こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
僕は教員時代に、人間関係で結構悩んだことがありました。
その際に、いろんな本に読んでみては、
と思っていたものです。
まず『嫌われる勇気』を読んだ2020〜2021年頃が、僕の考え方を変えてくれました。
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それからというもの、
と思えるようになりました。
また、政治について勉強したての時も、
と言わんばかりの人が来たりして笑、一体どうしたものかとも思いましたね。
今日は、こうした「気にしてしまいがちなこと」をどうやって受け流していくのか。
このことについて書いていきます。
自分の人生を生きること

僕がこのブログで再三言ってきたことといえば、
でした。
この姿勢が保てるようになると、驚くほど人との関係が良くなります。
あるいは、
と思えば、自分の意志で離れることができるようになります。
大抵の人は、
- 他人からの評価
- 他人からどう見られているか
を気にしています。
これをなくすためにどうすべきか。
今まで書いてきた記事を振り返りながら、探っていきましょう。
何事にも動じないように生きるには?【行雲流水の生き方】
僕が大きく生活を変えて、オンラインのコミュニティメンバーとも様々な場所で会っていた2022年に、この記事を書きました。
「禅」の考え方に陶酔していた僕は、
と意気込み、毎晩瞑想をしていました。
これは様々な場所で効果をあげ、
- 人のことを否定しない
- 自分の意見を無理に通そうとしない
という「柔軟な生き方」ができるようになりました。
それは単に、
ということではありません。
それはただの「お人好し」というものであって、
を “言えない人” として見なされます。
そうではなくて、自分の軸を貫いた上で、
- 相手の意見を呑んだり
- 自分なりの意見を伝えたり
すること。
流れのままに生きつつも、ただただ適当に迎合しない。
しっかりとした芯を持つことですね。
僕のことを好きでいてくれる人たちと向き合うこと【大好きな人たちへ】
言わずと知れた、「スヌーピー」に出てくる名言ですね。
どうしても人間とは、「自分に対して悪口を言ってくる人」に反発しようとしてしまいます。
漫画『ワンピース』の名シーンで、主人公たちが(強いのに)ボコボコにされて、何も言わずに反撃もしないという、男としてとてもカッコいいシーンがあります。

そう思った僕は、「自分を憎んでくる人」のことを “いい意味で” 無視することにしました。
そういう人たちとは、どれだけ正論をぶつけても「どうせ突っかかってくる」からです。
もうその時点で、結果は見えています。
どういう結果か。
というものです。
仮に相手を論破できたところで、なんだかんだで「あぁでもない」「こうでもない」と持論を持ち出してきては、なんとか批判をしようとしてくるものなのです。
そんな人たちに、構っている時間はありません。
僕らは、僕らを好きでいてくれる人と一緒にいて、幸せな生活を歩んでゆく権利があります。
この記事もオススメですね。
「批判したがる人」とは、基本的にコンプレックスを持っていて「構ってほしい!」という承認欲求があります。
そこに反応することなく(=ムダな時間を費やさず)、僕らは僕らのための時間にフルベットするのです。
他人に全く興味がないほうが生きていきやすい【自分の人生を自分で】
僕は良くも悪くも笑、かなりドライなほうだと思っています。
あまり他人の人生に興味がないと言いますか。
いえ、実は昔はとても嫉妬深くて、
と、イライラしていたものでした。
人の人生と自分の人生を重ねてみたり、比べてみたりしていたのですね。
そうではなく、
と思えるかどうかということが、とても大事なことなのです。
今では、
と思うことで、いい意味で「適当に」話を聞くことが多いです。
またいつ会うか分かりませんから、その程度でもいいのです。
- 多数だとか
- 少数だとか
そういう数字は関係なくて、自分は自分なりの意見を言ったり生き方をしたりすればいいですし、人は人の生き方がありますから、そちらにもケチをつける必要はありません。
こう思えるかどうか。
- 人の人生に口出しをするのも
- 他人から何か言われたりするのも
両方とも、やらないほうがいいです。
干渉しようとすればするほど、どんどん「他人の人生」を生きるようになってしまいますからね。
そんなところに、時間を費やしている場合ではないのです。
人に言っていることは自分に返ってくると思っておくこと【自戒の念】
相手を非難することとは、実はとても簡単なことです。
だから人から言われることがあったとしても、
と思えることとは、よくありますよね。
間違えて欲しくないこととは、
ということではない、ということです。
ただ何かを言うからには、
という信念のもとに、意見を言うべきだということですね。
もちろん、自分にも「できていない部分」もあることでしょう。
大切なのは言い方や接し方、そしてその人自身の生き方なのかなと。
僕も友人や生徒さんと話をしますが、特別「こうしろ」「あぁしろ」とは言いません。
というイメージですね。(冷たい笑)
相手から言われた場合も一緒です。
- それを糧(かて)とすべきなのか
- それともただのいちゃもんとして流すのか
は、意見を言われた側が判断することのほうがほとんどなのかなと。
意見を言う側だって、相手の人生なのだから「相手を変えなければならない!」という姿勢は不要です。(迷惑をかけているなど、相手を変える必要があるのならば話は別ですが)
人に言うなら自分もできるようにすべきですし、相手も言ってくるのならば、相手側にもそれ相応の人格が必要ですよね。
と判断したなら、スルーしてしまいましょう。
ヘタに考え込む必要はありません。
尊敬している人や、価値のある言葉がけだと思うのならば、しっかりと受け止めること。
その程度で構わないと思っています。
おわりに
と、他人に配慮もせずに迷惑をかけるという考えは、趣旨と大きくズレています。(当然です)
何かイヤなことや理不尽な意見、誰かよくわからない他人から言われても、動じる必要はないということ。
自分の人生に集中することです。
自分や自分の好きな人、自分を好いてくれる人と一緒に、大切な時間を過ごしていきましょう。
それではまた!
