人間が人間としていられるのは人間が好きだから【AIでは勝てない世界】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

英語の講師をやっていますと、

いつかAIにとって変わられるのではないか?

という懸念の声が広がったことを思い出します。

しかし先日、元同僚の先生と一緒に話をしていますと、

やっぱりAIは、クリエイティブな部分や人の内心などには、取って代わることができない

という話になりました。

これは強がりでもなんでもなくて、

そもそもそれが現世の世界というものだ

と思っています。

AIで便利になり始めた社会ですが、

  • パソコンが出た時も
  • Googleが出た時も
  • スマホが出た時も

革命とは起こってきました。

それでも僕らの生活は、豊かになったものの「取って代わられた」のは一部分だけです。

今日は「人間が人間を好きであること/本当に意味のあること」について書いていきます。

AIでは取って代わることの出来ないポジション、それが人間だ。人はいつまでも人のことが好きだし、それは永遠に続いてゆく。

普通に考えてもAIが勝てない理由

は?人間なんてAIに乗っ取られるに決まってるじゃん

こんな言葉をよく耳にしますが、それでも僕は不思議に思うことがあります。

じゃあなんで、僕らはスポーツ観戦をして、ライブに行って、カフェで人と話すんだい?

と。

答えはシンプルです。

アナログの世界の不安定さこそ、AIでは勝てないのです。

いや、ほら、AIによって仕事が減ってるのは事実だし…

それは否めないことでしょう。

むしろ長い歴史の中で、技術によって淘汰されていったものなんていくらでもあります。

AIはものすごいスピードではありますが、いかんせんまだ、

  • 創造性がない
  • 温かみがない
  • 一般的な回答しかない

という問題点も指摘されています。

これは決して、僕が「ははっ!AIなんてまだまだ!」と思っているわけではありません笑。

その可能性、進化のスピードは凄まじく、来年にも見たことのない世界が広がっていることでしょうしね。

それでも僕らは、

このアーティストに会いたい!
この選手の活躍を生(なま)で見たい!

と思い、是が非でもチケットを買おうとします。

また、

え?来週会おうよ!

と、人と会いたくもなるわけですし、僕がダンスや言語学習をやっているのも、AIの世界線からすれば「無意味なこと」のはずです。

しかしどうやら人間とは、”そういう生き物” のようなのです。

むしろブルーカラー(=工事現場の方などエッセンシャルワーカー)の職種こそ、現在その意義が際立っているくらいですしね。

アナログの世界の、「人間らしさ」。

ここにAIが一生追いつけないのは、

AIが人間ではないから

なのです。

僕らはいまだに現地に行って何かを見たり、直接人に会ったりしようとする。人間とはそういう生き物なのだ。その点に関しては、AIでは敵わないのだ。

人は人が好き

僕は一時期、You TubeでBGMを聞こうと思い、AIで音楽を聴いていた時期がありました。

これはあくまで僕の「個人的な経験(意見)」なのですが、AIの音楽を聴き続けていても、

あれ?なんか飽きてきた…

と感じてしまったのです。

否定的に言っているのではなくて、本当に “そう思った” のです。(個人の見解です)

それからというもの、AIの音楽を聞かなくなりました。

なんかもっとこう、生き生きした音楽を聴きたい

こうなってきますと、この時代を作ってきたアーティストたちには、なかなか敵(かな)いません。

この例のように、なんだかんだで「人は人が好き」なのです。

実際に会って話したい

と思うのが人間であって、

  • 触れてみたい
  • 行ってみたい
  • 試してみたい

と思うのが、人間を人間たらしめる「興味/欲求」なのですね。

エッセンシャルワーカーが必要なのと同じように、どこまで行っても人は人が好きであって、その根っこの部分が揺らぐことはありません。

仮に揺らぐのだとすれば、今現実世界に “実際にあるもの” は全て、デジタルに置き換わってもいいはずですからね。

それでも代わらない世界線が続くのは、人に会いたいから。

実際に見て触れたいから。

これに尽きます。

AIに聞いてみたんですけど、せいじ先生はどう思いますか?

こういう質問だってとめどなく流れてきますし、僕自身も仕事でAIは使うものの、

次はいつ、誰と会おうかな?

と、人との出会いをいつも楽しみにしています。

僕らは人間である以上、『人間らしさ』に惹かれてしまうもの。

そこに理由はないのでしょうけれど、いつの時代でも変わらない「温かみ/不安定さ」があるからなのでしょうかね。

人は人のことが好きだ。人を求めるからこそ、みんなお互いに会いたいし、アナログの世界を求めてしまうのだ。

人を求めて仕事をすること

僕もAIが出た当初は、

これは、英語教師なんて要らなくなるかも?

という思いが、若干頭をかすめたものでした。

ただ、やればやるほどに、

あぁ、これはこれで、なかなかなくならないんだろうな

とも思いました。(安心しているわけではありません)

僕らが悩みや話を聞いてほしいのは、AIではないからです。

「人と」話をしたいのです。

いえ、僕も困った時はAIに相談することもありますし、なんならブログのことに関しては聞いちゃっています笑。(中にはAIに人生相談をする人だっています)

では、他の生身の人の意見は全く要らないのか?

と言われますと、

別にそんなことはない

というのが、僕の回答になります。

僕はAIを「一つの回答」としか思っておらず、いろんな人の意見を聴きたいのです。

AIにはAIの良さがあり、

  • 一般的な意見
  • 誰もが知りたい意見
  • ちょっとした事務作業

などは任せられますし、それはパソコンやスマホが出てきた時と一緒だと思っています。

でも、先ほどの音楽の話のように、

  • 複雑な作業
  • 専門的なこと
  • クリエティブなこと

などは、まだあまりできません。

だからこそ、専門的なことはその道の専門家に聞きたいと思っているのです。(もちろん、専門家が100%正しいというわけでもない)

また、僕が以前にブログで書いたような、

  • 伝統
  • 文化

そして「人間らしさ」をAIが身につけることは、なかなか(あるいは一生)できないと思っています。

こういった点から見ても、

やはりどの時代に飛んで行ったって、人は人が好きなのではないか?

という結論を、友人と導き出したのでした。

だから仕事とは、

  • インフルエンス力をつけて知名度UP
  • ちょっと数字をいじったマネーゲームで大稼ぎ

のようなものでは、いつまでも本質を突くことができません。

そういった仕事を、全て否定しているのではなくて、

それが僕の本当にやりたかったことなのだろうか?

とシンプルに疑問に思ってしまうだけだ、ということ。

テクノロジーによって仕事が取って代わられてきたのは、時代が証明しています。

しかし同時に、それでも超えられない価値とは「人そのもの」にあります。

それを大事にしていけば、きっと仕事も楽しくなるでしょうし、より「意味のあるもの」として意識しながら、仕事に励むことができるでしょう。

僕らはいつでも「人」を求めている。だから、ちょっとした数字遊びをしてお金を稼ごうとしないことだ。本質は僕らが「人である」ということ。そこに集約される。

おわりに

ふと、元同僚の先生と深い話になりましたが、両者ともに意見は一致していました。

もちろん、まだ何があるかわからないような世界線ではありますけれど、「いつの時代になっても変わらないもの」だってあります。

その価値や意味に気づけたときに、

AIもいいけれど、なんか違うんだよな…

という思いが巡ってきます。

それぞれにそれぞれの良さがありますし、テクノロジーのおかげで生きていけている部分もあります。

ただ、いろんな面からものごとを観察して、こうした議論をしてみること。

すると、自分が本当のところはどう感じているのか、きっと理解できるようになるかと思います。

それではまた!

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