いつもどう見られているかを気にしてしまう人【自意識過剰にならない】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

オンラインで生徒さんたちと話をしていますと、

どうしても、他人からどう見られているのかを気にしてしまう

という人が、一定数いらっしゃいます。

何を隠そう、僕も以前は “そう” でした。

でも正直なところ、誰もそんなに「あなたの行動」なんて気にかけていません。

むしろみんな、自分のことで精一杯です。

今日もまた、人から「どう見られているか」を気にしないことについて、書いていきます。

自分の見え方を気にしている人なんて、自意識過剰だ。自分がどうありたいかを、いつも意識しておこう。

自意識過剰にならない

僕が思うに、

自分って、どう見られているんだろう?

と思っている人ほど、自分を意識し過ぎているのかなと。

  • 自分の評判
  • 自分がどう見えているか

などを気にすることは、自意識過剰ではないかと思うんですよね。

僕がコロナを経て感じたこととは、

自分は自分であり、どう見られているかを気にする必要はない

という、ごく当たり前のことでした。

当時はたくさん本を読んでいましたので、

そうか。自分は今まで、どう見られているのかを気にして生きていたのだな

と知ったのです。

“いい意味で” 人からの目線を気にしなくなりますと、とても生きやすくなります。

僕自身も、自意識過剰だったのですね。

自分の見え方なんて、気にすんな

今の僕なら、昔の僕にこう言いたいものです。

それだけ時間のムダですし、実際に他人なんて僕のことは見ていない。

逆に考えれば簡単な話で、僕らはいちいち、他人のことのなんか意識して生きていませんよね。

「自分の見え方を気にする = 自意識過剰である

ということ。

多少なりとも、

  • 他人を意見を反映したり
  • 言われたことを気にかけたり

することは大事なことですが、いつもビクビクして怯える必要はありません。

自分らしく生きている人ほど、他人の目線は気にしていないもの。

他人からの目線を気にしている場合、

他人からどう評価されているのだろう?

と、自意識過剰になっていることと一緒なのです。

自分がどう見られているかを意識することは、つまり自意識過剰になっているということ。自分なりに堂々と生きていこう。

みんな自分で精一杯

先述しましたが、他人はあなたのことなんて見ていません笑。

僕自身も、自分に言い聞かせることがありますが、

  • 失敗しようと
  • 挑戦しようと
  • 怠けていようと
  • 頑張っていようと

所詮、周りの人々は、

へー!お疲れ様!

くらいにしか思っていないのです。

語弊があるといけませんので、決して、

他人に興味を持つな

とか、

人との繋がりなんて浅薄なものだ

と言っているわけではありませんからね笑。

みんな、自分の人生で忙しいのです。

これから仕事をどうしていこう?
どうやったら彼氏/彼女ができるかな?

と、頭の中は「自分のこと」でいっぱい。

むしろ、それが “正常” ですよね。

そこにさらに、

他人は一体、自分のことをどう思っているのだろう?

という思考が入ってくるなんて、よっぽど暇なんだろうなと思ってしまいます笑。

いいなぁ!他人からどう思われているのかを考える余裕があって!

と、僕なら思いますね。

ある意味「自分のこと」で精一杯な人ほど、自分の人生を生きているとも言えます。

周りの雑音が気になると言う人は、いつまでも、

  • 資産
  • 地位
  • 名声

などを追い求めてゆくことでしょう。

その成れの果てが、今の日本なのではないでしょうかね。

どうやったら億万長者になれるか?
どうやったらインフルエンサーになれるか?

と。

そんな “違う意味での”「ラットレース」に巻き込まれていては、人生における大切なものを見失ってしまいます。

本当に大切なものとは、他人との比較から生まれるものではありません。

  1. いつでも自分に問いかけ
  2. 自分が「これだ」と思う幸せを見つけること

これが、今の僕らがやるべきことなのではないのかなと。

他人のことなんか、気にかけている場合ではありません。

何度も言いますが、「優しさを捨てろ」とか「個人主義になれ」と言っているわけではありませんからね。

自分の人生に集中するのです。

一度しかない、この人生に。

みんな、自分の人生で精一杯だ。いい意味で他人に構わず、自分の人生を生きていこう。それが今を生きるための大事なヒントになる。

どう見られているかではなくどうありたいか

どう見られているか。

それをジャッジするのは、どこまでいったって所詮「他人」です。

みなさんに聞きますが、他人が「ダメだ」と言った場合、自分のやりたいことをやらずに、自分の人生を終えるのですか。

そんなことはありませんよね。

  • 他人に指示されたり
  • 他人からの評判をとったり

するように生きている人とは、自分の人生を本当の意味で生きているとは言えません。

え?でもせいじは、「他人からの信頼」も大切にしろって言ってたじゃないか!

僕が思うに、それは「出発点」の違いなのかなと。

評価されたい!周りから崇(あが)められたい!

というスタートに立っている以上は、僕は逆に人が集まらないと思っています。

そうではなくて、

自分は自分らしく、こうありたい

と自分の軸を貫き、その結果として人がついてくるほうが、本物の「信頼」だと思うのです。

この「スタート地点の違い」とは、その人と話していますと如実に表れます。

あ、この人は単に名声を得たいだけなのだな

と。

本来、その点とは二の次、三の次の話のはずなのに、です。

僕もいろんな人と出会ってきましたが、

自分はこうありたい

と強く願って、我が道を真剣に歩んでいる人たちのほうが、

  1. 魅力的で
  2. また会いたい

と思ったものです。

自分はこれから何をして、どうなっていきたいのか。

自分の人生について深く考え、それを行動にどう移せているのか。

これに尽きます。

他人の目を気にしなくなってから、僕は自分の人生に集中するようになりました。

人からどう見られているかなんて、もはや気にしていません。

僕は僕のやりたいようにやる

と。

ただ、わがままでもいけませんし、常に「誰かのために」という意識をして行動してゆくこともまた大事なことです。

自分はどういう人間でありたいのか。

他人からの見え方に怯えるのではなく、どう自分で自分の人生を描いてゆくのか。

これが大事ですよね。

人からどう見られているかなんて、気にしなくていい。この与えられた人生を、どうしていきたいのか。それについて、しっかりと考えることだ。

おわりに

今でも、いろんな人が「他人からの評価」を気にして生きています。

僕からすれば、

そんなもの、クソ喰らえ!

ですよ笑。

評価されるにしても、

  1. それをどう活かし
  2. 自分の人生に繋げてゆくか

がカギですからね。

変えることのできない「他人」に左右されるのではなくて、自分が今できることを貫いていきましょう。

それではまた!

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