こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
僕は以前、かなり「TAKER(=他人から奪おうとする人)」の気質がありました。
しかし、『GIVE&TAKE』という書籍を読んでからというもの、
と知り「まさかそんなことは…」と思いつつも、「GIVEすること(=先に出すこと)」を意識するようになりました。
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それからというもの、多くを受け取れるようになったのです。
もちろん、
と思ったわけではなく、むしろこれからですよね笑。
今日はまた、「GIVEすること」について書いていきます。
与えるようになって…

数年前から、僕は人に与えることを意識するようになりました。
それまでは、根っからの「TAKER」だったからです。
何かあれば、
と考えて生きてきました。
いわゆる、「パイの取り合い(=ゼロ・サムゲーム)」の世界を意識していた僕は、
という、強迫観念に囚(とら)われていました。
しかし、多くの、
- 書籍
- YouTubeの動画
などから「億万長者たち」の生き方を学んだ僕は、
ということに気がつきました。
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与えている人ほど、豊かになってゆく。
でも、考えてみればそうですよね。
世の中に出回っているサービスだって、使っている側が「支払っている」のですから、儲けなどを計算してサービスを提供すれば、「提供している側」にお金が入るのは当然のこと。
いつの時代でも、「作った側(=持っている側)」が、儲けられるのです。(=日本の農家さんの話は別)
いやらしく聞こえるかもしれませんが、実際はそうなのです。
僕は、
- コミュニティの朝活でもホストをし
- 事業でもグループレッスンをしますが
儲けにならなくとも、とにかく『感謝』されることが多いです。
これが、”とてつもなく嬉しい” んですよね。
このように、与え始めることで「受け取れること」が多くなっていったのです。
受け取ることも増えるようになる

そう思っている人も多いです。
そもそも、この視点が「失敗の入り口」です。(=昔の僕ですね)
この社会とは、相互扶助で成り立っている部分が大半であり、どんなに大金持ちでも、
- インフラ
- ロジスティクス
などが機能していなければ、明日にでも野垂れ死にます。
だからまずは、「与えること」なのです。
僕らはそもそも、すでに多くのものを「受け取っている側だ」という認識を持っておくべきなのですね。
もちろん、
という意味ではありません。
自分のできる範囲で、与えるのです。
- 自分に余裕がなくなったり
- 相手のことを考えられなくなったり
した場合は、一旦自分のために時間を割いたほうがいいですけどね。
僕が教員だった頃は、ありがたいことに「経済的な余裕」がありました。
それで、結構いろんな人に奢ったり(=金をばら撒いていたわけではない笑)、一緒にご飯に行ったりしても、多めに払ったりしていました。
- 金銭的な面で
- 活動的な面で(=現在であれば時間を割く)
と、多方面に渡って「何がGIVEなのだろうか?」と考え、行動に移してみました。
時には、延々と「話を聞く側」に徹した時もありましたね。
すると、自然と周りが僕を “助けてくれる” ようになります。
と、いろんな「バック/リターン」をしてくれました。
このブログでは何度も書いていることですが、
と思ってやっているGIVEは、あまり “いいGIVE” とは言えません。
そもそもそれは「等価交換」、あるいはすでに(いい意味で)「サービスとして成り立っている」可能性が高いです。
心配せずとも、与えたものは必ず返ってきます。
それが、小さな「感謝」程度に留(とど)まってしまうこともありますが、僕はそもそも、そんな大きな見返りのためにやっているわけではありません。
でも「真実」として、与えることをしなければ、
とはならないのですよね。
与えることをやめないこと

僕はどんなに見返りがあっても、「与えること」をやめないようにしています。
ではなくて、それ自体が僕自身の人生の「幸せ」に繋がっているからです。
なんて思っていたら、いつの日か失脚することでしょう笑。
ここでは、基本的に「返報性の原理」が働くので、それだけでいい。
それに、「信頼関係」を保っていくほうが長い目で見て “良い” のです。
ただし、
というように、TAKEばかりをしてくる人(=TAKER)には要注意です。
即刻、離れましょう。
与えるにも、限度がありますからね。
それでも、
- 感謝してくれる
- 何か手伝うことはないかと声をかけてくれる
こんな人たちとは、縁を「繋いだまま」にしておきましょう。
そして何食わぬ顔で、
と、変わらずに「与え続ける」のですね。
こうやって、自分の「人格」を磨くだけでも、
- 信頼は貯まり
- いい関係が生まれ
- また「win – win」の仕事ができる
というような、好循環を生み出せます。
もしかしたら、どこかで「与えること」をやめてもいいのかもしれません。
例えば、
とね。
でも、人間とは「与えてしまう」もの。
そこにできる抽象的な「人との繋がり」とは、一朝一夕で作り上げられるものではないからです。
僕はそこに気づいたおかげで、
と思ったわけですね。
もちろん、お金も大事です。
しかし報酬や給料とは、そもそも誰かのために働いたからこそ得られるもの。
常に「誰かのために!」と意識できる人は、きっとすぐにお金も回ってくるのではないのかなと。
僕はそう思っていますね。
おわりに
僕は窮地に立たされても、できる限りその「歩み」を止めないようにしています。
と、知っているからです。
与えるのがしんどくなったら、一旦休むこともまた大切。
でも動き続けている人には、いろんな形で「バック」があることも確かです。
だから与え続けていきましょう。
それではまた!
