こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、友人たちとご飯に行って、支払いのタイミングになった際に、
という話をしますと、周りのみんなが「え?」という顔になっていました。
僕も以前は「現金至上主義」を貫き通し、
という、謎の理屈を通して生きていたものでした笑。
今日は現代における「現金を使うこと」の是非について、書いていきます。
現金至上主義は時代遅れなのか?

僕も以前は「現金至上主義」でしたので、あまり偉そうなことは言えません。
変化には段階がありまして、
- 現金
- 交通系IC
- クレジットカード
- PayPayやQuic Pay
という流れの先に行き着いたのが、「キャッシュレス」でした。
電子決済をメインにし始めたのは1年前(2020年)ですから、まだまだ僕も初心者です。
こうした「感覚のズレ」を感じることは多く、
- 電子マネーで割り勘したり
- 電子決済をしようとしたり
していますと、不思議そうな目で見られることは、今でもよくあります。
しかし、僕のような「電子決済勢」がわかっていなければならないことは、
ということです。
というわけでもなく、この感覚の違いはその人の価値観や考え方によると思っています。
特に以前の僕は、
- 何かと割り勘しやすい
- 現金じゃないと信用できない
- お財布に現金があると安心できる
などの観点から、
というスタンスでした。
だから別に、
と言う権利はありません。
まだまだ「現金に対する価値観」は多様性に富んでおり、むしろ「キャッシュレスの価値観」は時代の少し先を行っていると言ってもいいのかも知れませんね。
現金のデメリットとキャッシュレスのメリット

現金至上主義の人のことを、悪く言う必要はありません。
自分が「これだ」と思うものを、それぞれが試し始めてその後、続けてゆけばよいからです。
ただ、僕は電子決済を始めてからというもの、現金を使う生活には戻れなくなってしまいました。
先ほどの状況とは逆で、「キャッシュレスに慣れている者同士」で集まると、話が速いことが多いからです。
僕が感じる「現金のデメリット」は以下の通りです。
- 重くてかさばる
- 割り勘がしにくい
- 数を数えるのが手間
- 失くしたり取られたりする
- 銀行で引き出したり振り込んだりするのが面倒
などです。
一方で「キャッシュレス生活」に慣れてきますと、
- 決済が楽
- 身軽になれる
- スマホ1つでいい
- 家計簿アプリと紐付けされていて安心する
- 電子決済同士なら、PayPayで1円単位まで送金できる
など、とにかく「その便利さ」に圧倒されます。
「割り勘」に関しましても、
- 相手のQRコードを読み取り
- 数字を入力して送金するだけ
ですので、面倒な操作は要りません。
現金をぶちまけて計算するよりもよっぽど安心できますし、確実な額を相手に渡すことができます。
また、
- 飲み会を解散した後
- あるいはその数日後
に送金しても構わなければ、面と向かって手渡ししなければならない現金よりも、遥かに効率的です。
もはや「日常生活で現金を使うこと」はほとんどなくなり、電子決済のできないお店だと不便を感じてしまうこともありますね。
現金を使っている人を否定する必要はない

僕が「PayPayでのお金のやりとり」を拒否された時、どのような態度をとったのか、みなさんは想像がつきますでしょうか。
といったような、失礼な言葉をかけたとお思いでしょうか笑。
その時、一瞬だけ「ん?」とはなったものの、
- 現金を受け取り
- 自分がカード決済をする
という手順を踏みました。(そのお店では「現金かカード」だけしか使えませんでした)
先述した通り、まだキャッシュレスが全てという時代ではないと思っていたからです。
- 電子決済の便利さに慣れている人
- 電子決済以外考えられない人
ほど、現金派の人たちを否定したくなるものです。
僕が現金を使う人たちを否定しないのは、自分も以前は同じ感覚をもっていたからでした。
「100%キャッシュレスが正しい」とは思わないですが、その便利さや快適さを感じると、こちらにはデメリットなんてないように思えます。
しかし「現金を使う人たち」にとっては、メリットも効率性も関係ないのです。
本人が、
- 興味を持って試しに使ってみて、
- 慣れてきて「なんかいいな」と思えて
初めて、キャッシュレスへの移行の意志が固まります。
僕だって「人のことは言えない時代」がありました。
自分が少し慣れてきたからと言って、マウントをとってはいけません。
その人自身が納得していない限りは、強制する必要はないのです。
初心者ほど他人に押し付ける

「キャッシュレスの習慣化」に限らず、何か新しいことを始めて、少しでも慣れてきますと、
- 自分のやっていることを「正義」と勘違いし
- 人に押し付け始める
という現象が出てきます。
僕もわずかながらお金に関する知識をつけ始めたおかげで、
- 投資
- 簿記
- 税金
- 控除
などに関して、ある程度は答えることができるようになり、わからなかったとしても速く理解できるようになりました。
一方で心のどこかでは、
と勘違いしていた時期もありました。
だんだんとその感覚が消えていったのは、いろいろな経験をしたからでしたね。
- 勉強するほど自分の知識のなさを痛感した
- 自分より知識が豊富な人がいることを知った
- 英語を教える機会に恵まれ、初心者の大変さを感じた
など、様々な面からのアプローチによって、
と感じたのでした。
先日も、
と言われた時には、
と思ったものでした。
しかし踏みとどまり、
と言うことができました。
自分は「少し知識をつけた」程度のものです。
その人にはその人なりの考え方があり、
- 変わるタイミング
- 新しいことを知るタイミング
は、人それぞれなのです。
僕自身も、お金についてまだまだ知らないことが山ほどあります。
「教えて欲しい」と言われれば素直に相談に乗ってあげながら、自分も勉強してゆく姿勢が望ましいでしょう。
おわりに
ふと出会ってしまった「現金至上主義」と「電子決済主義」のぶつかり。
もちろん、
- 便利なほう
- 効率的なほう
が正義だと捉えることもできますが、世の中が変わっていくには時間がかかります。
ゆっくり、じっくりとその時を待つに越したことはありません。
また、
と思えることは、人を謙虚にします。
自分のできることから少しずつ始めて、本当にいいものを紹介してあげましょう。
ただし、押し付けがましくならないように。
それではまた!

