ものごとは絶対に続けないとダメなのか?【1,900記事目に寄せて】

投資

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

この記事を持って1,900記事目となります。(計算するとすでに6月で超えていたそうですが、目を瞑ってください笑。次回から修正します)

もうすぐで、2,000記事ですね。

数が全てではありませんが、ある程度量をこなすということは、力をつけるためには必要不可欠です。

僕はこのブログでいつも、

  • 続けることに意味はあるのか?
  • どれくらいの期間を継続というのか?

といった点について話をしてきました。

結論から言えば、別に答えはないのかなと。

ただ、僕なりの「定義」みたいなものはありますので、それを話題にしつつ、継続の意味について書いていきます。

いよいよ1,900記事目まできた。愚直に続けていこう。奇跡はすぐには起こらない。

何を持って継続とするか?

難しいのは「継続」の定義です。

結論、僕が思うのは、

毎日か、毎週だろうな

と思っています。

定義は人それぞれだとは思いますが、社会人になってから毎日できないことも増えてくるため、『毎週』が最低限の期間なのかなと。

じゃあ一ヶ月に一回は、継続と言えないのか?

と突っ込まれますと、

  • そうとも言えるし
  • そうとも言えない

のが本音ですね。

その「一ヶ月に一回」の頻度において、どれだけの力をかけたのか

という点もまた、別の要素としてありますからね。

ただ僕がこんな風に書いたところで、みなさんからしても『毎日続けること』が、継続の定義としては一番しっくりくるのではないでしょうかね。

僕のこのブログも、

二日にいっぺんでもいいか…
まぁ、毎週どこかで書けてたら御の字よね

と、妥協する点はいくらでもありました。

それでも「毎日」と決めたのは、

それが一番継続っぽい

と思ったからです笑。

今やっている、

  • 朝活
  • 筋トレ
  • 言語学習

などもまた、毎日のルーティンに組み込まれています。

やはり最強なのは、「毎日」ですかね。

YouTubeの投稿は一週間に一度で、ちょっと「ゆるい」。

やはり、

なんだか足りないなぁ…

と思ってしまいますね。

定義は人それぞれで構いませんが、一日の中で「寝ること」が一種のリセットだと考えますと、毎日やることが一番「継続」の定義として当てはまりそうですね。

継続するなら「毎日」を目指していこう。やはり継続の定義としては、「毎日」が一番しっくりくる。

量は質を伴わせてくれる

いや、量より質だ

と言う人も、必ず現れます。

もちろん否定するつもりはありませんし、一部「そうだろう」と納得できるところもあります。

ただ、みなさんも部活動や勉強、仕事を経験してきたからわかるかと思いますが、

毎日やっていないやつが、質を語るな

と、言いたくなるのではないでしょうかね笑。

練習や学習においては、反復演習をする中で上がってくる「」もあります。

このブログもまた一つの例であり、昔の記事と今の記事では、圧倒的に、

  • 伝え方
  • 簡素さ
  • わかりやすさ

などが違います。

それはひとえに、僕が毎日「あぁでもないこうでもない」と試行錯誤してきたからこそ、磨かれた技術でもあるとも思っています。

英語やダンスにおいても、同じことが言えると思っていまして。

やはり試行錯誤を繰り返してきたからこそ、

あぁ、なるほどね。ここではこうなるのか

と、感覚が養われてくることがあります。

だからこそ僕は毎日、

  • テキストブック
  • Duolingo(言語アプリ)

などを使って、必ずほぼ毎日のように言語学習をするようにしています。

そうすることで、自然と身に付く「感覚」があると思っているからです。

そうした経験から、先述したような「毎日」という感覚が、

  • 継続として
  • あるいは力をつける手段として

「一番適当だ」と思うのですね。

みなさんも直感でわかると思いますが、

まずは量をこなすこと
量をこなしているやつには敵わない

と思いますよね。

その中で「プロ/アマ」などがあって、どんなに努力しても越えられない壁があったり、才能や運も絡んできたりすることがあります。

とはいえどちらにせよ、ちょっとやそっとで「質」は担保されません。

たくさん量をこなして、同時に質も高めていけるように工夫をするのです。

まずは量をこなすことだ。質の話はそれからでも遅くはない。

奇跡はすぐには起こらない

僕のブログが「一瞬化けた」ことについても、以前の記事で語っています。

その後はPV数なども沈静化しましたが、やはり効果は出ており、

  • クリック数
  • アドセンスの表示回数
  • Googleサーチコンソールの表示回数

なども、今でもじわじわと伸びています。

その「一回」の奇跡のような出来事も、続けていたからこそ、出た結果でした。

大抵の人がブログや言語学習をやめてしまうのは、短期的な結果だけを求めているからだと思っています。

これだけ頑張ったのに、全然じゃないか!

と。

違うのです。

  • 何年も
  • 何十年も

やらなければならないのです。

先日、2026年W杯がありましたが、あの場に立つまでに、多くの日本人選手が “子どもの頃から” サッカーを練習していたわけです。

何をそんな当たり前のことを!

そう思うのであれば、僕らがやっていることだって「一緒」ではないのでしょうかね。

だからまずは、何ヶ月も、何年も続ける必要があります。

それでもプロになれない人、鳴かず飛ばずの人だって、世の中にはごまんといるわけです。

その人たちの努力を誰も否定することはできませんし、彼らはその「舞台」を目指して、一所懸命練習してきました。

じゃあ、僕らだって努力するしかないじゃない?

この発想に至らなければいけませんよね。

まず続けて、努力をしてみること。

短期的な目標も大事ですし、小さな成功体験を得て続けてゆくことも大事なことです。

それと同時に、

立ち止まることなく、ずっと続けることこそがゴールだ

と思うこともまた大事なこと。

継続それ自体が目的になってはいけませんが、残念ながら「継続」をしていなければ、得られるものも得られません。

それが「現実」です。

「奇跡」と呼ばれる出来事も、続けた先に生まれるもの。

僕も決して特別な人生を送ってきたわけではありませんが、毎日続けることで、

稀有(けう)な存在になれるように

とは思っていますね。

続けているからこそ、見える景色や起こせる奇跡がある。一瞬にして努力は実らない。継続あるのみだ。

おわりに

いよいよ持って、1,900記事目に到達しました。(実際に数えたら1,915記事目でした)

何度も言いますが、

  1. 数は全てではないが
  2. 量をこなすことは不可欠

です。

ただ2,000記事を目指そう!

ではないのです。

「結果的にそうなった」というだけであり、それによる結果とは後からついてくるものです。

いつまでも変わらず、みなさんの役に立てることを探しては、記事にしていきたいと思っています。

それではまた!

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