こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
いよいよ旅の最終地点のラスベガスに到着した僕は、早速「海外あるある」の洗礼を受けます笑。
空港からホステルまではバスで1時間なので、

と思っていたら、「天下の米国様」なのにバスでクレジットが使えないという驚き。

と、近くのセブンイレブンで「20ドル×2=40ドル(約6,000円)」を卸して再びバスに乗ろうとしますと、
と言われて、堪忍袋の緒が切れました笑。(バスは1ドルで乗れます)

と笑。
トルコでも似た経験をしましたが、まさかアメリカで現金問題に直面するとは。
今日は「キャッシュ」について書いていきます。
現金がいまだに残っている国々を見て…
アメリカだったからこそ驚いたものですが、
- 東南アジア
- 東欧
- 南米の一部
でも同じように、「現金」を使わざるを得ない場面に出くわしたものでした。
- いちいちATMを探して
- ムダな手数料を払って
- 調整しながら使っていくので
その場面場面ではイライラしますが笑、

と思ったものでした。
日本では少しずつキャッシュレスが進み始めていますので、それが「当たり前」になりつつあるかもしれませんが、世界ではまだまだ「発展が遅れている国」はたくさんあります。
むしろ南米では、クレジット決済ができたことには驚きましたね。
それくらい、「その国の貨幣価値が低い」ということも表していたような気もしますが。
公共交通機関でクレジット決済ができないのは、どの国も近しいものであり、かくいう日本でも、

と感じています。
この「現金問題」は、各国に限らず日本でもまだまだ課題として残っているということ。
個人的にはもう「現金」自体が、「物々交換」のようにすら感じています。
だって「ブツ」がなければ取引ができないのですからね。
物体なんかなくてもやり取りができてしまう、「デジタル時代」に突入しつつあるのです。
他国に対してブーブー言っているだけではなく、ちゃんと日本もその点については考えていかなければなりませんよね。
でもこうして他国に出てみれば、
- 他国での課題
- 日本での課題
この両方とも見えてくるので、素晴らしいことですね。
それぞれの事情があるということ
イライラしつつバスを待っていますと、

と、今まで見てきた国々を思い浮かべながら、感じたことがありました。
例えば「クレジット決済」が当たり前になりつつある欧米諸国や日本なら、キャッシュレスを促進するのは誰にとっても嬉しいことのように思えます。
しかし、そもそも「クレジットカードを持てない人」がいる国でキャッシュレスを促進しますと、「売買ができない人」が出てきます。
僕は日本では、基本的にキャッシュを使いませんので、クレジット決済のできないお店は逆に「お断り」しています笑。
キツイ言い方かもしれませんが、キャッシュでしか払えないようなお店では買い物をしたくないのです。
その店がダメだと言いたいのではなく、僕がただできる限りキャッシュを使いたくないだけなのです。
一方で、

と、ふと思ったということです。
「手数料負けする」とかそういう次元ではなくて、「物々交換」の感覚で現金を使わなければ、暮らしていけない人たちもまだまだいるということ。
日本でも、そういう人が「0」だと言い切れるわけではありません。
例えばですが、未成年はクレジットカードを作れませんしね。
他国に行ってみれば、その色がより顕著に出てくるということ。
1時間ほどバスを待って1ドル札を機械に吸い込ませた僕は、その後乗ってくる人たちを見て、

そう感じたのでした。

と。
それくらい、日本人とは身なりが違うのです。

と、そう感じましたね。
少し視点は変わりますが、日本でもSUICAやICOCA、PASMOなどの独特のカードがはびこっているように笑、残念ながらそれぞれの「事情」が必ずあります。
「オールキャッシュレス」になることは理想中の理想ですが、やはりまだまだ課題はありそうです。
イライラしていながらも、よくよく考えてみると根深い問題でした。
一面だけを叩くのではなく、「その点がなぜ進まないのか」を考えますと、いろいろと見えてくるものもあるのですね。
少しずつ時代は進んでいくから気長に待とう
日本だって「キャッシュレスになりつつある」だけであり、まだ「現金を必要とする場面」があったりするわけでして、変わりつつある段階にいることは否めません。
- 以前から根深く残っているもの
- 慣習化してしまって多くの人が当たり前に思っているもの
などが「変えづらいものである」ということは、世の常です。
日本が少し先に進んでいるからといって、他の国や地域に僕らの「常識」を当てつけても仕方のないこと。
このように考えられるようになったのも、いろんな国を回ってきたからこそでした。
日本はあくまで「世界の一国」でしかなく、

と思うことが、いかに意味のないことなのかを実感したものでした。
日本の中でも、
- 人が
- 文化が
少しずつしか変わらないように、人とは「変わること」を拒む生き物です笑。
日本でも海外でも、その国や文化の現状に対して不満をぶちまけても仕方のないことなのです。(イライラしてたのは誰?)
それぞれの現状に対して、少なくとも誰かが不満に思っていたり、不便さを感じていたりするのならば、自然とそれらは淘汰され、便利な世の中になっていきます。
実は「もっともっと大きな流れ」があって、それは僕という一人の人間がどうこうできる問題ではありません。
「キャッシュレス」はあくまで1つの例であり、いつかどこかで、スマホが当たり前になるように現金もなくなっていくことでしょう。
現金を使い続けるメリットがありませんからね。
そうやって、物々交換もなくなっていったわけですから。
世界はいい方向に向かっていっています。
不便さも残る国や地域もありますが、南米でキャッシュレスをたくさん経験したように、日本だけでなくいろんなところで少しずつ前進しています。
今回の旅で「現金」についてはイヤな思い出があったものですが笑、改めてその存在について考えさせられることとなりました。
今このタイミングで世界に出た僕を見て、以前に世界を回っていた人は、
と驚いている人もいるかと思います笑。
また5年後、10年後にはもっと世界は便利になっていることでしょう。
気長に自分のできることを続けていきましょうね。
おわりに
各国で必ずぶち当たる、「現金問題」。
でも他国を訪れるからこそ、今の日本の世界的な位置や、各国の政策状況を知ることができます。
お金の課題は、日本に帰っても切っても切れないものです。
自分の周りでは便利なものを有効活用し、社会に対しては大多数が動いていくのをじっと待ちましょう。
他国の状況と時々比較するのも、また新しい発見があるものです。
ゆっくり世界を見ていきますね。
それではまた!
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