけば、ほとんどの物質に意味を見出せなくなってゆくからです。
- 家族
- 仲間
- 友達
- 子ども
こうした「人との輪」から、
- 時間
- 空間
- 経験
など、「抽象的かつ精神的」なもの。
ざっくりと「この周辺」のほうが笑、今の僕にとっては大きな価値がありますね。
もちろん、何度も言いますが価値観は人それぞれです。
「モノ」も僕は大事にしていますし、「何もなくていい」とは思っていません笑。
ただ、そこに固執し過ぎてしまった場合、「心」とか「精神」とか、そういった人としてもっと大事なものを失ってしまうのではないのかなと。
だから僕は、
と決めるようになったのですね。
おわりに
「一人時間」とは必要ですし、生きていればそんな時間も生まれてきます。
そんな時間では、
- 健康的な運動
- 学びや成長のある自己研鑽
- 人との繋がりを生むようなこと
など、生産的な時間にすればいいでしょう。
コロナ禍では、あまりにも一人のためだけに時間を割いてしまったため、バランスが悪かったです。
ただ、その経験が今に繋がっていますけどね。
みなさんは何に価値を感じ、どのように生きていきたいですか。
ぜひ考えてみてください。
それではまた!
