知らないことを知ろうとするのが人間の本能【僕が毎日勉強する理由】

投資

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

僕は毎日、言語学習をしている他にも、

  • 政治
  • 経済

などもいつも通り、毎日(毎分)勉強しております。

勉強をしていたって、意味はない

こんな風に言ってくる人もいます。

とはいえ、「ただただ暗記するだけ」が勉強とは限りません。(暗記も大事ですけどね)

僕がやっていることとは毎日、世の中の知らないことを知ること。

これに尽きます。

今日も「勉強オタク」が、勉強について語っていきます。

知らないことを知ること。これが人生において大事なことだ。傲慢になることなく、謙虚に学び続けていこう。

なぜ僕らは勉強するのか?

以前の記事にも書いた通り、

それは人間だから

これが答えだと思っています。

知らないものを知ろうとするのが「知的欲求」であって、

  • 見たい
  • 知りたい
  • 体験したい

と思うのが「本能」だからです。

世の中の誰かと比べるために、勉強しているわけではありません。

とはいえ、若かりし頃の僕といえば、

勉強できないやつはダメなやつ

と言わんばかりにレッテルを貼り、他人を蔑(さげす)んでいました。

一方で、自分ができなかった時には、この世の終わりのような気持ちになっていましたね。

勉強において「競うこと」も大事ではありますが、勉強それ自体は他人との優劣をつけるために行なうものではありません。

自分のために勉強しておくことで、

  • 知識を仕事に活かす
  • 社会のルールを知る
  • 騙されないようにする

こうやって成長してゆくのです。

そうすれば、自然と幸せな人生になっていきます。

勉強して知ったことを、何に活かしたいのか?

こう考えておくことも大切ですし、

勉強していたら、自然と他からの需要があった

なんてこともあります。

勉強していろんなことを知っておくこと。

それだけで生活は豊かになります。

そんな抽象的な話あるか!

と言う人もいるかもしれませんが、日本の識字率はほぼ100%に近く、それゆえに行政やサービスがうまく機能していると言ってもいいです。

狭い国土だからこそ、かもしれませんけどね。

結果論かもしれませんが、勉強している勤勉な国家だからこその、「国の運営」が成り立っているのです。

さらに、知能を高めておくことで会話は弾みますし、

どうやったら生活が豊かになるだろうか?

と、好循環に入ることができます。

  1. 知らないことを知るのが人間
  2. シンプルに生活が豊かになる

他にも理由は様々あるかと思いますが、僕はここら辺が大きな理由です。

特に「1」なんて、誰でも持っている欲求なんじゃないかなと思っています。

なぜ勉強するのか。それは僕らが人間だからだ。知識を入れればさらに人生が豊かになる。そしてさらに人生を豊かにしようと思うものなのだ。

知らないことをなくす旅

僕が2023年に世界を一周したのも、

なんとか知らないことをなくしたい。いろんな経験を持っておきたい

という、心の底からの欲求があったからでした。

人間である限り、「知らない」ということは恐怖なのだからでしょうか。

さらに言えば、

「こういうところに行ってきた」と言えれば、絶対に会話が弾むに違いない!

そう思っていたフシもありましたね。

実際それは「的中」しまして、何年も前に行ったはずの世界一周の旅も、多くの人から、

どんな旅だったの?
どの国が一番良かった?

と、必ずといっていいほど聞かれます。

さて「旅」と比喩的に言いましたが、勉強も「旅そのもの」だと思っています。

しかも「終わりなき旅」ですね。

人間とは、ずっと知的欲求に飢えているのです。

それが、人間たらしめる理由とも言えます。

そもそも論として「なぜ勉強するの?」を問うこと自体、”ヘンなこと” なのです。

僕らが子孫を残すことや、平和に生きることを望んでいるのと一緒なわけでして。

なんでサッカーをするの?

と言われて、「お金稼ぎのためだ」と応えるプロサッカー選手が、あまりいないのと一緒です。

「好き」や「楽しい」、「気持ちいい」には理由なんてないのです。

生まれて死んでゆくことに意味がないように、僕らが勉強することにも意味なんてありません。

ただただ旅を続けること

これだけですね。

特に僕が読書をするようになってからは、その知的好奇心はさらに爆上がりしましたね。

俺、世の中のことなんもわかってないじゃん

と。

だから、知らないことを「知ること」に変えていきましょう。

人生は、生涯学習なのですから。

人生とは長い旅のようなものだ。知らないものを「知っている」という状態にしてゆくことで喜びを得ることが、僕ら人間の根源にあるのだ。

自慢せずただただ勉強

さて、勉強とは比べるものではないとお伝えしました。

勘違いしている人は、

俺って/私って頭いい!

と、点数や成績で人を測ろうとし始めます。

当然ですが、社会とは勉強の「出来/不出来」だけで優劣が決まるわけではありません。

社会には「専門的な世界」がいくつもあって、それを事細かに全て知ることは不可能です。

人間はいろんなことを知ろうとしているとせいじは言ったけど、そもそも無理な話なのでは?

その通り。

全知全能になるには、「神」となるしかありません。

しかしそれは、無理な話なのです。

でもだからこそ、僕らは勉強を続けていくのではないのでしょうかね。

例えば僕の場合、

  • 2021年:投資の勉強
  • 2022年:日本各地を回る
  • 2023年:世界を一周してみる
  • 2024年:個人事業主を始めてみる
  • 2025年:政治や経済について勉強する
  • 2026年:ブログの改善と仕事の拡大を目指す

と、自然と「新しいこと」や「また別の興味」について模索し、アップデートしてきています。

これが偉いとかそういう話ではなくて、人間とは “そういう生き物” なのです。

先述した通り、読書を始めたことが大きなきっかけでしたが、さらに学校の教員を辞めた後で、知的欲求度にブーストがかかりましたね笑。

このように、社会や世界は「わからないことだらけ」だからこそ、それらを知るように勉強を重ねてゆくのです。

ひとたび傲慢にでもなってしまえば、人は学ぶことをやめてしまいます。

そのままでは、いつまで経っても成長することはありません。

そういう人とは、結果的にどうなってしまうのか。

  1. できないことに不満を言い
  2. 自分の境遇を誰かのせいにして
  3. 自分から何かを変えようとせず
  4. どんどん不幸のサイクルに入ってゆく

のです。

そういう人生でよければそれでもいいですが、僕はイヤなので勉強をし続けています。

30代後半になっても、まだまだ学ぶことだらけだ…

と、「自分の浅はかさ」に失望はするものの、

この知的欲求とは、永遠に続いてゆくものなのだろうな

とも感じていますね。

勉強して、知っていることが昨日より増えたとしても、学ぶことをやめないこと。

それは、僕らが人間である以上、止められない欲求なのです。

勉強をしても、「終わった」と思わずに生涯学習を続けていこう。傲慢になった瞬間、その人は学ぶことをやめてしまうから。

おわりに

勉強とはいくらやっても足りませんが、一方で毎日勉強している人と話をしていますと、

この人はいつも頑張っているんだろうな

と思わされます。

ということは、僕自身もそう見られているということ。

それなら、頑張らないといけませんね。

さて、このあとも勉強していきます。

それではまた!

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