30代教員が非日常で生徒との繋がりを感じる【学校行事はクソ楽しい】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

2021年はコロナもあって大変でしたが、僕の学校はなんとか文化祭を執り行うことができました。

短縮であったにもかかわらず、生徒たちとの一体感は計り知れないものになりました。

なぜ教員をやっているのですか?

と聞かれた時に、

卒業式があるから

と答えていた先輩教師がいました。

僕の場合は、「文化祭があるから」と答えてしまいそうですけれど笑。

普段見られないような、生徒の姿が見られる文化祭。

そこで僕は、毎年何を感じ、何を思うのか。

書いていこうと思います。

学校のイベントや行事はとても大切だ。生徒の新たな一面を見てあげよう。

非日常を味わう日

コロナになってから、学生たちの時間が奪われたのを目の当たりにした僕ら教員ほど、その落胆した空気を感じた人はいないと思います。

「今年も文化祭をやる」とは言うものの、

  • 短縮はされるわ
  • 黙食しなきゃいけないわ

で、大変でした。

食べ歩きもできないし、友達も呼べない。

そんなにダメダメばかり言うのであれば、やめたほうがいいんじゃないか?

とすら思っていた先生も多かったです。

しかし結論、「やってよかったな」という気持ちのほうが圧倒的に勝りました。

学校というものは、先生も生徒も授業ばかりではつまらないものです。

週5日、フルで学校がある週は、先生も生徒も疲れてしまうのです。

学校といえば青春、青春といえばイベント

ですからね。

  • 文化祭
  • 体育祭
  • 修学旅行
  • 合唱コンクール

と言ったイベントは、なくてはならない存在です。

文化祭においては、生徒がダルそうにしつつも、

  1. ギリギリで間に合わせてきて
  2. 最終的にはそこそこいいものを作ってくる

ので、これがまたいいんですよね笑。

学校は勉強するところでもありますが、やはり青春するところでもあると思っています。

こうした青春は、多くの生徒がいないと、なかなかできないものなのです。

僕は以前、「学校なんかなくてもいいかな…」と思ったことがありましたが、文化祭をやった直後は、

あぁ、なんだかんだ言って学校ってこの空間がいいんだよなぁ

と感じてしまいますね。

そこにある「非日常」を、先生も生徒も全力で楽しみ尽くす。

先生が楽しんでいるのを見れば、生徒たちも、

お?なんか楽しそうだぞ?

と釣られて楽しんでくれるのです。

「みんなで何か1つのことに向かって、全力を尽くすこと」

ができる場としては、学校という場ほど素晴らしい場所はありません。

好きかキラいかは別にして、その点においては学校が最強ですね。

集団で生活しているからこそ催せるものもある。学校は授業だけではない。

様々な生徒たちが1つになる

文化祭となると、生徒指導にも力が入ります。

変なことはしていないか?

と、生徒をいつもより「厳しい目」で見てしまうことがあります。

しかし僕のマインドは逆でして、

この日くらいは、みんなで羽目を外して全力で楽しむべき

と思っています。

確かに、ちょっと調子に乗る生徒も出てきますが、適切に指導すれば大丈夫です。

生徒は、指導されれば(あるいはされる前から)、

この範囲内で目一杯楽しもう

と、工夫を凝らして楽しんでくれます。

僕のクラスは「クラスTシャツ」を頼んだのですが、なんとTシャツが届くや否や生徒たちが、

俺はここに、自分の名前をペイントするんだ!

と、クラスの出し物とは全く関係のないことに、時間を割き始めました笑。

その集中力は目を見張るものでして、

え?なんでこんなに集中できるの?

と思ってしまったくらいでした。

生徒の新たな一面を見ることができた瞬間でしたね。

「クラス運営」とは難しくも楽しいものでして、

  1. 担任と生徒との相性も大切だし
  2. 生徒の空気感やキャラクターのバランスも大切

です。

僕のクラスでも、

  • 本当にやる気のない生徒
  • クラスではなく部活で頑張る生徒
  • クラスメイトと交わるつもりはないと決めている生徒

など、文化祭一つとってもベクトルが様々です。

クラス運営では、決してマジョリティを大切にし過ぎず、一人でポツンといる生徒などにも、バランスよく声をかけてやるのが難しいところ。

文化祭で一つになることができた!

と思っても、担任がそう思っているだけかもしれませんしね。

各生徒が思っていることや熱量、やり切った感はそれぞれ異なります。

ここで言う「一つ」というのは、

  1. ごちゃごちゃしたいくつもの思想を
  2. なんとか同じ空間にいさせて、最後までやり切った

ということに過ぎません。

僕はそれでもいいと思っています。

ベクトルや熱量が違っても、発信元は「僕のクラスメイトである」という事実は、変わらないことですからね。

いろんな生徒が一堂に会して、紆余曲折ありながらも1つになる。文化祭は感動的だ。

先生が前を突き進んでいく意味

僕は文化祭や体育祭などでは、

基本的には生徒たちが主役だ

と思っています。

しかし時には、先生が「恥を捨てて楽しむ方法」を教えてあげることも大切です。

例えば僕も、今回の文化祭の空き時間で「いろんなクラスを回ること」をしてみました。

先生が来てくれますと、生徒も嬉しいからです。

僕は縁日やゲーム形式のものに取り組むときは、誰よりも真剣になります笑。

くそぅ!あぁ!

と大声をあげながら笑、一人で楽しむ姿を見て「生徒はどう思うのかな?」と、様子を伺ってもいました。

僕が楽しんでいますと、生徒たちも笑ってくれるのです。

ダンス公演についても、そうでした。

基本的には生徒が主役なのですが、最近の子たちは先生が踊ることについて、どうも気になるらしいのです。

先生いつ出演するの?絶対見に行くからね!

と、楽しみにしてくれる子たちが多くて、嬉しいものです。

主役は生徒ですが、楽しめるアトラクションを用意できるのであれば、生徒たちのためにも、

練習して来たことを出してやろうじゃないか

と思ってしまうのです。

そして踊り終わった後に、決まって生徒たちが駆け寄ってきて、

先生かっこよかった!すごかったよ!

と言ってくれるんですよね。

そこから生まれるコミュニケーションが、また今後の「繋がり」になるので意味のあることなのです。

生徒たちも、

こういう楽しみ方があるんだな

と思ってくれますしね。

いつまでも熱くいたい。

年老いても、その心意気は忘れずに、生徒と過ごしていきたいですね。

先生も思いっきり楽しもう。生徒たちに大人の楽しみ方を伝えるのだ。

おわりに

僕は、自分が高校生時代の頃は文化祭をあまり楽しむことができなかったため、

どうやったら生徒が楽しむことができるだろうか?

と考えること自体が楽しくなっていました。

終わってみますと、

  • それぞれの個性を発見できたり
  • 生徒とたくさん話すことができたり

と、数時間だけでも、素晴らしい体験をすることができました。

教師っていいなぁ

でも、とりあえずあと一年ですね。

頑張っていこうと思います。

それではまた!

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