否定してくる人が来ても冷静でいよう【胸はアツく頭はクールに】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

政治活動を追っていたり、あるいは友人や生徒さんたちと話したりしていますと、「意見の相違」が生まれます。

いえ、むしろ “それがないほう” が、おかしな話です。

僕はこう思う
私はそう思わないんだよね

という意見交換は、いつでもどこでも「起こるべき」ことです。

昔、議論が好きだった僕は、

  1. 頭にカッと血がのぼり
  2. 体温は急上昇して鼓動が速くなる

といった状態でした笑。

現在ですと、議論する時もだいぶ冷静になってきた気がします。

今日は「胸はアツく、頭はクールに」という姿勢について、書いていきます。

何か言われても、常に頭の中はクールでいることだ。生産的な結論を導き出すために、議論をしていこう。

何か言ってくる人は必ずいる

残念なことに、こちらがいくら正しいことを言っても、

それは違うんだ!俺が/私が正しいんだ!

と言ってくる人は、一定数います。

ここで大切なこととは、

その人にも、その人なりの言い分がある

ということを理解することです。

誰だって自分なりの、

  • 信念
  • 意見

があり、相手を認めるからこそ、みなさん側の意見も受け取ってもらえるわけです。

先述した通り、

僕は/私はこうは思わない

という意見は、「自分が正しい」という前提に基づいています。

僕もそうですし、誰だってそういうスタンスで議論に臨んでいるはずです。

ゆえに、みんな発言する権利はありますし、言いたいことがあって当然なのです。

その前提に立てませんと、

なぜ、こんなに突っかかってくる人がいるのだろう?

と、まるで「不思議な生物」を見るかのような、そんなn錯覚に陥ってしまいます笑。

職場や友人との会話を考えれば、

まぁ確かに、そんな人(=意見の合わない人)もいるわなぁ

と思えるはず。

そういう人たちに対して、どう対応してゆくかがポイントですね。

100人が100人、あなたに賛同してくれるわけではない

ということを、理解しておきましょう。

議論や会話の中でなら、意見の差異や考え方に齟齬が生まれることなんて、当然のことだ。「そういうものだ」という前提に立ってみよう。

理解しようとすればクールになる

先述したように、

自分の意見を言いたい人は、一定数いる

これは変わらない事実です。

まず僕は、自分の意見を聞いてもらうために、「相手を理解しようとすること」に努めています。

議論を「戦い/勝負」などと勘違いしている人ほど、自分の意見を通すことにばかり集中してしまいます。

それではずっと平行線のままであり、

というか、そもそも議論をやる意味がないのでは?

と思ってしまうわけです。

議論をするなら、

  1. 互いにわかり合おうとして
  2. その上で生産的な結論を導き出すこと

が大事ですからね。

ここの努力を怠らないことです。

しかし、理解する姿勢が「ない」状態のままですと、

なんだと?俺の/私の言っていることが正しいに決まっているだろ!

といった「バトル」になってしまいかねません。

一方で、

ふむふむ、なるほど。それで?

と、相手を理解しようと(=聴こうと)しますと、

どういう方向に持っていくと、いい落とし所が見つかるだろうか?

と、徐々に冷静になってきます。

いい議論とは、中身はアツいものの、ちゃんとお互いが敬意を持ち、冷静かつ生産的に議論することだと思っています。

よくXやYouTubeのコメント欄には、

  • 誹謗中傷コメント
  • 意味のないコメント

が散見され、

この人たちは、議論する気がないのでは?

と思ってしまいます笑。

要は、

自分は論理的に話せません。議論のやり方がわかりません

と、自白してしまっているようなもの。

あるいは、冷静さを欠いてしまったことで、

  1. とにかく相手を中傷して
  2. 自分の正義をぶつけているだけ

になっているのかもしれません。

僕も話す時(=議論する時)、口調が激しくなったり、胸がいアツくなったりすることもあります。

しかし、相手の言っていることを論理的に理解しようとしますと、頭はクールでいられるのです。

「考えられる余裕がない状態(=動揺や怒り)」まできてしまいますと、その時点でもう議論は終わったようなものです。

冷静になって、対話していきたいところですね。

相手を理解しようとすると、白熱した議論でも頭はクールでいられる。そのほうが、生産的な議論になるのだ。

優しく、生産的に

以前の僕は「血気盛んに議論すること」のほうが、かっこいいのだと思っていました。

しかし、実際に他人の言い合いや口論を見ていますと、

そんなにアツくなっていては、相手の話は聞けないよ?

と思ってしまい、聞く気をなくしている自分がいることに気がつきました。

聞く側の立場に立ってみますと、

生産的でもなく議論に値しないような、そんな言い合いには価値がない

と判断することがほとんどです。

みなさんにも、そうした経験はたくさんあったかと思います。

だからまずは、

  • 話を聞く
  • 敬意を払う

ここがスタートです。

丁寧に議論することができますし、お互いに不愉快になることはありません。

冷静さを伴っていますと、

なるほど。ということは、あなたはこういう風に思っているということですか?

と、意見のすり合わせもできるようになります。

「結果に生産性を求めること」が、僕らが議論する理由なのです。

それができない人とは、

  1. 敬意もなければ
  2. 人の意見を聞く気もない

ということ。

この場合、その人がどんなに冷静で正しいことを言っていても、心の中では自分と違う意見の人を見下して、全く耳を貸していないのです。

昔の僕は、まさに「人の話を聞かない人」でした。

そうやって敵を作っていても、

こいつとは議論しても意味がない

と思われてしまい、どんなに素晴らしい意見を持っていたとしても、人が寄ってこなくなってしまいます。

それでは、当人にとっても不利益ですからね。

真剣かつ冷静に話を聞き、その上で「生産的な結果」を常に追い求め続けること。

この姿勢がない状態ですと、いつまで経っても無意味な議論が続いてしまうのですね。

誰かと話すときは、常に優しく冷静に。議論とは、最後にお互いの違う意見を、どう落とせるかがポイントだ。生産的な結論を目指していこう。

おわりに

誰かと「話す」というだけでも、意見の相違とは生まれるものです。

その前提に立ち、話すときはアツく、しかし頭はクールにいきたいもの。

どこかで感情的な自分が出てきてしまった際には、

ちょっと落ち着け。俺は/私は、一体どんな結果を求めているんだ?

と、冷静になってみることです。

僕はこの考え方だけでだいぶ救われましたし、ムダな摩擦を生まなくなりました。

アツい意見はあってもいいですが、常に冷静に。

この「なぞなぞのお風呂(=下は山火事、上は洪水)」みたいな姿勢で笑、議論に取り組んでいきましょう。

それではまた!

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