再び幸せを感じ始めたその瞬間とは?【自分の時間を作ること】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)

先日、頑張って「浪費を加速させている」ことを記事にしました笑。

この記事に関連する出来事がありまして。

この間はとにかく忙しくて、

  • 朝活と言語学習
  • 自分の事業の英会話
  • 移動して予備校で3時間
  • その後帰って自宅で3時間

と、休みなく動き回りました。

こ、これはやばい…

と思い、途中の空いた時間でカフェ「プロント」へ。

そこで、

  • 抹茶バスクチーズケーキ
  • アイスカフェラテ

を注文し、一息ついたのです。

900円ちょっと、浪費してしまいました。

でもなぜか、

あぁ、なんか幸せ…

と感じました。

11月にしては暑くて、とても天気が良かったのです。

今日はそんな「幸せ」について、改めて書いていきます。

僕はまた再び、ここまで戻ってきた。自分の時間を大事にして、幸せを噛み締めよう。

忙しい中で見つけたもの

先日は忙しさがエグ過ぎて、深夜12時くらいにベッドに入った瞬間、もう寝てました笑。

その日、仕事の合間に入ったカフェはとても気持ちが良くて、たった30分ほどでしたが、

あぁ、なんか気持ちいい

と思えました。

その後に待っていた「教育」分野のバイトも、楽しみにしていましたしね。

英検の対策をしてあげたり、ディベート大会の準備の手伝いをしてあげたりしました。

いろいろなものがバシッとハマったからこそ、「幸せ」を感じられたのかなと。

  • 働いている自分
  • 誰かの役に立っている自分
  • 自分の好きなことに従事できている自分

そして何より、忙しい合間でのオアシス的なカフェ。

「暇な時に入るカフェ」とは、また意味が違ったのかなと。

忙しいとは、裏を返せば「お金もいただける」ということで。

だったら、その分ちょっと休憩しよう

となったわけです。

結果的に、美味しいケーキとカフェラテを気持ちよく消費して、カフェを後にしました。

教員時代も、あまりにも多忙だったからこそ、

さ、サウナ!

と、定期的にサウナに行っていました。

お金があったということもありますが、「お金を使えるほど暇がなかった」とも言えます。

多忙な中で見つけた、ちょっとした幸せな時間。

ここ最近では、オンラインでの授業が多かったのですが、こうして対面での授業は数年ぶり(英会話ならやっていますが)でしたので、なんだか学校を思い出しましたね。

ものすごく忙しい日があった。その途中で入ったカフェでは、なぜか多幸感に包まれたのだ。

働いて、お金を使うことは正しい

教員時代は、めちゃくちゃ働いていました笑。

朝は8時には学校に着いていて、

  • 生徒対応
  • 書類の整理
  • イベントの準備

など、とにかくやることがいっぱいありました。

入試期間は当然、定時の17時に上がれるわけもなく笑、19時半まで残っていた時もありました。

土日は部活動やその引率、土曜の部活動後にも「話を聞いてほしい」という生徒と話をしたりと、もうてんやわんやでしたね。

でもその分、

何もない土日とか祝日、僕は一体何をしよう?

と考え、「その日をいかに有意義に使うか」と悩んでいました。

結果、

  • 旅行
  • サウナ
  • カフェ
  • 美術館

などに、お金を費やしていました。

現状と比べてみますと、

  1. 忙しいが
  2. その分お金をいただき
  3. そのお金を適切に使っていく

ということは、教員時代と今の仕事の両方に「共通している」のだと感じています。

教員時代も今でも、

忙しい分、癒(いや)しが必要だ

と感じているからです。

ただ、今と圧倒的に違うのは “組織に属しているかどうか” という点。

個人事業主になってからずっとバイトはしていますが、学校で言うところの「非常勤」みたいなものですので、言い方は悪いですが「責任や縛りが軽い」と言えます。

今のほうが「組織」に属していないため、気持ちはずっと楽(らく)に感じていますね。

たくさん働くことで、時間も「誰か」のために埋まっていきます。

その単価がある程度高ければ、自分の時間も空いてきます。

先日は、果たして「自分時間」と言えるのか微妙なところではありますが笑、

  1. たくさん働いてお金を稼ぎ
  2. 空き時間(=自分の時間)を有意義に使うこと

このことに、僕は幸せを感じました。

なんかちょっと、教員時代の忙しさを思い出したかも?

そんな風に感じた、秋の一日でした。

たくさん働いて忙しくても、やりがいがあって納得しているならそれでいい。少し空いた時間で、自分に投資してみよう。

ただし普段生活は清貧に

自分の時間を大切にすること。

これは「他のために生きること」と相反しているように見えますが、実は「両立すること」でもあります。

どんなに忙しくても、少しでも「自分の時間」ができれば、そこで多少なりとも “休むこと” 自体はできるからです。

ただ、

  1. あまり忙しくない
  2. 別に特別な日でもない

そんな時は、僕はいつもの生活(=ルーティン)を送ることを心がけています。

今月も月末まで特にやることはありませんので笑、いつも通り、普段通りの生活(=ガムシャラに働く)が続くだけです。

でも時間あるんでしょ?その時に豪勢に買い物でもしたら?

こんな風に言ってくれる友人もいます。

しかし僕の頭の中ではいつも、

いやぁ、今日は別に地元から出なくていいかなぁ

と思ってしまうのです。

たまに「あそこに行ってみようか?」と考えることもあるのですが、遠出するなら1〜2ヶ月に一度くらいでいいと思っていまして、無理する必要はありません。

むしろ先日も、どこかに出かけるでもなく、

どうしても週一のジムに行かなければ!

と、いつも通っている市民体育館付属のジムで、筋トレと4kmランをしました。

これは教員をしていた時も一緒でした。

平日に午後休などは取れていましたが、だからと言って特別なことをしたかったわけでもなく、

カフェかサウナでも行くか〜

くらいでとどめていました。

自分一人の時間、自分時間を大事にすることも大事なことですが、”あえて何か特別なこと” をする必要はないということ。

先日も、サウナに行こうかと考えていたのですが、結局カフェに落ち着きました笑。(値段は同じくらいですけどね)

忙しい合間に寄ったカフェが、オアシスのように感じたのであって、普段生活の中で、

毎日外食しよう!何か特別なことをしよう!

というスタンスではありません。

どこかこう、「幸せ」を感じないからでしょうね。

普段の生活の中では、(多少我慢して)ルーティンを貫くこと。

一方で、道中でどうしてもキツくなったら、そうやって “ちょっと特別な” 時間を取ってみること。

これがいいですね。

自分時間はとても大切だ。しかし、それと同時に自分のルーティンや普段生活も見直す必要がある。いつも散財したり、特別なことをしたりする必要はないのだ。

おわりに

僕は先日、たまたま忙し日だっただけであって、

今日は稼げるし、その分ちょっとカフェくらい入ってもいいかな?

と、だいぶ自分自身と相談したくらいです笑。

幸せの定義とは、人それぞれ違うもの。

僕は「忙しさの中」でカフェに行ったからこそ、そこで幸せを感じることができました。

たっぷり時間があったら、そこまで幸せを感じられなかったのかもしれません。

今日もまた、普段生活を大事にしていきます。

あ、時間もあるし、近くのサウナに行ってこようかな。

それではまた!

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