30代がお笑いから学んでいること【日常に笑いを入れる】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

僕のブログは真面目すぎることに定評がありますが、本当はもっとできる限り「ボケたい」という気持ちが本音です。

好きなお笑い芸人と聞かれれば、まずあげられるのがサンドウィッチマンですね。

「エンタの神様」時代からみていて、好き過ぎるために今でもたまに寝る前に子守唄として聞いています笑。

そんなお笑いを日常に応用している変態。

今日は、なぜそのような考えに至ったのかをお伝えします。

日常に笑いを取り入れてゆくこと。それはコミュニケーション術の一つだ。

お笑いを日常に

僕はお笑いが好きです。

中にはマニアックな方や、舞台やライブを見に行くまでの筋金入りの方もいます。

僕は単純にネタが好きで、よく日常でも使わせてもらっています。

  • M-1
  • キングオブコント

も毎年見ています。

なぜ僕が、日常でボケるようにしている(=人とズレたことを言う)のかと言いますと、それは、

  • その人といい関係でいたいから
  • 楽しくて和やかな雰囲気にしたいから

に他なりません。

そして何より、真面目でつまらない人間だと思われたくないからです。

人の目を気にしているというより、「面白い人」でいたいのです。

僕がボケることで、相手の方が抱く僕の第一印象は、

こいつは頭がおかしいのか?
こいつは場を和ませようとしてるのか?

などです笑。

それでも、「面白い人だなぁ」と思わせれば、しめたものです。

いわゆる「すべらない話」などの、「話術のレベルが高くて面白い」とかではないのです。

この人なら陽気な方だし、何を聞いても大丈夫だな

と思わせること、信頼させることが重要なのです。

そうすれば真面目な話をした時、「ギャップ」が生まれることになります。

もともと信頼されていれば、真剣な話にも耳を傾けてくれるというものです。

コロナ禍を経て、いかに人との会話が楽しい時間かと痛感しましたよね。

僕もそんな時間や空間を大切にしたいので、貪欲にお笑いを勉強して、人との時間を「楽しいもの」にする努力をしていきたいのです。

「笑い」によって生まれる柔らかな空気感は信頼を生む。日常に取り入れてハッピーな空間を演出しよう。

中学3年生でボケを学ぶ

僕は今はめっきり顔立ちが変わってしまいましたが、昔は、

  • 坊主
  • ゲジマユ
  • 牛乳瓶のフタのような分厚いメガネ

を貫く、クソ真面目なガリ勉でした。

ある日友達と話している中で、ふと思ったんですよね。

俺、このままじゃ勉強だけの真面目な男になってしまう。何か変わらなきゃ

と。

今思えば、

勉強のしすぎによる反動だったのではないか?

と思っていますけどね笑。

受験期でもありましたから、何か中学生なりに感じていたことがあったのでしょう。

今でもなぜそのような “面白い人” になろうと思ったのか、イマイチ理解できません。

ただ、『エンタの神様』が全盛期だったこともあって、お笑いのネタ番組は結構見ていました。

単純に好きだったのかもしれないですね。

それからというもの、プロの芸人さんをお手本に人とズレた発言を心がけるようになりました。

また、

  • 間の取り方やテンポ
  • 言葉の使い方や言い回し
  • 空耳や普段使わない言葉

まで、会話で使えるようなものはないかと、アンテナを張るようにもなりました。

サンドウィッチマンのネタは、何度も見て覚えましたしね。

僕くらい何度もネタを見る人は、あまりいないでしょう。

結果、人とコミュニケーションをとるのが苦手だったのに、だんだん人と話すことが面白いと感じるようになっていきました。

お笑いには、コミュニケーションにおけるテンポや間の取り方、言い回しなど様々な利点があるため、学ぶ価値は大いにある。

お笑いから学んだこと

日常にお笑いを取り入れていますと、

こいつ毎回ボケて面倒くさいな

と思わせてしまうこともあります。

ここで大切なことは、バランス感覚や空気感です。

真剣な話をしているのにふざけて誤魔化すのは、もちろん「マナー違反」です。

  • ふざけ倒すこと
  • 空気を和やかにすること

は全く違います。

一方で、相手から真剣な話が来そうな時に、こちらからひと笑い作っておけば、

せいじさん、この件なんですけど

と、相手が話し始めやすくなるケースもあります。

例えば年下や女性たちからも、話しやすい空気感が生まれます。

「ギャップ」についてもメリットはありまして、僕自身がアツいものを持っていたり真剣なものを持っていたりしますと、信頼されますし真剣な話もしてもらえるようになります。

要はコミュニケーションを円滑にするために、こちらから心をオープンにしてしまえば、

  • 話しやすい人だな
  • この人は敵ではないんだな

という印象を与えることができます。

シチュエーションは様々で、

  • 大人数の前でふざけてもいいなという空気感
  • 初対面だが、笑いをとるような空気感ではないとき

など、いろいろとあります。

しかし、

お笑いをどこに差し込もうか?

というストイックな気持ちさえあれば笑、会話のリズム緩急のバランスをとろうと努力するようになります。

僕は、誰かと話している間も飲み会もパーティーも、その場の人間たちで作り上げていく演目、つまり「一つのお笑いの舞台/時間」だと思っています。

せっかく会って話している時間なのだから、楽しくなきゃつまらないですからね。

いつでも「笑い」があればよいわけではない。タイミングや空気感を読みながら、自分の人柄を存分に表に出すことで時間も空間も心地よくなる。

おわりに

僕はコンプレックスの塊だったのだと思います。

それを中学生ながらに感じ取り、「なんとか自分を変えなきゃ」と必死になって学ぼうとしたんだと思います。

僕が読んだ「天才はあきらめた」という山里亮太さんの自伝の内容も、なんとなくわかるような気がしました。

大人になってきますと、先天的な「気質の戦い」よりも、知識と練習と経験で戦えるんだなと感じるようになりました。

会話には、様々な空気感がありますよね。

日常会話ほど、バリエーションが多くて内容が広いものはありません。

だから、周りの人たちとの場が「楽しくて貴重なものになる」よう、努めるのも悪くないと思うのです。

笑うだけで幸せになりますし、なにより健康にもいい。

いつか皆さんと、笑って話せる日がくることを楽しみにしています。

それではまた!

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