いろんな人たちを受け入れてゆくために【どうやって他人を愛す?】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

様々なコミュニティや交友関係を築いていますと、当然のことながら、

  • 合う人
  • 合わない人

が出てきます。

これはごく自然のことであり、むしろこの状態が生まれないほうがおかしな世界線です。

そうなってきますと、

全員とうまく関わってゆくのは難しいし、そんな優しくなれない

と言う人が出てきます。

人と距離を保つことはとても大事なことですから、僕も、

別に関わり合いたくない人とは、関わり合わなくていい

と言っています。

それでも、人を広く愛せることとは素晴らしいこと。

今日は僕なりの「慈愛」について書いていきます。

世の中にはいろんな人がいる。そんな人たちを愛してゆくことも、悪いことではないのだ。

キラいな人や苦手な人

生きていれば、誰だって、

  • 苦手な人
  • キラいな人

は少なからずいるものです。

僕自身も、そうやって関係を切ってきた人はたくさんいます。

まぁ、何を持って「関係を切る」と定義づけるかにもよりますが、

この人となら、会い続けてもいいかな

という人たちと、会うようにしているという程度であって、内心ではもっと複雑な「好き/キラい」のような細かな感情は渦巻いています。

苦手な人が近づいてくる場合は、距離を置いてもいいですし、僕の場合はやんわりと(あるいはハッキリと)伝えています。(それかフェードアウト)

“お互いのため” ですからね。

  • 時間もムダにする
  • 精神衛生上よくない

と、デメリットは多いわけです。

本人に直接言う必要もないですし、ムダに熱く議論して、相手に変わってもらう必要もありません。

いつでも客観的になり、

この人とは合わない。だからもう会わなくていい

と割り切り、忘れてしまいましょう。

それは、悪いことでもなんでもありません。

みんな、無意識のうちに(あるいは意識的に)やっていることですからね。

苦手な人がいることは、ごく当たり前のこと。

むしろそこを出発点として、その人や取り巻き、コミュニティなどと、

どう自分が関わっていきたいのか?

と考えることですね。

世の中、苦手な人やキラいな人は必ずいる。そことどう関わっていきたいのか。今一度考えてみよう。

関わらなくていいが認める

苦手な人やキラいな人を切っていくことも大事なことですし、ある意味自分の人生を良くしようとする動きとしては、簡単なことでしょう。

しかし、ここでやってはいけないこととは、

相手の言っていることは、全部受け入れない

と言い切ってしまうことです。

「意見の合わない人」と出会うことがあるように、違う意見を受け取ることもまた、よくあることです。

ただし、

  • 話を聞かずに攻撃してくる
  • 相手が議論をしようとしない

このようにどうしようもない場合、取り合う必要はありません。

しかし、ちょっと意見が食い違ったからと言って、その人にレッテルを貼る必要もありません。

今後関わることがないとしても、そうした人の「意見/思い」を一度は受け止めてあげること。

その上で、

いや、それは違うと思う

とか、

君は行き過ぎているから、僕はもう取り合わない

と、決めればいいだけのことです。

教員をやっていた時代も、

  • 生徒
  • 先生
  • 保護者

など、理不尽な相手と話さなければならないことは多々ありました。

SNS上で「ダル絡み」をされたこともありました。

いずれにせよ、こちらが攻撃する必要はありません。

なるほど。うんうん

と、まずは聞いてあげること。

その上で、こちらが修正する部分があれば見直せばいいでしょうし、頑(かたく)なに変えたくない部分があるのであれば、そのまま意見を変えずにいればいい。

いずれにせよ、ちゃんと相手のことを聞かなければ、まとまるものもまとまらなくなってしまいます。

そういう考え方もあるよね

認めることが、まずは第一歩ですね。

キラいな人や苦手な人が、同じ職場にいたり近くにいたりしますと、その人のことばかりを考えてしまうかもしれません。

ただ、その人のことを考えてばかりいる人のほうが、よっぽど「その人のことが好き」なんじゃないかなと思いますけどね笑。

一度認めてあげたら、あとはスルーでもいいくらい。

サッと縁を切るのもいいですが、あえて悪い関係性にする必要はないのです。

イヤな関係性はすぐに切ったらいい。しかし、その前にその人の意見にしっかりと耳を傾けたかどうかは大きい。

被害者ムーブをする人からは離れる

根が優しい人ほど、

この人のために、なんとかしてあげたい!

と思ってしまいがちです。

ただ、そういった人たちの中には必ず「TAKER」が存在します。

自分がこんなに頑張っているのに…
もっとこうこうこうしてくれたら、よくなるんだけど

と、要求ばかりしてきて何も変わろうとしない人たちのことですね。

もちろん、すぐに離れたほうがいいのですが、僕は先生だったこともあって、

まずは話を聞こう

と、先述した通り一旦話を聞くようにはしています。

何回か話をしていきますと、

あ、なんかこの人、怪しいぞ…

となってくるわけですね笑。

何度もブログに書いている通りで、”そういう人” たちからは離れるのが一番です。

「どんな人でも愛す」という人柄を目指すことも、今回のテーマではありますが、

ずっと一緒にいてあげること

が解決策ではありません。

僕はいろんな人と会いますし、

  1. 切れた関係もあれば
  2. まだ繋がっている関係もある

という状態。

あまり、その人自体にレッテルを貼ることはしませんが、

あぁ、でもこの人はいつもグチばかり言っているし、変わろうとしないんだな

と感じてしまったら、距離を置きますね。

ここが難しい按配です。

僕はいろんな人の話は広く聞くようにしていますし、いろんな意見があってこそだと思っています。

逆説的に聞こえるかもしれませんが、”フェアである” からこそ、

私は/僕はこんなにツラい思いをしている!

と言う人には、うんざりしてしまうのです。

はいはい。それは誰も一緒よ

とね笑。

他人を愛す」ということは、自分の時間や資産を割いてでも、関わるということを意味しているわけではありません。

認めてはいるし、話も聞いてるよ。でも自分でなんとかしなさいね

このくらいでいいのです。

人と広く関わってゆくことは大切なことだ。しかし、あなたの時間を奪ってまで関わってくる人とは、関わり合う必要はないのだ。

おわりに

人間関係とは、いつになってもなくならない悩みですよね。

僕もたくさん失敗してきましたし、いまだに「そういう人」と出会うこともあります。

ただ、自分の軸を確立してからというもの、

あなたの意見は聞いた。でももう会わなくていい

と、切ることができるようになりました。

冷酷に聞こえますが、これが一番大事な「距離感」です。

広く人を愛し、フェアだからこそ、つけ入ってくる人は拒むこと。

なんら矛盾のない姿勢だと思っています。

一見すると「ん?」と思うかもしれませんが、公平・冷静であれば、そういう人とは距離を置けるはずです。

それではまた!

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