あまり追い込みすぎても良くないから休む男【生きるって?】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日、久しぶりに家の近くのサウナに行きました。

相変わらずのショートステイでしたが笑、夕方に行って家に帰ってきたらそのまま、まさかの1時間の仮眠笑。

この珍事件をオンラインの生徒さんたちに話しますと、

いやいや笑。そんなのフツーですって笑。せいじ先生に「休め」の合図が出たんじゃないんですか?笑

と、みなさん口をそろえて「必要な休憩だった」と言ってくださいました。

どうやら、僕は毎日を必死に生きすぎていたようです笑。

今日は時に休むこと、生きていることを実感することについて書いていきます。

たまに休みつつ、大事な時間を生きている実感にできるようにしよう。毎日に幸せは転がっているのだ。

久しぶりに行ったサウナ

さて、以前の僕とはほぼほぼ毎日、サウナに行っていたくらいの、筋金入りの「サウナー」でした笑。

最近はストレスも減り、自由気ままに生きているからか、

また機会があればサウナにでも行くか〜

と思っていた程度で、あまりサウナに行っていませんでした。

しかし先日、極度の疲れからなぜか脚(あし)を負傷。

これはサウナに頼るしかない!

と思い立ち、早々に仕事を切り上げてサウナに向かい、2セットだけ調ってサウナを後にしました。

その前に6kmのランニングをしていましたので(これが原因か?!)、その後に行ったサウナはまた格別でした。

かなり疲れていたからか、ベッドにゴロンと横になったのも束の間、小一時間寝入ってしまったのです。

本来やるべきだったはずのインスタ投稿は深夜に回し、言語学習を断念。

ちょっとした後悔に見舞われましたが、生徒さんたちと話して元気を取り戻しました。

結論、みなさんに言われた通り、僕には必要な時間だったのではないかと思っています。

「休む」ことに関してはいくつか記事を書いている通りで、人間、

  1. しっかり食って
  2. しっかり寝ること

がめちゃくちゃ大事です。(当たり前)

サウナはあくまでリラクゼーションの一部でしかありませんが、久しぶりにいい時間を過ごせたなぁと感じましたね。

「たまに休むこと」っていうのは、人間にとって大事だということ。

ある意味、ぶっ倒れたからこそわかったことでもありましたね笑。

こういう時やタイミングを見極めつつ、日々を過ごしていかなければなと感じた一日をとなりました。

久しぶりに行ったサウナ。とても疲れていたが、結果的に行ってよかった。疲れが溜まっている時とは意外とわからないもの。しっかりと休んでいこう。

小さなことに感動すること

次の日もまだ眠かったのですが、やはりサウナやちょっとした「リラックスタイム」が入りますと、普段の日常に改めて感謝することができるようになります。

サウナで五感が敏感になっていたこともありますが、こうした「ゆったりした時間」を過ごした後では、いろんなことに気づくことができるようになります。

以前、女王の教室からの引用をしたように、「生きる」とは「感じること」なのだなと、最近はしみじみと考えながら生きていますね。

普段何気なく見ている景色の中にも 時の移り変わりで

ハッと驚くようなことがいっぱいあるんです そういう大切なものを

しっかり目を開いて見なさい 耳を澄まして聞きなさい 全身で感じなさい

それが生きているということです

また、武士道を学び始めたことで、

いかにして最期を迎えるか

ということを考えて生きるようになったため(数年前からそうですが)、さらにこの言葉の重みを感じるようになりました。

武士道とは死ぬことと見つけたり

この人生も、あと数十年で終わる。僕は何をしたいのか

常にこうやって考えることが、今を生きることに繋がるんですよね。

すると、目の前の小さなことにも意識が向くようになります。

しかし、この小さな部分を蔑(ないがし)ろにしないことが大事ですよね。

毎日を一所懸命生きようとしていますと、「多忙」にやられて周りが見えなくなったり、感情が先行してやりたいことができなくなったりします。

感情を押し殺すことが武士だとは思いませんが、負の感情を誘発するような毎日であっては、人生も豊かになっていきません。

細かな所作や感情の起伏、道端にある小さな花や虫、そして道行く人々の笑顔。

こういったところにどんどん目を向けてゆく必要があります。

それが「生きる」ということですからね。

サウナに行き、武士道を学び、感情に流されずに小さなことに感動する僕。でも、これがリアルに生きるということなんだと思う。

それでも毎日全力で

ただし、休んでばかりもいられません。

毎日を全力で生きるからこそ、そうした「休み」が浮き彫りになりますし、いい時間を過ごすことができます。

スティーブ・ジョブズのあの言葉は、もしかしたら武士道からきているのではないかと思っているくらいです。

もし今日が人生最後の日だとしたら、

今日やることは本当にやりたいことだろうか?

ここには絶妙なバランスが必要だと思っています。

僕がバタンキュー(死語)と倒れてしまったように笑、人間、こんを詰めすぎますとダメになってしまいます。

一方で、それだけ熱量を持って毎日を生きていなければ、その人生は「死んでいるように生きている」人生とも捉えられかねません。

昔の僕は、自分に約束しました。

絶対に全力でやり切るのだ

と。

自分にウソはつけませんし、妥協した日が一日でもあろうものならば、死んでも死にきれないでしょう。

リラックスタイムや友人との交流も大事ですが、今は一番動けるピークの年齢です。

人間はどこまで行っても “動物” ですから、いつかは終わりが来ます。

その時に、

後悔のないように生きて来られた

と、自分に胸を張って言うことができるかどうか。

そう、まさに「死ぬことと見つけたり」です。

武士道とは、人によれば「生と死があれば迷わず死を選ぶことだ」と言っている方もいらっしゃいました。

それが意味することとは、「無駄死にせよ」ではありません。

いつ終わりが来てもおかしくない

と思える覚悟があるかどうかの問題だからです。

そう思えている人は、本当に心から、芯から強い人なのだと思っています。

時に休まなければ、戦い続けることはできません。

そのバランスを探りながらも、僕は毎日を全力で生きていきたい。

今回はたまたまそうした些細な気持ちの変化がありましたが、基本的には全力で戦い続ける人でありたいですね。

時に友人と談話し、時に休みながらも、自分の人生で何をしたいのかを考えて毎日を過ごしていきたいのです。

最期を意識するからこそ、今を輝くことができる。終わりを意識している人ほど、小さな毎日に気遣いができる。僕はそんな人生にしようと思っている。

おわりに

たまに休むからこそ、見えてくる世界というのはあるものです。

朝活も年間で3回休みましたし、運動も週に2回程度しかやっておらず、言語学習も「ほぼ」毎日しかやっていません。

それでも、「今を生きる」ということにフォーカスをすれば大丈夫。

今日も明日も、全力で生きていきましょう。

それではまた!

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