いろんなことを仮定して話ができるようにする【たらればで語る】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)

英語の授業をしていますと、

もしこうだったら、どうする?

といった「仮定法」がよく出てきます。

英語に限らず、日本語でも、

もしこうだったら…
でもこの場合だったら…

と話すことがありますよね。

僕はこの「考え方」と言いますか、話を膨らませたりいろいろな角度から意見したりすることが好きです。

よく、このブログで書いていることは、

この世に「これ」という答えは存在しない

ということですしね笑。

今日は「たられば」で語ること、議論することについて書いていきます。

世の中に答えはないから、どんな立場でも話せるようにしておこう。それが「議論」だ。

答えはないが軸は作る

世の中に答えはないんだから、議論しても意味がないのでは?

こんなことを言う人がいますが、それでは話が終わってしまいます。

行き過ぎた「個人主義」による影響でしょうかね。

自分の人生は自分で描くのだから、議論なんかしないで生きたいように生きたらいい

まぁ半分合っていますが、半分は間違っているのかなと。(ここにも正解はないですね笑)

極論は、そうなのかもしれません。

ただ僕は、自分自身を「社会の一部」だと認識しています。

ということは、必ず誰かしらと関わっていかなければならないということ。

「自分の好きなように生きること」は、僕の人生のテーマでもありますが、

だから他人と話す価値なんてないし、視野なんて広げなくていい

とはなりません。

  1. 自分なりの軸を持ち
  2. それをぶつけ合うからこそ

その人に「信頼」も貯まります。

人と議論をしないようにしている人とは、他人の意見を知る経験が少ないわけですから、想像力も欠けてしまいます。

すると人との交流で「ズレ」が生まれるようになり、社会でうまくやっていけません。

いやいや、そういう人だっているし、そういう生き方だってあるでしょ?多様性の時代なんだから!

こういうことを言う人ほど、「多様性を推す人たち」と “一緒に” 叫んでいるじゃないですか笑。

「社会のはみ出し者」が、悪いと言っているわけではありません。

適合できない人だっていますし、いろんな生き方があるのは事実です。

しかし、この世の中で生きてゆくには、ある程度の「常識/ルール」などを知ったり、逆にそういう人ほど他の人の「気持ち/状況」を知ったりしておくべきなのです。

答えがないことなんて、誰だってわかっています。

だからこそ、「自分の軸」を持ってそれをぶつけ合い、社会に「存在すること」が大事なのです。

世の中はずっと混沌としている。答えはないが、自分なりの軸を持っていたり、意見を持っていたりすると、世の中で議論ができるようになる。

常にいろんなパターンを考える

僕は昔、非常に「リベラル」な考え方を持っていました。

日本なんて遅れているし、俺が正義で最先端だ!

と信じていました笑。

そうしますと、一方的な考え方しかできなくなってきます。

こうなってしまいますと、議論は「終了」です。

自分の中の「正義」は固まっているかもしれませんが、そこに対する批判や建設的な意見すら、聞き入れようとしなくなるからですね。

  1. まず相手の話を聞き
  2. 様々なパターンを考えること

議論において、基本中の基本ですね。

「たられば」で語れる人とは、基本的に自分の立場を一旦横に置いておける人、あるいは想像力のある人だと思っています。

僕自身は若い頃、

  1. 何もわからないのに
  2. 知ったような口で意見を通していた

ものでした。

こうなってきますと、

その情報は確かか?
ただの主観じゃないのか?

と思われて終わりです。

もちろん、軸の確立としてある程度の「主観的な意見」も大切ですけれど。

ただ、相手の意見を聞こうともせず(立場を理解しようともせず)、

これ以外答えはない!いや、あなたの意見や立場は考えたことがないしよくわからないが、間違いなくそう!

と言い続けていたら、議論は進みません。

やはりいろんな人の、

  • 意見
  • 状況
  • エピソード

を取り入れ、それを “まとめて” 自分なりに意見を作ることが大事ですからね。

常に、

この場合はどうだろうか?

と議論ができる人。

こういう人とのほうが、話も弾みますし、

いろんな立場に立てる、想像力を持っている人なんだな

と思われるようになります。

様々な人の意見が聞けるということは、いろんな人のいろんな立場や状況を理解しようという姿勢があるということだ。

必ず反対の立場に立ってみる

僕が議論していて思うことは、

ディベートって大事だな

ということです。

特に、

  • グループディスカッション
  • 英検1級のディベート練習

などをしていますと、いかに多くの人が、

自分の意見は持っている(=支持できる)が、反対意見を持つ人を支持することができない

という状態なのかがわかります。

この動画では、若いながらも東大でディスカッションを重ねてきた、保守系サークルの山田泰さんと参政党の神谷宗幣さんが対談をしています。

端っこ(極右や極左)まで理解できれば、中庸を取ることができるようになる

とおっしゃっていますね。

反対の立場になるということは、とても難しいことです。

なぜなら「絶対に認めたくない!」と思う相手のことは、間違いを指摘したくなるだけだからです。

まずは「敵(=相手)」を知ること。(本当の意味での “敵” ではありません)

みなさんも、ご自身が所属しているコミュニティや続けてきたことにおいては、何時間でも語ることができますよね。

あるフィールドに長くいた人間は、いざ他の(相手の)陣営に行きますと、

自分がいたところの悪い点は、よくわかっている

となります。

スポーツでも、相手が「自分の古巣」であれば、

ここが弱点だ。ずっとそのチームにいたからわかるんだ

と、すぐに相手(自分が元いたチーム)の弱点をつくことができます。

むしろ、自分の意見を支持したければしたい人ほど、

  • 自分のこと
  • 相手のこと

を、それぞれ知るようにしたほうがいいのです。

完全に理解することは、不可能ですけどね。

しかし、近くにいた人から情報を聞いたり、その道に精通している人から意見を聞いたりすることで、視野は必ず広がります。

その努力ができない(しようとしない)人ほど、

自分の意見は正しい!怒

と言い放ち、井の中にずっといたまま大海(世界や様々な考え方)を知ろうともせず、ずっと狭小な世界にい続けます。

自分の意見を押し通すために、敵の情報を知って、相手を潰せ!

と言っているのではありません笑。

いい按配で「落とし所」を見つけてゆくために、全く「逆側」の意見について知っておくこと。

それが議論においては、有効なのです。

自分とは全く違う相手側の意見。これらについても知っておくこと。そうすると、議論をするときに自分をサポートしやすいだけでなく、いい落とし所を見つけやすくなるのだ。

おわりに

僕はこのようにブログを書いていますが、もちろん主観で書くこともありますし、

  • 経験から書いていること
  • 客観的に調べまくってから書いていること

もあります。

ブログを書いていますと、

そうか。こっちの意見も本当かどうか調べておかなきゃな

と思うことがあります。

常に「このパターンは?」と考えていますと、議論するときにすんなりと自分の意見や広い考え方、それこそ「多様な意見」について考えられるようになります。

ゆえに、言語化はとても大事なことです。

普段から「たられば」で考え、いろんなパターンを知っておきましょう。

それではまた!

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