ただ仕事をする人生をどう思うか?【どういう人生にしていきたいか】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日、元教え子と話をしました。

今朝も友人たちと話をし、共通していた点が「AI」や「労働生産性」といった話題です。

現在(2026年)では、AIが当たり前の時代となり、誰もがAIにアクセスしています。

スマホが毎年のようにアップデートされているように、AIもどんどんアップデートされていますね。

そんな中で、

じゃあ僕の/私の仕事ってどうなんだろう?

と考える人が多くなってきました。

どうやってこの時代を生き抜いてゆくのか。

考えていきましょう。

AIによって仕事もどんどん減っている時代だ。その中で自分が何をして、誰のために生きたいのか。考えていこう。

その仕事は楽しいか?

僕が先生をやっていた頃は、「夢だった仕事」だったということもあってか、とても楽しく毎日を送っていたものでした。

もちろん、気にくわないことやうまくいかないこともありましたが、生徒や教員とチームで学校運営をしてゆくことはとても楽しくて、

これこれ!これがやりたかったんだよ!

と、教員生活を9年も続けてしまいました笑。

結果的には、

やはり自分には、もうちょっと裁量権が欲しいかな

という思考を経て、学校現場を離れることとなりました。

それでも教育はいまだに好きですから、自分の事業も英語教育一択でやっています。

もちろん『楽しい』にも様々な形がありますし、「=ラクな仕事」を意味しているわけでありません。

僕が大事にしていたことは、

自分がやりたかった形が、実現できているかどうか

ということでした。

僕が教員を長く続けられたのは、それなりに楽しくて “思うようにできていたこと” もあったからに他なりません。

会社で働くことを揶揄(やゆ)しているわけではなくて、

本当に今やっていることが、楽しいのかどうか?

この問いをいつも自分に問い続けることが、とても大事なことなのだと思っています。

現代では単純に、あまりそう感じていない人が多いのかな、と。

そうであれば、一度環境を変えてみる必要がありますね。

多少の不便はあったとしても、心からその仕事を楽しめているかどうか。

改めて考えてみましょう。

今の仕事は楽しいか。そうでなければ、一度考え直してみる必要がありそうだ。

やりがいはあるか?

僕が教育に従事していますと、

せいじ、お前は変態だ

と言われることがあります笑。

人に教えるということは、

  1. 人より勉強し
  2. それを適切に伝え
  3. その人の能力を伸ばす

といった力が必要になってくるからです。

こんな「ダルいこと」はありませんからね笑。

普通の人は、

教育とは面倒だ

と思うに決まっています。

それでも僕が続けてしまうのは、

そこにやりがいを感じるから

に他なりません。

学校の先生をしていた時もそうですし、個人事業をやっている今も、とてもやりがいを感じています。

その人の力が伸びるかどうかは、その人次第と言ってしまえばそうなのですが、それをサポートしてゆくために、

  • 自分を高め
  • 様々な点から議論し
  • 多様なアドバイスをあげる

その結果、生徒たちが英語能力の向上を感じたり、もっと頑張りたいと思ったりしてくれれば、それでいいのです。

こうしたプロセスを踏んでいる時間が、とても気持ちいいんですよね。

むしろ「やりがいのない仕事」をしていますと、

自分は一体、何の誰のために働いているのだ?

と疑問に思うようになり、「ただお金をもらうこと」に終始してしまいます。

僕も高校で先生を始めた当初は、「力を抜くこと(=効率性)」ばかりを追い求めていました。

働く?は?ムダをなくして、効率的に働いてお金をもらうのがいいに決まっているだろ

とね笑。

ある意味正しいと言えば正しいのですが、人間同士が絡み合う社会で仕事をするということは、時に「ムダ」も受け入れてやらなければなりません。

この人のためにどういう授業をしたらいいだろう?どう準備していこう?

こうして時間を割くことが、僕は今、とても楽しいのです。

仕事とは、社会に対する奉仕でもあります。

僕は今まで、受け取ってばかりの人生でしたからね。

いかにして与えることができるか?

こう考えられる仕事であれば、それは「やりがいがある」と言えるのではないでしょうかね。

やりがいのある仕事をすることができているか。できていれば、それは社会に対して奉仕をしていることになる。「与えること」を考えるのだ。

どういう人生を求めるのか?

ここで大切なのは、

自分はどういう仕事をして、どう社会に貢献していきたいか?どういう人生にしていきたいか?

と思い描くことです。

もちろん、仕事の中で合わない部分もあるでしょうし、やってみないとわからないこともあります。

だからこそ僕は、こうした問いかけを常に自分にしておいて、

今、自分は自分の人生を楽しみ、生きがいを持てているか?

と考え、ふと空を見上げては、

よし。前に進めている

と思えるかどうかを確認しています。

こうした点に疑問が持てていない状況ですと、

まぁなんとなくだけど、お金ももらえているしいいか

と、妥協した人生を歩むことになります。

先日の教え子との話もそうですが、

なんだか仕事がつまらない。やりがいがない

という事態が起きてしまうのは、

あまり本気で自分と話し合って来なかったから

に他ならないと思っています。

これは僕自身、仕事を始めた時に感じていたことでもあり、ちゃんと自分の本心と向き合っていなかったため、このような気持ちになっていました。

仕事に限ったことではありませんが、人生はこの疑問の繰り返しなのかなと。

もうここで完璧だ!

と思えることは、今後もないのでしょうね。

だから「なんだか合わない/つまらない」と思うことは、現状の「違和感」に気づいているという証拠でもあります。

ある意味、その時こそ自分と向き合うチャンスなのかもしれませんね。

人間とは面白いものでして、適当に生きていますと、

これでいいのかな?

と、そこにある精神的な充足感について疑問を抱くようになります。

それこそ、機械やAIでは “やりきれない部分” なのかな、と。

  1. 仕事に対して向き合い
  2. そこに確かな満足感があるか

ぜひ考えてみてください。

抽象的かつ精神的かもしれませんが、”だからこそ” 大事な部分なのです。

人間とはどこまで行ったって「動物」ですからね。

そこに感情的な要素が入ってくることは、ごく自然なこと。

「人生を豊かにしたい」と思うのであれば、仕事について真剣に考えることです。

さらに派生して、

  • 生活
  • 恋愛
  • 人間関係

なども考えれば、「自分がどう生きたいのか」という疑問についての答えが、少しずつ見えてくるかもしれませんね。

仕事と深く関わってくるのが「自分の人生をどうしたいのか」という問いだ。社会貢献ができて精神的に充足することが、僕らが求めていることだったりもする。あなたはどういう人生を送っていきたいだろうか。

おわりに

仕事が楽しくない、つまらない

という話はよく聞きます。

そこに楽しさややりがいがあるかどうかを求めることは、やはり常日頃からやっておくべきことですね。

違和感を覚えたり、やりがいを感じないのであれば、妥協して惰性でやっている可能性も否めません。

常に考えてみましょうね。

それではまた!

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