いつも自分は調子に乗ってないかと確認すること【謙虚に精進する】

雑談

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

こうして、

  • 英語講師
  • 朝活ホスト

などをしていますと、

自分は調子に乗っていないか?

と考えてしまうことがあります。

特に教師だった時は、

こんな自分が教えていいのだろうか?

という自己嫌悪が発動していました。

一方で、少し経験を積み始めますと、

俺はこう思うから、こうだ!

と言い切っている自分もいました。

最近の自分はどうだろう?謙虚になれているかな?

と今、自問自答しています。

今日は「謙虚さ/傲慢さ」について書いていきます。

自分が傲慢になっていると思ったら、少し落ち着こう。性格を変える必要はないから、正しい道を歩んでいるかどうかを考えるのだ。

自分は傲慢か?

ここ最近、僕は調子に乗っていました。

いえ笑、そんなことはないのでしょうけれど、

このままの自分でいいのだろうか?

と、ちょっと疑問に思ったのです。

  • 言動
  • 行動

など、

しっかりと、人のために生きることができているだろうか?

と、自分なりに考えてみたわけですね。

人間とは誰しも、少し知識や経験が積み上がってきますと、

絶対にこうだ!

と思ってしまいがちです。

もちろん、議論やコミュニケーションとはお互いの、

  • 不明瞭な点
  • すれ違っている点

などを修正してゆくことですから、

強く言ってはダメ

というルールはありませんし、時に激しい言葉は熱を帯びることもあります。

だから僕はハッキリと言うこともありますし、仮に自分が間違っていたら、見直したり調整したりします。

ここで僕が思ったこととは、

こうして「自分は調子に乗っていないか?」と思えることそれ自体が、いいことなのではないか?

ということ。

自分の現状を客観視できない人とは、世の中にたくさんいますから、自分の言動や行動に疑問を持てた時点で、とても良い兆候だとも言えます。

それに、

何も言わないのがいいこと

と、「良い争い」すらも避けてしまうこととは、議論から逃げているとも言えますからね。

「イエスマン」になってしまったら、TAKERたちにいいように使われるのがオチです。

言動や行動に気をつけておくこと。

まずここを守ることができてれば、それで十分なのです。

自分は傲慢だろうか。そういった問いかけができるだけも、自分を客観視できているから十分良いことなのだ。

一度立ち止まり、深呼吸をする。

大切になってくるのは、自分の現状について考える時間を取ることです。

僕がこのように「冷静になる時」とは、

ん?なんか調子いいな?

と感じている時です。

みなさんもスポーツや勉強で経験があるかと思いますが、調子のいい時とはちょっと気をつけたい時でもありますよね。

僕が最近打ちのめされたのは、

  • 英語のできなさ
  • ダンスの伸び悩み
  • ブログの伸びなさ
  • 他の言語学習の進んでなさ

などでした。

まぁ、こんなもの毎日のように感じてはいますが笑、最近は特にズシーンとショックを受けてしまったので、

これはちょっと、修正するために一旦休もう

と思ったのです。

僕はモチベーションに頼らずに生きてきましたが、それでも「頑張らなきゃ!」と思える時なら、できる限り「高い波」に乗るほうがいいです。

一旦立ち止まり、

ちゃんと英語も勉強しなきゃいけないし、ブログも書き続けなければいけない。頑張ろう!

と、自分に言い聞かせました。

僕のように「走り続けている人」には、

時に休憩することも大事だ

ということをお伝えしたいです。

人生は一度きりしかないとはいえ、見直すタイミングも必要ですからね。

僕は最近、調子に乗り過ぎていました。

それは周りを軽視していたとか、適当に生きていたという意味での、「調子に乗っていた」ではありません。

最近は “調子が良かった” と言うほうが、的を射ているかもしれませんね。

英語も仕事も、人間関係もちゃんと考えて過ごさなきゃな

と。

この年(30代後半)になったって、毎日微調整の日々です。

そういう時は、

  • シャワーを浴びた後
  • 就寝前のストレッチ

など、静かになれるタイミングで、

自分は傲慢になっていないか?調子に乗っていないか?

マインドフルネスをしながら、一日を締めくくるようにしています。

ちょっと何かがうまく行き過ぎている時は、一旦ストップだ。そうすることで、また整理した上で生活をリスタートできる。

自信を持って伝えること

ただし、

自分は調子に乗っていたな…もう地味に生きていこう…

と思うことは、ちょっと違うのかなと思っています。

僕が英語や仕事、自分の生き方についてしっかりと発言ができているのは、

  1. それなりに勉強や経験をし
  2. いろんな人と議論を重ねたから

でもあります。

よく、

勉強とは机の上でやるだけのものではない

と言う人もいますが、僕はそうとは思っていません。

“それもまた” 大事だということ。

そうした「積み上げ」があった上で、周りの人に、

  • 知識
  • 経験
  • オススメ

を伝えてゆくことは、むしろ「プラス+」になります。

特に、

以前は全然ダメだったけど、ここまで変わることができた

といった動画やエピソードとは、誰かにとっての励みになりますし、むしろ、

シェアしてくれてありがとう!

とまで言われます。

何でもかんでも、

自分は傲慢だから、控えめにしよう…

と発信をやめたり、人の意見に頷いているだけでは、それは「謙虚さ」とは言えません。

謙虚であるということは、

  1. 知識や経験を積み
  2. 自信を持ってはいても
  3. それを見せびらかしたりしない

ということ。

何も発言しなかったり、パフォーマンスをしなければ、

君は誰かのために、何かできるの?

と突っ込まれてしまいます。

「傲慢である時」は、自分の能力を過信したり、

自分にはなんでもできるんだ!お前は間違っている!

と勘違いをして、他人を批判したりする傾向が出てきます。

僕は「悪い批判家」は卒業したつもりでしたが、どこかでまた「傲慢さ」が出てきてしまったのかなと。

ダメだ、ダメだ。一度自分を見直して、冷静に、謙虚にならないと

こうした「気づき」によって、僕はまた一歩成熟し、大人になることができます。

いつでも自分を客観視し、確認して立ち止まり、また進んで行くこと。

今の僕には、どうやら「この時間」が必要なのかもしれません。

謙虚になるということは、別に何も言わずに黙って過ごしていることではない。適切な場面で意見を言う必要もあるし、それ以前に知識や経験を積んでいることが前提にあるのだ。

おわりに

謙虚であるためには、やはり一度「自分を客観視すること」が大事です。

こう見られていないか?

と、他人の目を気にすることとは違います。

むしろ、自分にフォーカスを当てる、自分に集中するということ。

調子に乗っていたら、足元をすくわれるぞ

とね。

謙虚に、ジリジリと進んでいきましょう。

それではまた!

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