言い訳をしたくなった時、僕はどうするか?【何がなんでもやること】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日も、毎週のルーティンとして10kmを走りました。

毎度のことですが、走る前とはなかなか鬱(うつ)なものでして笑。

はぁ…今日も疲れるんだろうな…

と、走る前に「ちょっとためらってしまっている」自分がいます。

それでも僕は、

  • 毎日
  • 毎週

やることが大抵決まっていて、時間や回数を短くするなどして多少は妥協するものの、ルーティンに沿って生きています。

今日は僕が「どうしてもやること」について、書いていきます。

僕はとにかくルーティンに沿って生きている。どうせやっている時のツラさは忘れるもの。積み上げた先を見ておくことだ。後悔しない人生を生きよう。

そのツラさはその時だけ

ランニングに限らず、

これからツラくなるだろうな…

というトレーニングの前に、必ず思うことがあります。

終わったら、どうせ忘れているでしょ

という発想です。

確かに、

  • 走っている時
  • 勉強している時
  • 筋トレしている時

あるいは始める前は、「ツラいなぁ」と思うものです。

それでも、そうした時間とはあっという間に過ぎ去っていきます。

ゆえに、その「一瞬」を言い訳の材料にして、

俺は/私は、それはやらない。しんどいから

と決めてしまっていたら、なかなかチャレンジすることもできませんし、

じゃあ、全てにおいて言い訳するってこと?

というロジックになってしまいます。

みなさんも学生時代、あるいは社会人になってからも、「ツラいこと」は多々あったはずです。

しかしそれを乗り越えてきたからこそ、

よし、自分にはできる!

という、自信がついたはずです。

もちろん、その時間は「ツラい」のでしょうけれども、終わってみれば「楽しかった」とか「成長に繋がった」とか、そう思えるものですよね。

その前提に立てますと、

じゃあ、チャレンジしてもいいかな?

と思えるようになります。

  1. ルーティンを作り
  2. モチベーションに頼らない

という発想も大事ですが、

終わってしまった後のことを考えてみるか

となれば、しんどいこともやれるようになるのですね。

実際に大変なのは、運動している最中だったり、勉強しているその時間だったりする。それらは過ぎ去るものだから、後のことを考えれば挑戦することができるのだ。

やってみてよかったと思えるものを続ける

いや、モチベーションに頼るなとは散々言われてきたけど…

僕はいつでも生徒や友人に同じことを言いますが、とはいえこのように「できないものはできない!」と言われることもあります。

では、僕が続けていることとは何か。

やってよかったな!

と、シンプルに思えること。

そんなことではないでしょうかね。

  • 運動も
  • ダンスも
  • 言語学習も
  • 投資や税金、政治経済の勉強も

全て「今」の自分に繋がっていて、これらを積み上げて来たからこそ、今の自分があると思っています。

例えば「走る前」ですと、

いやぁ、ダルイなぁ…暑いだろうなぁ…雨降りそうだなぁ…

と、何かと言い訳を探し始めます笑。

しかし同時に「走り終わった後の自分」も、しっかりと想像するようにしています。

しんどいだろうけど、走った後はすごく汗かいてて、身体も引き締まって、ちょっと悟った感じになってるだろうな…

と、すでに人生で経験したことから推測して、その “良さ” をイメージするようにしているのですね。

だからこそ、「できる」のかなと。

例えば、

  • ただツラいだけ
  • ただしんどいだけ

で何のリターンもなければ、それは投資とは言えません。

それは一体、なんの時間なの?

となりますよね笑。

「拷問か何かか?」と。

“気持ち良いから” やるわけですし、筋トレをする人たちだって「ただしんどいこと」をやっているだけの「M」ではありません笑。

例えばツラい仕事であっても、それに見合う報酬があれば、「ぜひやりたい」と思う人だって出てきます。

リターンばかりを考える「TAKER/クレクレ星人」ではいけませんが、勉強や運動は基本的に自分から身を切るものですから、リターンを前提に始めることは何も不思議なことではありません。

それらを避け続けていますと、当然のことながらリターンは得られません。

だって、何もしていないのですから。

やってよかったな。リターンが見込めるな

と思えることをやって行くこと。

これは別に「下心」ではありません。

多少例外もあるとは思いますが、基本的に僕は「自分のためになること」だからこそ、イヤでもできるんですよね。

自分がやってみてよかったこと、気持ちのいいものを続けてみることだ。しんどい先に何が待っているのか。そこを考えて運動や勉強をスタートしてみよう。

続けるからこそ成長する

「自明の理」でもありますが、続けなければ人は成長しません。

こう考えるようになったのは、「怠惰な自分」を痛いほど経験したからでした。

自分の時間を、まるで “自由な時間” と勘違いをし、

何をやってもいいんだ!別に生産的じゃなくたっていい!

と思っていたものです。

仕事はちゃんとしていましたが、

  1. 生産的で
  2. 自分の成長に繋がるような

そんな時間は、休日や退勤後に過ごせていたとは思えませんでした。

すると、まるで自分が「意味のない一年間」を送ったような、虚しい気持ちになります。

もちろん、当時はそんな気持ちにすらなっていませんでしたけどね。

人間、気づかなければ一生そのままですから。

それは「これからの僕」にも言えることですし、ずっと変わらないものがあることもまた、人間らしいとも言えます。

ただ、ひとたび「それ」に気づければ、

じゃあ、一日もムダにしてはいけないじゃない?

という発想になります。

それがこのブログを始めた時の「想い」でしたね。

僕もまだまだ未熟ですが、それでも過去に比べれば、

何とか毎日、一歩でも前進したい

と思って、ブログを書いたり運動をしたり、勉強をしたりしています。

それはひとえに、

やらなかった場合はダメになる

と、経験上知っているからですね。

あぁ〜、今日はダルいしいいや〜

となれば、相当後悔すると思います。

未来の自分からすれば、

お、お前!なんでこの日、サボったんだ!?

と笑。

後悔をしたくない。

ずっと成長を続けていたい。

それが僕の、「何がなんでもやる」という信念に結びついているのですね。

実は僕だけではなく、みなさんもこうした「想い」を持って毎日頑張られています。

このプロジェクトだけは!
絶対に3kg痩せるんだ!
この資格試験には通る!

などなど。

なんでもいい。

後悔なく生きるために、

  1. 続けて
  2. 成長する

これに尽きます。

だから毎日、やりたくなかろうがなんだろうが、「やる」のですね。

僕は「できなかった頃の自分」をよく知っている。その時ほど後悔したことはない。だから僕は少しでも成長しようと、毎日必死にやるべきことをこなしているのだと思う。

おわりに

毎週毎週、「やりたくないこと」はありますが笑、「教員時代のダルさ」とはまた違ったものです。

  1. ある程度の自由度を持ち
  2. 仕事や自己投資などをする

僕が理想として描いている、働き方ですね。

少しずつ、光が見えてきました。

ゴールはありませんけどね。

それでも毎日、死ぬまで走り続けていきましょう。

それではまた!

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