一所懸命毎日を生きつつ大事にする時間【忙しすぎる人生はいいのか?】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

多忙は怠惰である

この言葉について、僕は大いに納得をしています。

僕が教員だった頃は、

あぁ毎日が忙しい

と言いながら、公務員としてそこそこの給料をもらっていました。

そういう意味では、「あっという間に」全てが過ぎ去っていってしまい、

一体何をしていたのだろう?

と思うこともありました。

生徒たちとの時間は楽しかったですし、何も得られなかったわけではありません。

では、今はどう感じているのか。

個人事業主としての「忙しさ」とは、価値のあることなのか。

書いていきます。

忙しいにも意味が2つある。だから何も考えずに生きてしまうような、そんな “多忙” にはならないことだ。

毎日が忙しい現状

個人事業主になってからというもの、毎日必死も必死、死にもの狂いです笑。

それでも、毎日が充実しているのは、

基本的に何も予定がない日は授業をし、その中でいろんな生徒さんと話しているから

だと思っています。

「人と話せる」ということは、ストレス発散になるだけでなく、

  • 自己肯定感
  • 社会的な繋がり

など、社会的動物である人間にとっては必要なことです。

また、僕の場合は、

  • 単価の高い自分の事業
  • 対面式のグループレッスン
  • 時間の切り売りだが、いろんな人と話せるオンライン講師

と、バランスよく授業(事業)があることが、より幸福度を高めています。

せいじは安売りし過ぎだ

と言われることもありますが、ここまで2年以上楽しく来られたので、成長しつつ「この感じで続けて行きたいな」とは思っています。

毎日やることがいっぱいで、これ以外にも、

  • 朝活
  • ブログ
  • インスタ
  • YouTube
  • 他の事業のお手伝い

など盛りだくさんですが、やりがいがありますね。

学校の先生も悪くはありませんが、やはり組織のしがらみがある分、難しい面がありました。

自由度の高い中で、

自分のやりたいようにやっていく

一見すると怖いものですが、縛られない「快適さ」もあります。

それぞれに「良さ/悪さ」がありますから、自分にとってどちらがいいのかを問うてみることですね。

僕の場合は「教員歴9年 > 個人事業主2年」と、全く持って経験年数が違いますから、まだこれらを比べるには早そうです。

少しずつ経済的な面も比べながら、どちらがいいのかを見極めていきたいですね。

現状、とても忙しい。しかし教員時代と比べると、また違った忙しさの質でもある。それぞれの良し悪しを鑑(かんが)みながら、検討していこう。

どういう意味で忙しいのか?

特に個人事業主を始めてから感じたことは、

自分のやったことが、そのまま結果として跳ね返ってくる

ということでした。

いえ、僕にも言いたいことは山ほどあります笑。

学校の先生をやっていた時は、死ぬほど頑張っていたけどあまりお金がもらえなかった!

とか、

今は学校の先生以上に一所懸命やっていても、あまりお金が稼げない!

とね笑。

世の中とは、理不尽なものです笑。

それでも、今のほうが、

納得してもらえる分だけ、お金をいただけている

という感覚が、圧倒的に強いです。

公務員を辞めて個人事業を始めた時の僕は、

こんな僕にお金を支払ってもらうなんて、いいのだろうか?

とビクビクしていたものです。

裏を返せば(悪い言い方になりますが)、会社員や公務員はある程度手を抜いても、「給料」は保証されているということです。

公務員の時も一所懸命やってはいましたが、

これが自分の給料に見合っているのか?

と悩んでいて、

  • もっともらっていいものなのか
  • こんなんで給料をもらっていいのか

という「際どい感覚」を行ったり来たりしていましたね笑。

現在は死ぬほど忙しくても、

自分がやった分だけお金になっている

という自覚があるため、

よし、もっと頑張ろう!

と、素直に切り替えることができています。

僕の今の忙しさは、ある意味「幸せな時間」で埋まっているような、そんな感覚です。

え?授業が全部なくなって、その時間も遊べたほうがもっと幸せなのでは?

そう指摘されますと「別にそれもいいな」とも思いますが、やはり “働きたい” のです。

これは日本人に限ったことではありません。

誰しもが誰かのために生きたい。

それがイヤイヤなのか、積極的なものなのか。

その点をしっかりと考えた上で、現状の「忙しさ」を分析してみることですね。

個人事業主になって、より忙しくなってしまった。それでも、自分がやったことがそのまま返ってくる感覚に、嬉しさを覚えているのだ。

改めて考える「時間」

  1. 教員時代は多忙で
  2. 個人事業主は忙しい

この事実は同じように見えますが、

圧倒的に考え方が変わった

と思っています。

ただただこれらの「職の違い」を訴えたいのではなくて、

今のほうが圧倒的に、自分の人生を自分で描けている

そう感じているだけなのです。

教員時代の生徒たちとの時間も、楽しくて輝かしいものでした。

しかし、心のどこかで、

この職(=レール)に乗っておけば、大丈夫なんだ

と思っていました。

もちろん、いろんなことを加味した上で、あえて「乗る」レールもあります。

総合的に考えて、雇用されるほうがいい

と、結論を出した友人もいます。

僕の場合、以前はある意味で “ちゃんと” 考えられていなかった。

今思い返せば、その点において今のほうが、圧倒的に「今、自分はどうしたいか」と考えられているような、そんな気がするのです。

その上で、また教員(公務員)に戻る可能性だってありますし、「全く違う道」を行く可能性もあります。

大切なのは、

今をどう生きることが、僕にとって、これからの家族や友人にとって、日本にとって、良いことなのか?

と、常に自問自答しておくことです。

その上で選んだ道ならば、それはその人が決めた人生。

後悔のない人生となることでしょう。

  • どの職がいいか
  • どう功績を残すか

はあまり問題ではなくて、

  • 人のために生きられているか
  • 自分のために時間を使えているか

と一見すると矛盾してそうな、この「自分/他者」の両者の感覚を持っておくことですね。

「忙しい」にしても、

あぁ、一週間が一瞬で過ぎて行く〜。何も覚えてないや笑

と、忙殺されてしまっているのか。

それとも有意義に時間を使い、

いい一週間だった!また来週も頑張ろう!

と思えているのかどうか。

どう時間を使えているのか。

幸せや社会的な豊かさを、感じられているか。

ここを探って、人生を選択していきたいですね。

自分の時間の使い方に対して、どういう思いを持てているのか。以前の僕は、レールに乗っかっているような、そんな人生だった。

おわりに

別に教員時代も今も、変わってなくない?

僕の人生をそう捉える人もいますが、大切なのは、

自分がどう感じているか?

ですよね。

自分が心地良く感じられているのであれば、それはそれで正解。

なんだかツラい、息苦しい…

と感じているのであれば、それは何かを変えるサインです。

僕の人生も、まだ正解なのかすらわかりません。

それは生きてみたらわかること。

いろいろなことに挑戦していきましょう。

それではまた!

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