生徒と久しぶりに会った男は何を感じる?【若者たちは未来の希望】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日、オンラインで久しぶりに生徒と再会しました。

高校生になったということで、

何してる?元気してた?

という話になりました。

ずっと教えていた子だっただけに、中学を卒業後に顔が見られていなくて、ちょっと心配していたのです。

ただ、再びオンラインで会って、話しただけ。

それなのに、とても温かい気持ちになったと言いますか、幸せになれたのです。

やはり若者は、いつの時代でも未来であり希望であり、「」です。

今日は「若者たち」について書いていきます。

僕よりも下の世代である元生徒たちも、一所懸命生きている。僕も前に進み、誇れる姿を見せてゆくのだ。

何を感じたのか?

とても不思議だったのですが、「生徒さんが頑張っている」というただその事実を知っただけでも、とにかく嬉しかったのです。

おー!よかった!高校って大変だろうけど、頑張ってるのね!

と。

進路の悩みも高校生らしかったものですから、

周りに流されないでな!自分がやりたいと思うことをやるんだぞ!

と念押ししておきました笑。

思い返せば、僕が高校教師だった時は、

  • 放課後
  • 休日の部活後

に、散々生徒の悩みを聞いたものでした。

当時、不思議とイヤな気持ちはなくて、

あぁ、だから教師って天職なんだよな

と感じましたね。

教員という業種は、本気の本気で好きでないと務まらないものなのです。

こうして子どもたちの悩みを聞き、”僕なりの” 経験を話してあげること。

僕が生徒たちを変えることはできませんが、生徒たちにとって、

こんな大人もいるのか

と、一種の参考にして視野を広げるきっかけにして欲しいのです。

何か少しでも、「自分」を伝えられただけでも、生徒の様子を知れただけでも、

久しぶりに会えてよかったなぁ

と感じました。

何より、その生徒さんがとても明るかったのが、僕が元気になった要因だとも思っています。

うお!眩しい!

とね笑。

教員時代は、幾度となく生徒たちの笑顔に助けられたものでした。

僕もいじけている場合じゃないな

と。

若者たちは、いつでもパワーに満ち溢れています。

やはり彼らの存在とは、教育者である僕にとっては大きな存在なのですね。

若者と出会うと、その未来を語る姿に感動してしまう。いつでも彼らは、輝く光なのだ。

若者に賭ける

僕らがやるべきこととは、そう、

「若者たちに賭けること」

です。

別に賭博の話をしているわけではありませんが笑、「彼らの未来」には、投資をする価値が大いにあります。

僕は彼らのレールを修正したいわけでもありませんし、そもそも僕にそんな権利はありません。

ただ、僕が学生だった頃は、

  • とにかく視野が狭く
  • 自分を中心にものごとを考えていた

ものでした。

だからこそ、若いうちから「多角的な視点」を持ってもらうために、一教員として彼らと関わっておきたいのです。

「投資」と一口に言っても、未来に見返りがなければできませんからね。

そのために、彼らを「教育」する必要があります。

繰り返しになりますが、別に洗脳ではありません。

  • いかに日本が恵まれているか
  • 若いうちに海外に行っておくこと
  • 歴史や政治、文化などに興味を持つこと

など、”当たり前のこと” を教えるからこそ、僕らも投資ができるというものですからね。

「教育と若者への投資」は切り離せないものであり、むしろ教育そのものが投資と言ってもいいです。

何でもかんでも、若者のためにお金を使ってやりたい

というスタンスですと、思考停止になってしまいかねません。

僕の思う “若者への投資” とは、そういう形なのです。

  • 信頼を示した上で
  • 教育をしていく中で
俺は、お前らに賭けたいと思う

と、伝えるのです。

僕はそうやって、若者に賭けてきました。

公務についた期間はたった9年でしたが、その価値は大きかったと言えます。

今回も久々に再会しましたが、

やはりこの子に英語を教えていてよかったな

と思えたものです。

彼らは未熟ですが、一方で大きなエネルギーに満ち溢れてもいます。

だから彼らが、世界を変えていきます。

若かりし頃の僕らは、

将来なんでもできるはずだ

と、自分の力に賭けていました。

大人たちも、自分の若かりし頃を思い出して、若者たちに賭けていきましょう。

僕は教育分野にいた時代から、若者たちに賭けてきていた。そこには必ず教育が必要であり、その上で投資をしているのだ。

自分もともに歩き続ける

いつも僕が思っていることは、

僕自身も頑張らなければ!

ということです。

先生とは、「先を生きる」と書きますからね。

  • 当たって砕けて
  • 失敗して泣いて

きたからこそ今の僕があり、その姿を生徒たちに見せることができます。

実はそれは、今でも変わりません。

僕ら大人が前を進み続けていなければ、

まぁ、俺らも/私たちもこれくらいでいいだろ

と、若者たちも妥協し始めます。

特に教員時代は、僕が一所懸命勉強しているところを見て、生徒たちもやる気になっていたものでした。

今でも、自分に説得力を持たせるために、

  • 好きなこと
  • 新しいこと
  • 興味のあること

に、全力を尽くしています。

あぁ、若者が何とかしてくれるだろうから、あとは頼んだ

ではないのです笑。

  • 同じ時代を
  • 同じ社会を

生きているのですから、僕らだって「プレイヤー」という意味では一緒です。

投資においても、自分の「種銭」がなければ、お金を投資することはできませんよね。

僕らも頑張るけど、未来のために、このお金を君に託すよ

こういう形になるわけですね。

僕の知識や経験も、「与える/共有する」という意味で投資をする。

だから教育とは、切っても切れない関係だと言えるのです。

もともと僕は、

この世は「ゼロサム・ゲーム」だ

と思っていました。

誰かのパイを奪ったら、誰かが損をするといった、取り合いの世界です。

一方で、「プラスサム・ゲーム」という考え方になってからというもの、投資を始めることができました。

みんなで豊かになっていこう

という発想です。

今では、

  1. 自分が勉強をしながら
  2. その知識や経験を分け与えてゆく

ことを意識し、若者たちと一体となって、進んでいこうと思っています。

だからいつまでも、学び続けること。

若者たちのため、自分たちのため、ですね。

若者に投資するには、種銭が必要だ。そのために僕ら大人たちも学び続け、お金や知識、経験を若者たちに投資していこう。

おわりに

久しぶりに会った若者。

彼らはいつ会っても、

  • 笑顔に溢れ
  • 悩んでいて
  • それでいてエネルギッシュ

です。

大人たちも負けないよう、彼らに投資できるように、一緒に歩いていきましょう。

それではまた!

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