隣の芝が青く見えてしまう人へ【周りの人を羨ましがらないために】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日、生徒さんから相談を受けました。

どうしても周りの人の人生が、成功がキレイに見えてしまう。自分はこんなに頑張っているのに、なぜか自分だけがうまくいかない…

僕はすでに悟りを開いていますので笑、どんなに友人が、

  • リッチだろうが
  • 有名人だろうが
それで?僕の人生には関係ないけど

と思ってしまいます笑。

多くの人は、ご近所さんを見ては、

隣の芝は青く見えるなぁ…

と言ってしまいがちです。

今日は「周りの人を羨ましがらない」ために、考えるべきことを書いていきます。

どうしても隣の芝は青く見えるだろう。自分の人生が楽しくない時ほど、他が気になる。まずは自分の人生を充実させることだ。

ダブルスタンダードはやめろ

僕が聞いたことは、

ではなぜ、他の裕福な人を羨ましがらないのか?

ということでした。

世界には、もっと裕福な人(楽をして?)はいくらでもいます。

その人たちに対しても、

羨ましい!あぁなりたい!

と思わなければ、フェアではありません。

すると、

いや、その人たちのことはよく知らないから…

と言われました。

  • 知っている人には嫉妬心が生まれ
  • 知らない人に対しては無関心を貫く

これは、ダブルスタンダードだと思っています。

そんなに友人が羨ましいのであれば、他の人に対しても同じ念を抱かなければ辻褄が合わない

と。

要は、

  1. その時その時の状況によって
  2. ただ感情的な浮き沈みを吐き出している

だけです。

あいつが昇進したから!
あいつが儲かったから!

イヤなのでしょうか。

ではさらに、自分が成功した場合を仮定しましょう。

そうしたら、他の人はあなたのことを羨み始めるとします。(今あなたが羨んでいるように)

どう感じるでしょうか。

いやいや、私は成功するために頑張ったし、私が掴んだ成功なのだから、あなたには関係ない

と思うのではないですかね。(いい意味でも)

そういうことです。

大事なことは、

じゃあ他のケースでは?
じゃあ自分が成功した場合は?

という場合を、ちゃんと想像しておくことなのです。

それをせずに、

とにかくあいつばっかり、イヤだ!自分の場合はイイ!

というのは、わがまま(=ダブスタ)過ぎます笑。

それらの状況を想像できれば、

まぁ、今の自分は嫉妬してるだけなのだろうな

と理解することができるはずです。

自分は良いが、あいつはダメ。知らない人は良いが、あいつはダメ。これではダブルスタンダード過ぎる。どの状況でもフェアでなければ、それは単なる「うまく行かないこと」への不平不満だ。

誰にだって背景がある

もう一つ僕が伝えたいこととは、

ものごとには、必ず両面がある

ということです。

先ほどの考え方にも通じますが、「世の中で成功した人」が全員に対して、

楽をして成功したに違いない!

と言うのは、あまりにも想像力に欠けています。

たまたま自分の周りが成功したからと言って、その人の努力や陰での苦しみは、誰にも分かりません。

それをまるで知ったかのように、

なんで自分だけ上手く行かないんだ?!

と言うのは、被害妄想なのではないのかなと。

自分が苦しくもがいて、何か得た時にも「楽(らく)をしたんだろ?」と言われることになりますが、どう思いますか?

と、僕は問いたいわけですね。

結局これも、「ダブルスタンダード」なわけです。

  1. 自分が成功した時には、その苦しみを理解できるのに
  2. 他人が成功した時には、どこかで楽をしたのではないかと妄想する
なぜこっちがよくて、こっちがダメなのか?

という質問に、答えられていないわけですね。

僕らの見えていないところで、人はそれぞれ努力したり苦しんだりしているのは、当然のことです。

みなさんだって、同じように苦労して生きているじゃないですか。

僕の意見をひっくるめて言いますと、要は、

自分が成功していないことに対して、勝手に僻(ひが)んでいるだけ

だということです。

僕は以下のように考えています。

自分自身が成功していないのは、

自分の努力が足りないからだ

であり(政府の税金の取り過ぎは別)、自分がうまく行ったのは、

ただ運が良かっただけなのだ

と。

このスタンスに立てないままですと、いつまでも「他責思考」で、ものごとを考えるようになってしまうわけですね。

誰かの成功の背景には、血の滲むような努力がある。いつでも謙虚な人とは、自分の成功に自信を持ちつつも、一人の力ではできなかったと思っているのだ。

自分のことに集中せよ

どうやったら、この他責思考を回避できますか?

これは非常に難しい質問です。

極端かつ乱暴に答えるならば、

自分で気づくしかない。自分のことに集中できる人生に、たどり着くしかない

と言わざるを得ません。

ただ僕が思うに、

自分の人生に満足できていない

という状態の人こそ、人の庭を覗き、

なぜ自分だけ?

と、被害者ムーブをかましている気がします。

他国を見てみれば、いかに日本が豊かがわかりますし(現日本政府はダメですが笑)、もうすでに「足りている/満ちている」部分だって、(言い方は悪いですが)人と比べれば山のようにあります。

自分だけができていない…

と感じている人に、厳しい言い方をします。

あなたが勝手にそう思っているだけで、周りのことなんて何も考えて(見えて)いないんでしょ?

と。

そんなに成功したいのならば、成功するまで努力するしかありません。

それでひとたび成功したら、

いや、自分は努力したんで!(他人を見下しながら)

と言い張るのでしょう。

この考え方自体が、

  1. 他人の人生ばかり見ていて
  2. その裏にある努力や事情も知らず
  3. 自分の人生を蔑ろにして、むしろ時間をムダにしている

としか思えないのです。

僕に言わせてもらえば、

へー!他人の人生を考えるくらい、暇があっていいですねー!

という感じですよ笑。

そんな暇は、僕らにはありません。

そんなことを考えているくらいなら、

  • 仕事したいし
  • 勉強したいし
  • 筋トレしたいし
  • 子育てしたいし

と思うものじゃないですかね。

自分の人生に集中し、自分を磨いてゆくしか解決策はありません。

この点に気づけない限り、いつまで経っても「他人が〜!/あの人が〜!」と、他人の人生を生きることになるでしょうね。

僕はそんな人生にしたくない。

だから他人が成功したら、

すごいじゃない!(ま、僕には関係ないけど)

くらいのものです笑。

僕はそんなことより別のことをしたいし、“僕なりの成功” を目指していますから、そもそもルートが違う。

自分の人生に、とにかく集中したいのです。

他人の芝ばかり見ている人は、ずっとそこから抜け出せない。それだけ暇だとも言える。もっと自分の人生に集中しよう。そうなるには、根本から考え方を変える必要があるのだ。

おわりに

こうやって「他人の人生」にとやかく言う人を、僕は何人も見てきました。

それは本人なりの悩みですから、それを言語化できただけでも素晴らしいことでもあります。

ただ、そうやって隣の芝を見ているうちは、自分の大切な時間を、

はい!今から「他人と比べるタイム」ね!

と、そんなくだらない時間に使っているということ。

みなさんがそうしたければ、ご自由に。

僕は僕の人生を歩いて行くことに、集中していきますね。

それではまた!

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