いかに相手を思いやれるかがカギ【立場を得ても上から目線にならない】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

学校の先生をしていた時は、よく「先生」という立場を使っては、

俺は偉いんだぞ!

と、調子に乗っていたことがありました。

若かりし頃は、何かとケンカっ早かったこともあり笑、

  • 生徒と
  • 同僚と
  • 保護者と

気に食わないことがあれば、よく戦っていました。

もちろん、常に「先生だから偉い!」と思っていたわけではないのですが、人とは権力を得ますと調子に乗ってしまうものです。

立場が上になろうとどうであろうと、「相手を思いやること」について書いていきます。

立場が変わっても、いかに謙虚でいられるかが勝負だ。年齢を重ねようとお金を稼ごうと、偉ぶっていてはいけない。

立場が変わっても変わらないもの

僕は先生になった時も、結婚生活を始めて夫になった時も、何かこう「自覚」のようなものがなく、なぜかその “肩書き” だけに左右されていたような、そんな気がしていました。

最近の僕は、

  • 朝活のホストであろうと
  • オンラインの英語講師であろうと

立場は正しく保ちつつも、その立場を利用するということをしなくなりました。(役割や線引きは大事です)

若かった頃は「立場」に翻弄され、まるで何か “権力を羽織った” 何かのような感覚に陥っていたのだと思います。

どこまで行っても人は人であり、組織の代表や会社の社長さんもいますが、所詮はただの「人」でしかありません。

なぜか、その「立場/権力」を振り翳(かざ)しては、

俺は/私は偉いんだ!敬え!なんでも言うことを聞け!

と言い散らかす人がいます。

僕は、そういう “高い立場” の人に出会う機会がそこまで多くありませんでしたが、

あぁ、この人は完全に調子に乗っているなぁ…

と感じることはありましたね。

どんなに立場が変わっても、変えてはいけないものがあります。

それは、

自分がいつまでも未熟であり、普通の人間である

という感覚。

そして、

この場に来られたのも、自分一人の力だけではない

と言えること。

これに尽きます。

立場が上になったとしても、いつまでも謙虚に、正しくありたい。

これが僕の想いですね。

立場が変わると、豹変してしまう人がいる。自分は偉いのだと勘違いしてしまうのだ。しかし、ここまで来られたのは、自分一人の力だけではないはず。それを認識しておくことだ。

相手への思いやり

大切なことは、相手への思いやり

これだと思います。

傲慢な人ほど、傍若無人になります。

そうしますと、自然と人は離れ、最終的には「精神的に貧しく」なってしまいます。

  • どんなに偉くなろうとも
  • どんなにお金を稼ごうとも

いつまでも相手のことを思いやれる人とは、その人の周りにずっと人が集まるようになっています。

僕は経済的には豊かではありませんが、自分の性格を一から見直し、傲慢さを排除することに努めることにしました。

おかげさまで、ありがたいことに多くの人から呼ばれるようになり、今ではとても幸せに暮らしています。

謙虚になる」という言葉を考えてみますと、そこには、

  • 想像力
  • 思いやり

などの力も、含まれるのかなと思っています。

あるいは、自分の力のなさを感じるからこそ、

人のおかげで、今の自分がある

と自覚できる力もまた、大事な力です。

相手を思いやれる人とは、

自分も同じ境遇を通り抜けてきた

という認識があるため、周りの人を見下すことはありません。

一方で、想像力に欠けている人は、自分の立場は「振り翳(かざ)していいもの」と勘違いをします。

以前の僕もそうでした。

でも本来は、周りの人たちの支えのおかげで、今の僕らの生活は成り立っていますよね。

すると、自然と他人を「思いやる」ことができるようになってきます。

人を思いやれる人は、

  1. 自分の立場をわきまえ
  2. 同じ人間であるという自覚がある

のです。

さらに言えば、人を思いやれる人とは「共感できる人」でもあります。

人に共感できますと、周りの人たちも、

この人はわかってくれる、話を聞いてくれる

と思ってくれます。

僕は、この感覚をずっと大切にしていきたい。

どんな立場になっても、偉そうにしてはいけないのです。

人の気持ちがわかる人、自分だけの力でここまで来られたと思わない人は、いつまでも謙虚だ。そういう人は思いやりがあり、共感力がある。だから人が離れないのだ。

どの人にも公平に接する

特に教員生活で気をつけていたことは、

誰にでも公平に接する

という点でした。

これは今でも変わっておらず、先述したように、

  1. 立場は意識しながらも
  2. 誰にでも同じように接する

ことを心がけています。

立場を意識する必要があるのは、そのコミュニティや活動から「秩序」が奪われてしまうから、ですね。

その上で、偉そうにしない(振り翳(かざ)さない)ことです。

何においてもそうです。

俺は英語がお前よりできる!
俺は世界を見てきた!何も知らねぇやつが口を出すな!

など笑。

いわゆる、「マウント合戦」になってしまっているという話です。

世界は広く、「あなたよりもできる人」なんて、探せばいくらでもいます。

一方で、

そうか…だから自分のやっていることってまだまだなんだな…

と、卑下する必要はありません。

  1. 調子に乗っているやつには「上には上がいる」と言い
  2. 謙虚で頑張っている人には「あなたにしかできないことがある」と言う

これが僕なりの「公平性」ですね。

は?全然公平じゃないじゃん!

いいのです。

行き過ぎた場合、それは是正されるべきだと思っているからです。

  • その人にも
  • 僕自身にも

言えることですから、そういった意味では「公平」ですよね。

特に年齢を重ねてきますと、「経験」という超えられない壁を盾にして、「上から目線」で語ってしまう人は多いです。

  • 相談
  • アドバイス

なら話は別ですが、そう感じられない人とは、話し方ですぐにわかります。

先生の場合、すぐに「生徒たち」から勘づかれ、離れられてしまいます。

これは自分の “立場” を意識している人ほど、やってしまいがちなのでしょうね。

だから、

自分はフラット(公平)である

と、常に言い聞かすこと。

それだけでも、だいぶ信頼を集めることができます。

どんなに立場が変わっても、公平に接することだ。そうするだけでも、この人は信頼に足る人物だと思われるようになる。

おわりに

人とは、

  • 立場や権力
  • タイトルや肩書き

などに、翻弄されてしまいがちです。

僕も例外ではなく、多少お金を手にしていた公務員時代は、お金にモノを言わせていました笑。

もちろん、おおらかに振る舞うことは大事なのですが、内心で「俺は稼いでいる!」みたいな気持ちがあったのだと思います。

そうではなく、それらを投資に回して、少しずつ自分の時間を大切にし、

一体、何にお金を使うことが大事なのか?

と問うていくこと。

この方が、謙虚で素晴らしい大人なのだと感じましたね。

立派な大人への道は険しい。

また地道に、誠実に生きていこうと思います。

それではまた!

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