数字を追い求めて仕事をする意味は?【その先に何を見ているか】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

2026年の3月あたり(1ヶ月くらい前)から、このブログでも数字を気にするようにしていました。

いろいろと改善をしていますと、数字が増えて行くのがとても面白い一方で、

はて?これをこのまま続けて行くことが、僕の人生なのだろうか?

と、ふと思ってしまったんですよね。

「持っている数字」がデカければ、確かに、

  • 強い!
  • 影響力がある!
  • 結果を残せている!

という称号を得ることができますが、

これって一体、なんのためにやっているのか?

とも思うのです。

今日は「仕事と数字」について書いていきます。

数字を追い求めることだけが人生なのか。否。その中で価値のあることにも、たくさん時間を割いてゆくのだ。

数字遊びには意味がない

  • 給料
  • PV数
  • テストの点数
  • フォロワー数

この世界は「数字」に溢れています。

個人事業主3年目を迎える僕ですが、

なんとかコツコツ貯めたお金のおかげで、ちょっと気が楽になっている

という状況です。(資産はありますが取り崩していないだけ)

しかし、先日ふと、

はて?じゃあどこまで行けば、僕は満足するのだろうか?

とも思いました。

社会人(学校教員)を始めた頃は、

ま、まず100万を貯めなきゃ!

と思い、それから200万、500万…と貯めていました。

しかしそこには際限がなく、どこか「虚しさ」を覚えていたこともまた事実です。

それからコロナ禍となり、神奈川県を歩き回ったおかげで、

なんかコーヒーとかサウナとか、あるいは一人旅にお金を使ってもいいのかもしれない

と、少しずつお金を使うようになり、最終的には職場に「お土産をたくさん買ってくる人」になっていました笑。

要は「ここまであればいい」という線引きは、結局は個人で決まるということ。

ここ日本では、ある程度の貯蓄があれば(家族がいる方でも)、しんどいですが生きていけないほどではありません。

だったら、あまり数字を追い求めすぎるのも良くないのでは?

そう思ったことで、ちょっと気が晴れたような気がしましたね。

数字を追い求めることは楽しいが、どうやらそこに際限はないようだ。そんな時に、一体何を求めてゆくことがベストなのか。考えてみよう。

必ず生活の質を見直す

数字にこだわらなくなりますと、

じゃあ一体、僕は僕の人生において、何をすることが幸せなのだろう?

と考えるようになります。

今は2026年の5月ということもあり、ゴールデンウィークでよく友人と会っていました。

そうしていますと、

出費がかさむなぁ…

という現実に打ちのめされます笑。

しかし、とは言いつつも、

でも、こんな幸せな時間って、実際はいつまでも続くわけじゃないんだよなぁ

とも思うわけです。

みなさんも、「自分が幸せだと感じること」にお金を使った場合は、

あの時、旅行にお金をかけなければよかった…

などと後悔することはありませんよね。

また稼いで、節約すればいいだけのことですし。

数字を追い求めていても、結局 “その道中” が楽しくなければ、

俺は一体、なんのためにお金を稼いで貯めてきたのだろう…

と思ってしまいます。

時にはバランスを重視し、例えば、

  • 一ヶ月に一回は友人と会う
  • 何かのプロジェクトの後はご飯に行く
  • 数ヶ月あるいは年に一度は家族と旅行に行く

など「幸せになるもの」には、しっかりとお金も時間もかけてゆくべきだということです。

数字にこだわり、ある程度未来を見通して生活を切り詰めること(あるいは稼ぎまくること)も大事ではありますが、それだけですと、

一体何が楽しくてこんなことしてるんだ?

と冷めてしまいかねませんからね。

僕は数日、あるいは数週間くらいの単位で、

ここは貯めるフェーズ
ここはお金を使うフェーズ

と、その都度肌感覚で分けるようにしています。

数字を叩き出したところで、その人の生活が幸せでなければ意味はありません。

逆に数字がまぁまぁでも、

自分の暮らしにはとても満足している

と言える人のほうが、人生を豊かに生きていると思うということです。

数字を追い求めるだけでなく、自分の生活に質を見出せているか。今の自分の生活は豊かか。一度考えてみよう。

何を求めて仕事をするのか?

人はみな、いつか消えてなくなります。

何を急に笑

そう思うかもしれませんが、ちょっと数字を追い求めてしまっていた僕を、この考え方が冷静にしてくれました。

何度も言いますが、

  • 稼ぐことも素晴らしいし
  • 投資をして資産を増やしてもいいし
  • 副業してさらに豊かになっていってもいいし

どれも否定しているわけではありません。

ただ、

それだけになっても、人生は豊かになることはない

ということを、知っておかなければならないということです。

仕事も勉強もそうです。

自分は一体何を求めて、今この行為をしているのだろうか?

と。

こう考えることが大事ですよね。

確かに生きるための「ライスワーク」として、みなさん頑張っているわけですし、僕も毎日必死です。

しかし、ある程度の水準までいきますと、

あれ?これ以上何を求めるんだ?

となるわけですね。

  1. その先に何を見出し
  2. そのために自分は働けているのか

と。

ここで「他者貢献」や「社会貢献」の考え方に移っていきます。

余力のある人は、どんどん他のところに「投資」したくなるのです。

これは決して、寄付だけにとどまりません。

自分の国の未来のために…
自分の子孫繁栄のために…

そう思い始めますと、“お金の使いどころ” もなんとなく決まってきますよね。

だから僕は教員時代、「目的を探して」お土産を買ったり、奢ったりしていたのだと思います。

自分の知り合いや家族、あるいは後輩や子どもたちといった「周りの人」や「下の世代」にお金を使えることは、この上なく嬉しいことですしね。

僕らはいつか老いてなくなりますから、お金や数字は、最後の最後にはほとんど意味がなくなっています。

では、今は最低限のものでなんとかして、余力があれば他のために使うのはどうだろう?

僕の考え方は、そんなところです。(ちなみにそんな余裕はない笑)

家族やパートナーができたりすれば、また話は別なのでしょうけれどね。

しかし、仕事やお金、SNSや試験などで出てくる「数字」とは、やはり「その先」に意味を見出せていなければ、ただのゲームでしかありません。

いつかは消えてなくなるもの。

人生を漠然と俯瞰して見れば、数字に対して、

ある程度行ってしまったし、数字について考えるのはやめにしよう

と思えるはず。

自分にとっての幸せをしっかりと定義づけして、”その上で” 数字を増やしていきましょう。

人間はいつかは朽ちてなくなるものだ。そうすると、どうしてその数字を増やしたいのかを、真剣に考えるようになる。

おわりに

学校の先生をしていた時は、最初の3年くらいはお金がなくてしんどかったものです。

しかし、数年してから、

まぁもう、あとは投資に突っ込めばいいか

と思うようになり、挙げ句の果てに同僚にお土産ばかり買っていました笑。

数字を追い求めることは、そこそこでいいのです。

よろしければ、関連している以下の記事も参考にしてみてください。

それではまた!

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