こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、熊本で大きな地震がありました。
生徒さんとお話をしたり、YouTubeで最低限の情報はとっていますが、基本的には見ないようにしています。
胸が苦しくなるからです。
こういう大きな災害が起きますと、決まって「自粛しろ」と言い出す人がいます。
結論、
です。
誰もそんなことは望んでいませんし、僕らは僕らにできることを常に進めてゆくことが、復興への後押しとなります。
今日はそんな「自粛するかどうか」という話について、書いていきます。
自粛は意味がない

僕は東日本大震災の頃も、この手の「自粛ムード」には違和感を覚えていました。
と感じていたからです。
実際、コロナ禍でも同じように思っていました。
それで結局、日本政府は多くの飲食店を潰すこととなりましたよね。(ある意味、これのせいで亡くなった人もいました)
では聞きますが、今日、あなたは自粛をしていますか。
世界各国で、飢餓や紛争で亡くなった人たちがいるからです。
今日も多くの人が亡くなっていますが、あなたは自粛しないのですか。
そういうことです。
僕が言いたいこととは、
ということです。
熊本は日本ですから、日本国民としては誰もが心配しているに決まっています。
地理的にも近いですし、当然、同じ国内ですからね。
では、それでみなさんは仕事を休んだのでしょうか。
飲みに行くのをやめましたか。
美味しいものを食べるのをやめましたか。
いいのです。
自分の生活を送っていけば。
思いは届けつつ、自分のやるべきことをやること。
それしか道はありません。
むしろ、
と、震災を利用して発信している人のほうが、被災者への冒涜だと思っています。
態度や気持ちが大事

大切なのは、「人を想う気持ち」です。
先述した通り、僕らにできることなんて募金や支援物資くらいが関の山であり、最終的には「現地の人たち」が頑張るしかありません。(少額ですが、僕は義援金を送りました)
僕がもし被災したとしても、
と思っています。(支援はありがたいですけどね)
と言うより、前提として今の生活だって、それぞれが生きるために必死に働き、自分の足で歩いているじゃないですか。
SNSで現地の人からの声を見てみますと、
など、「反自粛派」の人しかいませんでした。
要は「自粛しろ!」という人ほど、現地の人の気持ちを蔑(ないがし)ろにして、自分の都合のいいように解釈し、好き勝手に発信をしているということ。
大切なのは、「気持ち」です。
僕は、意図的にニュースを見ないようにしていますが、それでも、
と願いながら、自分の作業に集中しています。
- 僕らがただ何もせず
- 自粛をして生活すること
で、一体何が生み出されるというのでしょうか。
その時間も、誰かのために生きたらいいでしょうし、そのほうが生産的な時間となります。
繰り返しになりますが、あまりにも周りを気にして “合わせすぎ” てしまいますと、
と常に世界を観察しながら、「何か大きな出来事」があれば、予定をキャンセルしなければなりません。
それは当然、意味のないこと。
- 被災地を思ったり
- できる範囲で募金したり
こうした姿勢を持つ上で飲みに行くならいいですし、「俺らには関係ない」という態度さえなければ、それでいいと思います。
自分の人生に集中すること

何度か申し上げていますが、今僕らにできることは、
です。
毎日みんな、必死に生きているわけでして。
むしろそうやって、
と思いを届けられるだけでも、素晴らしいことです。
と思っている人は少ないでしょうし、残念ながらそのことに構っていられないくらい、余裕のない方だっていらっしゃいます。
それでも、しっかりと自分の人生を生きることができていれば、それでいいのではないでしょうか。
僕が父を亡くした時も、
と考え、動揺しながらも、自分の仕事に集中していました。
「だからかっこいい」だとか「偉いのだ」とか、そういう「薄っぺらい話」ではありません。
確かに、倫理観を大事にすることや、ある程度の自粛も大事でしょうけれど、
と、「一体、何の時間かわからない時間」が過ぎ去って行くだけです。
僕はこう考えていますし、被災地の人たちも「過度な自粛」に対しては、
と言っています。
それぞれには役割や出番があって、国外に住んでいる海外の方たちは、日本の震災の日に自粛するわけもありません。
生きるために、「毎日」必死に働いています。
むしろ、それが正常というもの。
現地に祈りを捧げつつ、僕らは粛々と、
- 自分の人生
- 自分にできること
に集中することですよね。
表面上だけで、
なんてことはしなくていい。(もちろん気持ちは素晴らしいです)
その気持ちは大事にしながらも、やれることを淡々と進めていきましょう。
おわりに
- 東日本の時も
- コロナ禍の時も
僕はこの強制的なムードに、かなりの違和感を覚えていました。
と。
それで経済活動を止めてしまうほうが厄介ですし、共倒れになったら元も子もありません。
それぞれが、できることをしてゆくこと。
ここを履き違えないようにしておきたいですね。
それではまた!
