辛いことを乗り越えた先にあるものとは?【未来に期待できるかどうか】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

僕は30年そこいらしか生きていませんが、

  • ツラいことも
  • 大変なことも

たくさんありましたし、今でも「しんどいな」と思うことはあります。

生きる」ということは、それだけで大変なことであり、

痛みや苦しみなくして、一生が終わる

なんてことはあり得ません。

しかし、ずっとネガティブでも埒(らち)が開きませんから、僕は考え方を変えることにしました。

今日は「ツラいことを乗り越えた先」について、また改めて書いていきます。

人生、誰しもがツラい思いをしている。しかし、そんなことばかり言っていても仕方がない。それは一瞬の出来事。常に「その先」を見ることだ。

「みんなもツラい」は間違い

よく言われていることは、

他のみんなもツラいのだから、我慢しなさい

という言葉ではないでしょうか。

この言葉は、個人的にはほとんど意味がないと思っています。

それぞれの「ツラさ」は、その人にしかわからないからです。

裏を返せば、

誰も僕の/私の痛みをわかってくれない!

と言ったとしても、

そりゃそうでしょ

としか言いようがありません。

もちろん、

  • 助け合ったり
  • お互い理解しようとしたり

することは大事なことです。

それでも、その人が抱えている課題やツラさとは、結局のところ “その人” にしかわかりません。

さらに言えば(厳しいことかもしれませんが)、

ツラさとは各々が必ず経験するものであり、それは自分で乗り越えてゆくしかない

ということ。

カッコつけて言っているわけではなくて、僕も自分がツラかった時は、

俺は今、こんなに苦しんでいるのに…

と思わないようにしています。

そんな「ツラいよアピール」をされても、他人がどうこうできるわけではないからです。

時に人を頼ることも大切なことですし(自分が倒れたらそれはそれで本末転倒ですからね)、問題の程度によっては一人で抱え切れないこともあります。

しかし「個人的で細かいこと」である限りは、まず自分でなんとかするしかありません。

「みんなもツラい」のは当たり前。だからと言って、あなたは我慢する必要もないし、あなたのツラさが解決するわけでもない

こう思っていますと、

それなら、自分は一体どうすればいいのだろう?

と頭を働かせて、「自分で」解決に向かうようになるのです。

みんなツラいのは一緒だ。かと言って、あなたの悩みや痛みが消えるわけではない。時には頼ってもいいけれど、個人の悩みは極論、個人で解決するしかない。

ツラいのは今だけだと捉える

じゃあ一体どうしろと?!

こればかりは、ケースによって解決策がありますから、「万能薬/特効薬」なんてものはありません。

そんなものがあったら、世の中にお医者さんもカウンセラーさんも要りませんからね。

僕なりの対処法はちょっと面白くて、

いつも「マラソン」や「筋トレ」を思い出す

ようにしています。

自分が運動している時って、本当にツラいんですよ笑。

ジムのトレッドミルで走っている時なんか、

これは一体、いつになったら終わるんだ…?

と思いながら、「終わること」を待ってひたすら走り続けます。

しかし、いつも走るたびに、

どうせこれも、あと数分後には終わっているんだよなぁ

と、変に “悟ったように” 考えています。

僕が24時間走っていたら話は別ですが、運動や勉強(受験など)にも必ず「終わり」があって、その「終わり」を経験したことのない人はいないはずです。

そう考えてみますと、そのツラさとは(程度もありますが)この一瞬でしか起こり得ないのだなと、そう思えるわけですね。

筋トレや勉強はわかりやすくて、

この後に、その分の成長が待っている

と思えます。

「精神的なもの」の場合は、時間が解決することもありますし、

  • アクションを起こしたり
  • 環境や関係性を変えたり

してみることで、なんとか変えられるものもあります。

もちろん長く続くものもありますし、深刻度合いが深ければ、傷が癒えるのに「数年かかるもの」もあるかもしれません。

それでも大抵のことに関しては、例えば「去年の今日」何をしていたかなんて、ほとんどの人が覚えていないものです。

だから良い意味で、

今だけなのだ

と思っておくこと。

「引きずるな」とは言いませんけれど、ずっと悩みを抱えていても前に進めませんから、即時的なものとして捉えてみますと、多少は気が楽になるかと思います。

ツラいのは今だけだ。そう考えてみると、少し気が楽になる。ツラい時期はそれぞれあっても、それにもいつかは終わりが来るものなのだ。

未来は明るいと信じること

さて、僕らが「投資」をするのは、その先にある「未来」を信じているからですよね。

未来は明るいのだ

と。

投資を “ギャンブル” として捉えている方には伝わらないかもしれませんが、長期的な目線を持っている人からすれば、投資は「未来への信頼」とも言い換えられます。

「未来は明るい」と思えたのは、『Factfulness』を読んでからでした。

だから僕らがツラい時とは、

そうだ…これが明日に繋がるのだ

と思っておくべきなのです。

そうでなければ、「やっていられないから」です笑。

じゃあ、そう感じない場合は?ただツラいだけでも、耐えなきゃいけないの?

その場合は「未来への信頼」がないわけですから、すぐに撤退するに限ります。

この辺りも「絶妙な按配」が必要ですし、

  1. 逃げたほうがいいこともあれば
  2. 耐え忍んで成長に繋げたほうがいいこともある

わけです。

ざっくりと「将来性がある」と思えるのならば、今ツラいことも「未来への投資」だと思えば耐えられます。

精神的に参ってしまうほどであれば、すぐに逃げましょう。

一方で「些細なこと」であれば、

この一瞬だけだ。必ず未来はよくなるはず

と思っておきましょう。

「将来は明るくなるか?」なんていうことは、誰にもわかることではありません。

それでも、

  • そう信じているか
  • そう信じていないか

では、今取り組んでいることに対する姿勢も、だいぶ変わってきます。

僕が一所懸命頑張ることができるのは、明るい未来を想像しているからです。

仮にこの思いがなかったら、僕らはこの現世をどうやって生きていったらいいのでしょうか。

明るい未来に向かっている

と信じるからこそ、今のツラさも受け入れることができる。

だから僕は、「将来はきっと良くなる」と思って生きています。

そのほうが楽しいですし、今に感謝することができます。

ツラい人も、

これからきっと良いことがある

と信じて、壁を乗り越えていきましょう。

未来は必ず明るくなる。こう思えるだけでも、今を思いっきり生きることができるし、感謝できる。ツラいことがどうでも良くなるわけではないけれど、気持ちがフッと軽くなるのだ。

おわりに

ツラいこととは、人それぞれです。

誰もが楽をして生きているわけではありませんし、「大変な時」とは必ず経験するもの。

でもそれは、長い人生の中で一瞬だけだ

と思えるかどうか。

そして、未来に希望を持てるかどうか。

悩んでもいいですし、ツラい時があることもまた人生。

それでも、先を見て進んでいきましょう。

それではまた!

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