時間の浪費なのかムダなのかを理解する【僕がゲームをしなくなってから】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

以前、「ゲームをしなくなった」という記事を書いたところ、これが大きな反響を呼びましたので、

またちょっとゲームについて書いてみよう

と思い、記事を書くことにしました。

とは言いつつも、僕は以前「ゲーム実況動画を見ること」がとても好きでした。

大学生当時は、ニコニコ動画の実況動画を見て、

すごいプレーがあるもんなんだなぁ

と感心していたくらいです。

ストーリー性も好きでしたしね。

今日は再び「ゲームの必要性」について書いていきます。

僕はゲームをやらなくなった。そこに新たな生産性を見出したからだ。後悔のない時間を過ごせているか。考えてみよう。

ゲームそれ自体はイイ

以前の記事にも書きましたが、別にゲームそれ自体を否定しているわけではありませんし、なんなら僕はゲームが好きなほうです笑。

だったら、社会人になった時(=お金を持ち始めた時)は、ゲームが欲しいと思わなかったの?

それがですね…

実は僕、

  1. あまりにもゲームが苦手
  2. 「3D酔い」持ちなので気持ち悪くなる

というダブルパンチでして笑。

僕がゲームをやる理由(権利)なんて、そもそもないのです泣。

僕がゲームをやらないから、いくらでもゲームのことを否定して構わない

というスタンスではありません。

  • 浪費
  • 幸せ
  • 話題の共有

など、ゲームから生み出されるものもありますから、その点を勘違いしているわけでもありません。

どちらかと言いますと、その時間に何を求めているかということ。

特に大学院生の時は、スマホのアプリを文字通り「適当に」ダウンロードしては、それを時間潰しに使っていました。

これこそが、一番の「悪(あく)」だったと思っています。

ゲームそれ自体に罪はなく、”僕のスタンスが最悪だった” ということです。

特に無料のスマホゲームなんて、大体の時間が広告で取られるようなものですからね。

だから、それらを断ち切る必要がありました。

みなさんも、どういうスタンスでゲームをしているのか。

今一度考え直してみますと、何か見えてくるものがあるのかもしれませんね。

大学院生時代、ムダにダラダラとスマホゲームを楽しんでいた。浪費でもなく文字通りの「ムダ」だった。ゲーム自体に罪はない。僕自身のスタンスに問題があったのだ。

時間の使い方を再確認

やはり大事なのは姿勢、時間の使い方ですよね。

当時の僕は、

とにかく時間は無限にある!

と、勘違いをしていました。

ゲームに限らず、

  • 動画
  • 映画

あるいは飲み会やら遊びやら、俗に言う “楽しい時間” を探していたのだと思います。

要は、ずっと「学生気分」でいたかったんですよね。

人生、楽しまなきゃ!

と。

この言葉には、確かにその「良さ」があるのですが、都合の良いように勘違いをして解釈をしますと、

空いている時間は、リラックスしてダラダラするのがいい

という解釈になります。

“そういう時間” も大事と言えば大事なのですが、僕も自分の人生を見つめ直してから、

あれ?なんかこの時間って、ただただ時間が無為に過ぎているだけなのでは?

と思うようになったのです。

ゲームの時間とは、楽しいがためにかなり集中していますから、時間もあっという間に過ぎてしまいます。

その時間が、

  • 感動できるもの
  • 心の底から楽しめるもの
  • 友人と話すための材料になるもの

など「意味/意義」のあるものである限りは、やったらいいと思っています。

実際、僕の友人にも何人か「ゲーマー」はいますしね。

自分が「イイ」と思ってやっているのであれば、それでいい。

僕は逆に、

この時間、マジで自分のためになってないぞ?

と、シンプルに思ってしまったのです。

何度も言いますが、個人的に “僕自身が” そう思っただけであり、そう思わない人はゲームを続けていったらいいと思います。

子どもの頃は、「自分の成長」について考えたこともありませんでしたからね。

「時間の使い方」がよくわかっていなかったのです。(無限にあると思っていましたし)

残された時間を、どう使っていこうか?

こう考えてからは、「エンタメ!エンタメ!」とならなくなりました。

「自分の成長」のためだけとは言いませんが、

何かしら、もっと生産的な時間に費やせるはず

そう思うようになったのでした。

自分の時間の使い方を、今一度見直してみよう。主観的でも客観的でも、非生産的な時間の使い方なら、是正すべきだ。

自分にとっての悪を切る

では、何を持って「悪(あく)」なのでしょうか。

僕が基準にしていることとは、

その時間を、後悔するかしないか

です。

非生産的だったかどうか」とも言い換えられますね。

この時間で、もっといろんなこと(=自分の成長/自己投資)ができたじゃないか!

と。

ゲームとは、やった後の「満足感」があるものもあります。

読書の後の「読後感」のように、

なんていうストーリーなんだ…

と思えるものもあります。

子どもの頃にやっていたゲーム(僕は見ていただけ笑)や、見ていたアニメは、今でも友人たちと「懐かしいよな!」と語れますものね。

だから僕が思うに、ゲームとは「子どもの頃」だけでいいような気がするのです。

大人だからやるな!

と言っているわけではなくて笑、

徐々に優先順位は変わってくるのでは?

と思うのです。

大人になってもアニメを見るように、ゲームだって感動するストーリーはあるけど?

こんな意見もありますが、いずれにせよ「僕は」苦手ですね。

アニメや映画も、最近はだいぶ見なくなりました。

もっとこう「前に進んでいるような感覚」を持てることに、時間を費やしているほうが好きなんでしょうね。

僕にとっては、

ゲームの世界は、あくまでゲームの世界の話

なのです。

その中に競技もありますし、その世界で「上に行く人」もいます。

それでも、僕はもっと「リアリスティック寄り」のほうがいいのかなと。

  • 仕事
  • 勉強や読書
  • 筋トレやダンス、ランニング

など。

もちろん、そこに優劣はありません。

これらが偉いわけでもありません。

自分が思う「悪」を、ただ切っていけばいいだけのこと。

  • 生産的な時間
  • 後悔しない人生

を、選んでいきましょう。

そのためには、自分にとってこの「ゲームの時間」は必要だろうか?

と自問自答してみることです。

僕にとっては、なかなかフィットしなかった。

後悔を覚えるものだった。

それだけのことでしたね。

僕にとってゲームは「悪」だった。その時間で、自分が成長している気がしなかったからだ。しっかりと考えて取捨選択していこう。もう僕らは子どもではないのだから。

おわりに

ゲームは悪

と言うだけなら簡単です。

僕はもともとゲーム実況動画も見ていましたし、やったことのない名作も “勉強がてら” ずっと見漁っていました。

大切なのは、「自分の軸」とその「時間の使い方」。(こちらの記事もどうぞ)

もう一度、自分がやっていることについて目を向けていきましょう。

それではまた!

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