人を批判するのではなく仲間を作ってゆく【和を以て貴しと為す精神】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

聖徳太子の言葉に、

和を以て貴しと為す

という言葉があります。

Googleで調べますと、「調和/協調」という意味だけでなく、

お互いに納得行くまでしっかり話し合え、議論し尽くせ

とも書いてあります。

僕も教員時代、だいぶ議論をしてきたほうではありますが、やはりこの精神が大事だなと思う局面がありましたので、シェアしたいと思いました。

批判せずに、仲間を作ってゆく形。

今日はこれについて書いていきます。

人を批判し続けるのではなく、いい方向へと向かう姿勢を見せることだ。そうやって自分に賛同してくれる人を募り、仲間を作っていこう。

人を批判して戦っていた過去

以前の僕(20代頃)は、とにかく好戦的で批判的でした。

こういう言い方をしてしまいますと、

そうだよな… やっぱり人を批判しちゃいけないよな

と勘違いをし、意見を言わない人も出てきますが、それはまた別の話です。

  • 会議や議論で理不尽な点を突くこと
  • 人の意見に対して自分の意見をぶつけること

などは生産的であって、何も悪いことではありません。

僕が若かった頃の「ムーブ」とは、

自分は正しいから、それ以外の意見は却下だ!

という「姿勢」だったのです笑。

“こういう姿勢” を取られてしまいますと、

じゃあせいじとは、何を話したって意味がないじゃないか?

と、議論が始まらなくなってしまいます。

あるいは、相手の意見を受け入れない姿勢を見せている、とも言えます。

批判的であってもいいかもしれませんが、同時に、

  1. 感情を捨て
  2. 理論的に話すこと

もまた大事なことです。

僕は当時、感情に任せて自分の正義を振り翳(かざ)していました。

これでは「戦い」、または「善と悪」が生まれてしまい、

相手を潰せば勝ち

という構図になりかねません。

そうではなく、

どうやったら、この議論が生産的になるか。どこが欠点で、どう改善してゆくのがいいのか

と考えながら、相手と議論を重ねてゆくことですね。

僕は以前、とにかく好戦的で批判に終始していた。そうなるのではなく、もっと生産的な話し合いをするようにしていこう。

仲間作りを見た瞬間

先日、国会が大荒れに荒れました。

そこで多くの野党が結束し、「大阪維新の会」がやろうとしているワンマン政策である、「副首都構想」に反対しました。

「欠陥だらけ」副首都関連法、災害リスクや財政コストを野党追及 透明性確保を政府に注文(産経新聞) - Yahoo!ニュース
自民党と日本維新の会が提出し、24日に成立した「副首都」構想関連法を巡っては、審議を通じて野党側から災害リスクなどに関する疑問や問題点の指摘が相次いだ。副首都の指定手続きについて、客観性と透明性の確

その後、数の力で押されて可決されてしまったものの、その時の野党の結束の仕方といえば、半端ではありませんでした。

参政党、国民民主党を始めとして、

誰が見たって、お粗末な法案だろ!

という法案に対して、文字通り「束(たば)」になって戦ったのです。

参政党の神谷代表は以前、

政治は仲間作りだ

とおっしゃっていました。

昔の僕だったら、

そんなもの、甘えだ!

と言っていたかもしれません。

しかし今回の国会のように、質疑を見た方々は、

なんてすごい空気感なんだ?!

と思ったに違いません。

  • 良いことは良い
  • 悪いことは悪い

ということを発信してゆくことは、決して悪いことではないということ。

今回の自民・維新のやり方は、あまりにも横暴だったため、

いやいや、それは批判されるべきでしょ

と、野党が立ち上がったわけですね。

野党の方々だって、何も根っから(あるいは何も考えずに)この政策を批判しているわけではありません。

良識(常識)のある人なら、すぐに「何が正しいのか」に気づいていました。(なんなら自民党の何人かもそうらしいです)

こうした「仲間作り」は、生きてゆく上で大切なことです。

批判!批判!

という姿勢だけでは人は離れてしまいますが、同じ信念の旗のもとに集まれば、人は結束して正しい方向へと進むことができます。

もちろん、現在の自民党のように「数の力」さえあればいいというわけでもありません。

あるいはもしかすると、「敵を作ること」それ自体も、時には必要なのかもしれません。

大切なのは、

  1. ただ無意味に批判するのではなく
  2. 同じ方向に向かえる人たちと一緒になること

であり、さらにはそこに「道徳心」があれば、人はついていきます。

暴力や暴言、横暴で乱暴なやり方なんて、日本国民は望んでいませんからね。

今回の国会(野党)を見た時に、

これが仲間作りか…

と思ったものでしたね。

仲間作りとは、同じ信念(道徳心)を持った者同士で集まり、適切な方向へと進んで行くことだ。

周りと協調してゆく人生へ

以前に比べますと、僕も「何くそ!」と批判することが少なくなりました。

もちろん、イラっとすることもありますし、議論しなければならないことなんて、この世界を生きていればいくらでもあります。

今の僕は、

  1. 議論することはあっても
  2. 批判ありきで話すことはない

という状態になりました。

なんでもかんでも、

批判して、論破したから勝ち

ではありませんからね。

だから「正論を言えばいい」というわけでもありませんが、一方でちゃんと話し合った上で、人と付き合ってもいきたい。

そこには「道徳心が必要だ」と思いつつ、さらに「和を生み出すこと」も大事なのだと思っています。

これは、聖徳太子が言っていたような「議論をし尽くすこと」が含意されています。

まぁまぁ。ケンカなく、穏便に行こうや

ではないのです笑。

それは結果的に、悪い未来を生み出すことになりかねません。

いわゆる「なぁなぁ」でやる議論なんて、結果ありき(まとまらないか妥協するか)の話し合いでしかなく、議論でもなんでもありません。

  1. 相手を尊重しつつも
  2. みんなが納得できる落とし所を見つけること

ここにたどり着こうとする姿勢。

これが求められているのですね。

「協調性」とは相手を批判するだけでなく、かと言って妥協して適当に会議を終わらせることでもありません。

ここが欠けてしまいますと、

結局、話し合う気がないんだろ?
仲良しこよしでやりたいんだろ?

という批判を喰らうことになります。

人間ですから、議論して話し合って、

そこは違うんじゃないか?
ここは同意できそうだな

と進んで行くことが望ましいです。

そこから相手を憎む気持ちや、貶(おとし)めようとする気持ちを削ぎ落として、

どうやって協調し合っていけるか?

と、考えることですね。

「協調する」とは、なぁなぁにして当たり障りなく議論を終えることではない。お互いを尊敬した上で、たくさん議論を重ねながら、生産的な批判をして前に進むことなのだ。

おわりに

今回の国会では、そういった意味では、

いろんな党のカラーを知ることができてよかった

とポストしている方が多かったです。

  1. 仲間を作って
  2. 正しい方向へと進むこと

この姿勢を大事にして、周りの人たちと熱い議論を重ねていきたいですね。

それではまた!

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