子どもや生徒に約束を守らせて自立を促す【自己満足に陥らないコツ】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

いろんな生徒さん、特にママさんたちとお話をしていますと、子どもの教育について話す機会があります。

なるほど。やはり子育てとは一筋縄ではいかないのだなぁ

と思わされる毎日です。

ただ、そこにはいろんな「思惑」があると思っていまして。

今日はそんな「子育て/教育」について書いていきます。

子どもや生徒たちに何かを守らせたかったら、そこは真剣勝負だ。しっかりと線引きをして、現実的な落とし所を探っていこう。

ちゃんと「契約」する

よく話題にあがるのが、

〇〇をなかなかしてくれなくて…

というご意見です。

僕はいつも、

しっかりと「契約」を結びましょう

と言っています。

僕が教員をやっていたときは、当然ながら学校に「ルール」がありまして。

公立ですが校種は “高校” ですので、義務教育の範囲外です。

この数字に満たない場合、辞めてもらいます

と、はっきりと言っていました。

また部活においても、やる気がなければ辞めさせますし、トラブルを頻繁に起こす生徒がいる場合には、治安を守るために「真面目にやっている生徒」が割りを食わないようにしていました。

各家庭で教育方針があるかと思いますが、僕がもし父親になりましたら、

できない場合は辞めさせる

と言うと思います。

もちろん、生徒と違って自分の子どもですから、多少は甘やかしてしまうかもしれません。

でも僕は教育者ですので笑、たぶん白黒ハッキリさせると思いますね。

ここを “曖昧にしている” 方が、非常に多いのかなと。

やめさせるからね!

とは言いつつもパフォーマンスだけをして、実のところは辞めさせたくない。

そうなってきますと、子どもも親を「舐(な)めて」きます。

あ、結局やらせてくれるんでしょ?

と。

これは教育上、よろしくありません。

ダメなものはダメ。

一線を越えたらもうダメだぞ

と、教える必要があるのです。

それでも最後はやはり親ですから、手を差し伸べてしまうのでしょうけれどね。

難しい按配ですが、甘やかしすぎると子どもたちのためにもなりませんから、しっかりと契約を結び、線引きをしていきましょう。

子どもたちに教育をする場合、しっかりと線引きをすることだ。自分の行動に、責任を持たせることが大事だ。

自己満足にならない

特に、自分のエゴによって子どもたちを制限することもまた、教育上よろしくありません。

僕の場合は部活動や学級担任でしたから、教員を始めた当初は、

自分の部活を良く見られたいから(=担当の自分がすごいと思われたいから)、生徒に大人しくしておいてもらおう…

こんな風に思っていましたね。

それは教育の本質ではなく、

  • 教員

のエゴが先行しており、子どもたちを「アクセサリーか何か」と勘違いしているパターンです。

自分を引き立たせるために、脇役として使っているだけです。

これは「最悪」です。

しかし、こうしたムーブは日常でよく見かけます。

子どものためを思って…

と言いつつ、実は自分の「見え方」を気にしているだけ。

…なんていうことは茶飯事です。

だから生徒や子どもたちと「契約」もしっかりと結べないまま、なぁなぁになります。

こと先生においては、

生徒から嫌われたくない
周りから良く見られたい

といって、甘やかしてしまう先生がたくさんいます。

こうなってしまいますと、先述したように子どもや生徒たちも “線引き” ができなくなり、他人を舐めるようになるだけでなく、約束が守れなくなってコミュニケーション障害を引き起こしかねません。

彼らが自立していく過程を、阻害してしまうのですね。

指導者として長く教育現場に携わってきましたが、僕の初任時代なんて悲惨なものでしたよ笑。

どうやったら良く見られるか?

と、自分のことしか考えていませんでしたからね。

本当に子どもたちや生徒たちのことを思うのであれば、時に厳しく接しなければなりません。

  • できないなら打ち切る
  • やらないなら辞めさせる

彼ら自身に責任を持たせないと、いつまでも、

何か困っても、なんとかしてくれるんでしょ?

という精神性が身についてしまうのです。

子どもや生徒たちは、自分を引き立てるための道具ではない。真剣に向き合ってあげること。契約通りに対応しよう。

一人の「人間」である

僕は主に高校生たちとたくさん接してきましたが、いつでも思っていたことは、

彼らはまだ未熟だけど、一人の人間だよな

ということでした。

  • 我が子
  • 自分のクラスの生徒

など、贔屓(ひいき)したくなることもあります。

ただ、僕の場合は公立の高校でしたから、「フェアである」ということはとても大事な要素でした。

仲の良い友人には優しくする
親しい間柄には、当たり障りのない関係を保つ

こういう態度が必要な時もあります。

それでも僕は、できる限り「公平性」を保つようになっていきました。

そういう線引きをしておかないと、

じゃあこの場合はどうなの?

と、生徒たちから(時には友人たちからも)突っ込まれるからです。

彼らが「一人の人間である」という認識があれば、適当な線引きはできなくなってきます。

  • まだ未熟だから
  • まだ子どもだから

あまりも小さい場合(=幼児など)はそういう認識でいいでしょうけれど、小学校から高校生にかけては意識もハッキリしてきますし、自我も形成されてきます。

ある意味で、彼らを一人の人間として “リスペクト” するからこそ、

ちゃんとケジメはつけようか

という態度でいられるのですね。

  • 甘やかす
  • 線引きを曖昧にする
  • 自分の見え方を気にする

こういうことをしていますと、親としても指導者としても、どんどん相手に主導権を握られてしまいます。

自分より若い子であろうと、子ども生徒たちに敬意を示せない人は、相手を「下」に見てしまい、悪手を打つことになるんですよね。

変な話、

僕は生徒からどんなに嫌われようとも、フェアでいる

と貫き始めた教員生活後半の方が、信頼を得られていました。

もちろん、生徒たちの言い分も聞いた上で、です。(上から頭ごなしに指導するもNGです)

ルールに固執しすぎて柔軟ではないのもよろしくありませんし、なんでも良しとしすぎるのもよろしくありません。

この先生は、ちゃんと聞いてもくれるし、一方で誰に対してもフェアである

こう思わせることがカギですね。

こうなると、ただ自分の「みてくれ」を気にしているステージから、一つ上のステージに上がることができるのです。

生徒や子どもたちのことは、一人の人間として敬意を持って接することだ。未熟な部分はあっても、彼らに耳を傾け、ルールを遵守しながらも柔軟に対応していこう。

おわりに

子育てはしたことがありませんし、

生徒と我が子では、全然事情が違う!

というご意見もあるかもしれません。

ただ、僕はいつもこの手の話を聞くたびに、

少なからず甘やかしや、自分の見栄を気にしている感が入っている

と感じています。

彼らがやらないことにおいては、ビシッと叱って最終的にはやらせない

自業自得ですからね。

本当に困った時にだけ、手を差し伸べること。

僕自身が、そうやって生きてきたからかもしれませんね。

みなさんは子どもたち、生徒たち、若者たちとどう接していますか。

それではまた!

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