日本における祭りや伝統を感じる夏で幸せに【夏を乗り切る力とは?】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

夏休みに入りますと、生徒さんと「夏祭り」について話すことが多くなります。

2025年からだいぶ保守的になった僕ですが笑、やはり地元の「伝統を継いでいる人たち」を見ますと、力が湧いてきます。

その日は、

今日の夕飯は、屋台の焼きそばにしよう

と思い、男一人で歩き回りながら祭りを楽しみました。

今日はそんな「お祭り」から元気をもらう方法について、書いていきます。

日本の伝統であるお祭りには、日本人の楽しみがある。一致団結して何かに取り組む姿勢を見て、また明日へと繋げていこう。

伝統とは感情的なもの

以前にも僕は、

  • 保守
  • リベラル

について調べたことがありました。

というかリベラルが感情的で、保守が理性的なんじゃないの?

そう思われがちですが、「保守」のほうが実は伝統や文化など、“目に見えないもの” を大事にしているため、こちらのほうが「感情的だ」と言えます。

確かに、

  • 文化
  • 伝統

とは、なくても困らないもののようにも思えます。

しかし僕は、今年もまた地元の祭りを見て、

やっぱり伝統や文化っていいな

と感じました。

僕らが持っている「信念」のように、人間とは意外にも目に見えないものを大事にする傾向があります。(欧米は宗教ですし)

こうした「感情の側面」とは、実際はとても重要なことなのです。

僕らは機械ではありませんから、

楽しいな!面白いな!

と思えることを、積極的にやろうとし、参加したくなります。

こと「祭り」に関しては、

  • 家族で集まれる
  • 地域が盛り上がる
  • 地元の深い絆が生まれる

など、各地域の発展や活気に繋がりますしね。

なんだかわからないけど、そこにあるもの

これこそが日本の神道だったり、武士道だったりします。

  1. みんなで集まって
  2. まるで現代にそぐわないことをして
  3. 伝統や文化を無意識のうちに守ってゆく

日本だけでなく、各国がそうしたことをずっと続けているのは、それが深層心理的にも “必要だから” なのですね。

日本の伝統や文化に限らず、これらは目に見えず感情的なものだ。しかしそれが必要なのは、地元の発展や人との繋がりを強固にする役割があるからだ。

みんなで飲みたいだけでもいい

僕は学校の先生でしたから、

体育祭や文化祭なんて、なくてもいいのでは?

という意見も、聞いたことがありました。

しかしその時に、

いやいや待てよ…こうやってみんなで集まってワイワイするからこそ、学校生活は楽しいのでは?

と思ったわけです。

は?お金にならないし疲れるし、意味ないよ

こういう意見もあるわけですが、これは「個の分断」を意味するのかなと。

要は、そうした「集団的なもの/目に見えないもの」に価値はないと言い切り、切り捨てることで、現代の個人主義を助長するような動きです。

これでは確かに、「〇〇祭」というのは不要のように感じてしまいます。

ただ、僕らが「シンプルな飲み会」にワクワクするように、

人とは、集まってただしゃべるだけでも楽しいのだ!

と感じることも、間違いではないのではないでしょうか。(強制的な飲み会や不要な集まりは、無視しても大丈夫です)

みなさんだって、週末に「誰かと会う」となったらワクワクしませんかね。

生徒さんと話をしていますと、

お祭りの後の打ち上げがあって…みんなただ飲みたいだけだったんですよー笑

僕はこんな言葉を聞くだけでも、

それそれ!そうなんだよね!

と思うくらいです笑。

夏はとても暑く、特に日本の湿気と暑さは異常なものです。

しかしそれでも、みんなで夜集まって、じわっと汗をかきながらもお酒を飲んだり話したりする、あの時間。

あれが地域に活気を与え、みんなの元気を取り戻してくれます。

僕は、各地域の生徒さんの祭りの話を聞いただけでも、

みんな楽しく時間を過ごして、地域で集まって楽しんでいるんだろうな!

と思いを馳せ、幸せになることができました。

人は、自分が楽しい思いをするだけでなく、他人が楽しんでいるところを見るだけでも、幸せになることができます。

そうやって夏を乗り越えてゆくのも、日本の一つのやり方なのかもしれませんね。

誰かと会って飲みに行く。これだけでも、十分に楽しむことができる。個の分断に乗らずに、集団や祭りに対する意味を考えてみると良い。

元気をもらい、与える。

このように、僕は昔とだいぶ考え方が変わり、

やっぱり日本の夏は、祭りや文化、伝統だよな!学校なら体育祭や文化祭に限る!

と思うようになりました。

他人の幸せ」も感じられるようになりましたし、そういう意味では余裕が生まれたのかもしれません。

特に僕が「日本の夏」を好むのは、

  1. みんなが活発で
  2. 家族や友人に会ったりするから

でもあります。

暑いのは仕方のないことですが、こうしてみんなで会って話して、そしてまた秋や冬に向けて準備をしてゆく雰囲気が、とても郷愁的でいいのです。

デメリットもありますが、日本のこうした「集団的な」要素とは、実は「相互扶助」の考え方からきているのかもしれませんね。

会えばお互いに、幸せになれる

そういう思いから、人は会い続けるのかなと。

もちろん日本に限ったことではなく、世界中どこでも「人と会うこと」とは、誰もが大切にしていることです。

僕が思うに人と会う時とは、別に「どちらかが先出ししている」ということはないのではないかと。

  1. 自分も与えているし
  2. 相手からも受け取っている

お互いが「楽しみたい」と思っている。

ただそれだけの想いから、僕らは会っているのです。

夏に限らず、日本の四季はそれぞれ厳しいこともあります。

そんな中でも、人と会って話すことを通して、

よし、俺も/私も一丁頑張るか!

という思いになれるじゃないですか。

僕が伝統や文化を再認識し始めたのは、「人との出会い」について価値を改めて見出したからなのかもしれません。

  • 伝統的
  • 原始的

ではありますが、やはりどこまで行っても「対面/アナログ」に敵うものはありません。

だからみんなスタジアムや劇場などに足を運び、盆暮れには実家に帰るのです。

確かに、オンラインやAIで生活はより便利になり、資本主義が行き過ぎた昨今では、

そんな伝統じみたものは要らない

という風潮も散見されます。

それでも僕は、人と会っていきたい。

それが、人としての「本質」だと思うからです。

夏でも冬でも、人と会っていこう。それが人として一番楽しくて大切な部分であり、そこから元気をもらえるのだ。

おわりに

夏祭りとは、

  • 家族で出かけたり
  • 地域のイケおじたちが神輿を担いだり

していて、誰もが主役になれる時間だと思っています。

そうした「繋がり」から意味を奪おうとするのではなく、”原始的な部分” だからこそ大事にしてあげること。

シンプルに、今度人と会う予定があるって楽しみじゃない?

と思えれば、それは人として自然な感覚

この夏もみんなで力を合わせ、お互いに元気を与え合いながら乗り越えていきましょう。

それではまた!

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