かっこいい大人を目指していくために【僕らが見せるべき背中とは?】

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こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

みんな誰しも、かっこいい大人になりたいものです。

僕は小さい頃、男(漢)としてのアイデンティティはそこまでなくて、「かっこいい」ということ自体、なんだかよくわかっていませんでした。

しかし大学時代に、

  1. ダンスを始め
  2. ワンピースを読んだことで

だいぶ大人としての、男としてのかっこよさを学んだものでした。

今日はそんな「男としての/大人としての」かっこよさを書いていきます。

かっこいいのは、謙虚で感謝を忘れないこと、そしてなにごとにも一所懸命であることだ。

心は謙虚に

精神的な部分。

この「心の部分」とは、なかなかよくわからないものです。

正直に言いますと、一朝一夕で身につくものではなくて、

  • 経験
  • 仲間
  • 読書

など、大量のインプットによってわかることなのだと思っています。

また、ロールモデルとしての大人が近くにいますと、

こんなかっこいい人になりたい!

と思えるものです。

いずれにせよ、僕が若い頃よくわかっていなかったように、すぐに気づくというのはなかなか難しいことです。

まず、日本の心としては、

  • 感謝
  • 謝罪

この2つは欠かせませんよね。

何に対しても感謝し、間違っていたら非を認めて謝ること。

とても基本的なことですが、“基本だからこそ” できていない人も散見されます。

ここから連想されることといえば、

  • 謙虚さ
  • 誠実さ

だと思います。

情熱や泥臭さは後述するとしまして、まずはこの精神性が必要なのかなと。

いつでも謙虚さを忘れず、今の自分のあり方を意識すること。

傲慢になっていないか?
調子に乗っていないか?

とね。

特に男性は、ちょっとでも持ち上げられますと調子に乗りますから笑。

自分はまだまだなんだ

と卑屈さではなく「謙虚さ」を持ち、そしてその裏には揺るぎない「自信」も持っておくことです。

  1. いつも頑張っているから自信はあるものの
  2. 同時に自分の未熟さも理解しながら努力をする

この言葉をそのまま体現することができれば、多くの方から尊敬されること間違いなしです。

もちろん、”尊敬されたくて” 頑張るという姿勢ではダメですけどね。

大人としての高い精神性を身につけるには、結構な時間がかかる。謙虚であり、ものごとに感謝と謝罪ができることが基本だ。

体はストイックに

僕のブログでも大きなテーマとなっているものですが、男たるもの、体を鍛えるに限ります。

僕の場合は、コロナ禍の時からさらに食生活にも気を配り始め、以下のような体になりました。

【2026年5月】

コンディションは日によって多少は違いますが、2022年頃からはずっとこんな感じです。

いや、内面さえ良ければそれでいいじゃないか!

と反論する人もいますが、個人的には先ほどの「精神性」にも繋がってくるのではないかと思っています。

  1. 謙虚であるから節制(摂生)し
  2. 強くありたいから鍛えておく

「精神」と「身体」は結びついていると言われています。

「どちらが先」ということではなくて、この両輪を回しながら生きてゆくことですよね。

特に節制している時間とは、男性諸君の好きな「修行中」のような感覚になります笑。

僕の場合、朝にオンラインで授業している時なんか、とてもお腹が空くんですよ。

そんな時こそ、

我慢…我慢…この時間が自分を強くするのだ

と言い聞かせ笑、さらにランニングや筋トレの時は、

あともうちょっと!できるだろせいじ!諦めんな!

と、自分を鼓舞しています。

男って、元々 “そういう生き物” なんです笑。

だからスポーツとかやりたがりますし、競争も好きなのです。

  1. 筋トレする
  2. 食生活をコントロール

これに限ります。

こうして自分を追い込むことで、身体が鍛えられ、同時に精神性も身につきます。

いろんな身体があっていいですが、やはり外面もまた一つのかっこよさの要因ですからね。

男同士ですと、鍛えている人を見たときに、

おぉ、すげぇ!

となります。

その人のシンプルな努力とは、すぐに目につくものです。

筋トレや身体の維持は、かっこよさと直結しないようにも思えますが、ストイックさや自分をコントロールしているという点においても、僕は高く評価していますね。

身体を鍛えることも、男としてのかっこよさに繋がる。精神性も高まるから、ぜひやっておくべきだ。

いつまでも泥臭く、貪欲に

冒頭で書いた「謙虚さ」も大事ですが、僕は若い頃、どこか「飄々とすること」がかっこいいことだと勘違いしていて、なかなか「泥臭さ/貪欲さ」を出すことができませんでした。

謙虚さが行き過ぎますと、「できない自分を卑下するだけ」になってしまいます。

これほどカッコ悪いことはありません。

自分は何をやってもダメで…

と言っているだけでしたら、見ている側も「おいおい、大丈夫か?」となりますものね。

人生、

  • 悔しく感じる時
  • うまくいかない時

は当然ありますが、「できないできない」と言い続けて成長しようとしなければ、そんな人は魅力的だとは言えません。

できないならできないなりにでも、貪欲に上へ上へと自分を高めてゆくこと。

そして、上に上がったからといって傲慢になることなく、いつまでも謙虚に自分の「未熟さ」を認め、また次へと進んでゆくことです。

一見しますと、

  • 謙虚さ
  • 身体の鍛錬
  • 泥臭さや貪欲さ

は共存しないようにも思えますが、僕は表裏一体だとも思っています。

表面上はとても丁寧に接しはするが、内面には熱い情熱がある

こんな人でありたいなと。

特に僕がここ数年で感じていることとは、

努力すればするほど、その人は魅力的になってゆく

ということでした。

僕自身もそうでしたが、明らかに、

  • 鍛え始めたり
  • 一所懸命勉強したり

し始めてからのほうが、身体は当然、絞られて見た目も良くなりましたし、勉強することで話のネタもたくさん出てくるようになりました。

何より、他の若い人たちからも、

せいじは、この年になってもまだ頑張っている

と思われることは、とても良いことだと思っています。

いえ、自分が嬉しいとか、そういう意味ではありません。

先述した通り、ロールモデルとは必要であり、元々先生であった僕からすれば、

こんな失敗ばかりしている僕だけど、今日も頑張って勉強して運動しているぞ?

と、曲がりなりにも生徒たちの「前を走っていたい」、あるいは「一緒に走っていたい」のです。

ずっと成長を続けることが、魅力的なことなのだと気がついたからですね。

難しい按配ですが、

  • 褒められたい
  • 尊敬されたい

という想いが強すぎることもまた、自分を落としてしまうきっかけとなります。

あくまで自分に対してストイックでいること。

魅力とはその後ついてくるものだ、という認識が大事ですね。

魅力的になるには、謙虚さの裏に貪欲さや情熱さ、向上心が必要だ。そうした気持ちを持っていれば、自然と魅力的でかっこいい大人になるのだ。

おわりに

かっこいい大人を目指すために…

その道のりとは長いものであり、どんなに歳を取ってもカッコよくなれない人もいます。

僕だってまだまだですが、続けてきたことで自信になったこともありました。

謙虚さとは裏腹に、しっかりと自信もつけて、堂々と進むことも大事なことです。

自信のない人に、魅力はありませんからね。

さ、今日もまた一つ、積み上げて成長していきましょう。

それではまた!

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