こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
夏休みも終わり、仕事モードになりつつある僕ですが、やはりまだ夏休みの感覚が戻らず、どこかへ飛び出したい欲求が抑えきれません。
と、そんな時でも使える「魔法の言葉」を今日は伝授します。
と言っても、これは僕の愛すべき後輩から教えてもらった必殺ワザです。
ぜひ参考にしてみてください。
なんでも疲れのせいにしてみる

前の学校で、一時期悩みに悩んでいたことがありました。
- 部活
- 生徒対応
- プライベート
- 同じ職員との揉め事
ほとんど人間関係ですね。
ありとあらゆる災害が僕に降ってかかり、大変な状況を経験したことがありました。
よく行動をともにしていた後輩が、そんな疲れきった顔をした僕に、こんな言葉を投げかけてくれたことがあります。
たぶんみんな
疲れてるだけなんですよ
これをどうとらえるかは、人それぞれなのかもしれません。
しかし少なくとも僕は、その言葉のおかげで目の前が晴れた空のように透き通りました。
僕はこの言葉を今でも脳内再生するくらい、救いの言葉になったことを覚えています。
取り留めもない、陳腐で乾いた言葉なのかもしれません。
- 無責任とも
- 投げやりとも
取れる言葉ですしね。
でもなぜかそれが、大きな救いとなったのです。
シンプルだけど本質を突いているような、そんな言葉でした。
と。
人間はどうしても、何か悪いことが起こったときに理由をつけたがる習性があります。
それは一見とても理性的ですし、その原因を突き止めることに躍起になり、
と、自らを勘違いさせて次へ進む、人間本来のあり方なのかもしれません。
特には、何か悪いことがあれば
と考えに考えこみ、場合によってはベッドでずっと考えてしまうこともあります。
一人で、「あーでもないこーでもない」と考えをめぐらせていたところに、
という言葉が目の前を横切ったわけですから、「ぷっ」と吹き出してしまいました笑。
と。
別に理由なんていちいち考えなくていい。
みんな、ただただ疲れているだけなんだ、と。
- 急に怒ったり
- イライラしていたり
- 失敗ばかりしてしまったり
それぞれ、「疲れ」が原因なんだと。
これは、当たらずも遠からずと思いました。
突き詰めていけば、細かい理由なんてどうでもよくて、それぞれの人生で疲れていただけであり、
- 失礼な態度をとったとか
- なぜあぁいう言い方になったとか
- プロジェクトがうまくいかなかったとか
悩むことなく、ただただ「疲れ」のせいにしてしまうこと。
僕はこの考え方が、とても好きになりました。
特に世の中はこんな状況で、ストレスを抱えていないほうがおかしいです。
そう。
みんな疲れているのです。
- 飲み明かせない不満
- 明日があるかわからない不安
- 度重なる自粛と鬱屈とした日々
それを一言に集約して、理由と言えるのかわからないけれど、たぶん理由だろうと思える理由を押し付けるこの小粋さ。
なんだか胸がスッとしましたね。
みなさんも、何かあって悶々としてしまったら言ってみてください。
と。
考えすぎの現代人に

僕はマインドフルネスを始めて2ヶ月くらいが経ちましたが、始めてみて分かったのは、常日頃からいろいろ考え過ぎだなということでした。
どこかで聞いた話ですが、人間は一日に何万回と思考しているらしいのです。
ぼーっとしてても頭の中では、
- 仕事のこと
- 過去のこと
- 将来のこと
と、たくさんの情報が渦巻き、思考が止まることはありません。
そんなときに「マインドフルネス」は効果的ですが、すぐにうまく使えるようになるわけではなく、実際僕もうまく活用できたと思えたことはあまり多くありません。
しかしそれを「疲れ」のせいにしてみるだけで、
と、理由を考える前にそれらしい結論を出してしまうことができてしまうのです笑。
僕は「適当人間」でしたが、そんな僕でも、
と思わされました。
これは「疲れ」に対してだけでなく、もちろんいろんな場面で使うことも可能です。
- そういう日だっただけ
- 今日は運が悪かっただけ
- ちょっと気分が乗らなかっただけ
個人的には「疲れているだけ/疲れていただけ」という言葉のチョイスが、一番好きですね。
特に、人間関係の場合は使いやすいですからね。
要は、なんでもいいのです。
これによって自分の気持ちを軽くすることもできますし、友人の悩みをクリアにすることもできます。
ある意味、マインドフルネスの一つとしても、活用できるのではないでしょうかね。
現代の人たちは、SNSの発達もあり、みんな毎分毎秒考える作業に追われ、悩み苦しんでいます。
そんな「マインドレスネス(=考え過ぎること)」におさらばするのには、とっておきの考え方なのかなと。
一度、理由を考えるのをやめにしましょう。
何かイヤなことがあったら、それは単に疲れていただけのことですから。
まとめ
今日は「疲れ」で眠かったこともあり、このトピックを選んでみました。
こんな状況だからこそ、この言葉はまるで魔法のごとくその力を発揮します。
理由としては、間違っていないのですからね。
何事にも原因や理由はあるはずですが、人間同士が絡む悩みというものは、
- 根が深くて複雑
- あるいは生理的で単純に相容れない
など、多種多様で答えの出しようがありません。
そんな時は考えるのをやめて「普遍の真理」に頼ってしまおうというこの発想の大胆さが、僕は好きですね。
結構、この言葉に救われてきましたから。
生きていれば原因のわからないすれ違いや、出しどころのない拳もあってイライラすることなんてザラです。
回避することのほうが、無理難題です。
それを全部受け止めてくれる、「疲れのせいにしてみること」。
これほどラクになれることはありません。
どこかできっと役に立ちますし、心がフワッと軽くなることでしょう。
それではまた!

