本当に強い男なら感情に支配されない【優しく強い男であれ】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日、静かな電車でカタカタとパソコンで作業をしていたところ、横のおじさんが、

電車でカタカタやるな。うるさい

と、僕の作業を静止してきました。

は?お前、調子乗んなよ?電車での作業は禁止されてねぇし、どうせ怖そうな人には言わねぇんだろ?なぁ!

とは言わず笑、

あ、はい

と、そっとパソコンを閉じ、3駅分くらい、気まずいながらも隣でスマホで作業することに切り替えました。(僕は別に気まずくない)

昔の僕だったら、

こいつになんとか反論してやりたい!

と思っていたことでしょう。

今の僕は、別になんの感情の昂(たかぶ)りもなく、

ま、確かにカタカタうるさかっただろうな。ごめんごめん

と思っていました。

今日は「平静に振る舞うこと/それぞれの正義」について、書いていきます。

僕は昔に比べて、とても冷静になった。怒っている自分、言い合っている時間がムダだと思うようになったからだ。落ち着いて、感情を支配していこう。

ただし、議論や指摘は大事なこと

もちろん、僕が「自分の正義」に基づいて、

それは違うだろ

と思うのであれば、反論することも悪いことではありません笑。

ただ今回の件に関して言えば、いざこざを起こしてまで反論する必要はありませんでした。

むしろ、そのおじさんが「不愉快」に思っているのであれば、それはそれで正解とも言えますからね。

僕がそこまでしても「自分を曲げられない状況」であれば、言い合いになってもいいですけれど笑。

今回は、そこまでこだわる必要がなかったということもありますし、

まぁ、確かに言ってることも一理あるか

と納得できました。

大切なのは、世の中には正解がないということ。

しかし社会や組織には、

  • 暗黙の了解
  • お互いの気遣い
  • 目に見えないルール

などもありますから、文脈に沿ってそれらに従ってゆくことが望ましいです。

何をしてもいいというわけではないですし、自分が間違っていることだってザラにあります。

その時の状況に合わせて、冷静に判断していきましょう。

感情に任せていては、収まるものも収まらなくなってしまいますからね。

何かを指摘する側にも正義がある。だから議論することは大事なこと。その都度、正解を探して冷静に判断していこう。

怒っても仕方がない

そして何より、最近は、

怒っても仕方ないな

と思うことが多くなりました。

年を重ねたこともありますが笑、

そこに割いている時間がもったいない

と思うようになったのです。

世の中においていざこざが起こるのは、基本的に人間関係においてです。

特に僕は、朝活やオフ会などのホストをすることもありますので、

あぁ、また参加者同士ですったもんだしてるわ

と思うことはよくあります。

しかし、それらは「いい意味で」、僕には関係がありません。

干渉しようとすればするほど、どんどんその人たちの「いざこざ」に巻き込まれていってしまいますからね。

よくご自身の、

  • 優しさ
  • 正義感

から、人間関係に首を突っ込んでしまう人がいますが、少し冷静になったほうがいいのかなと。

  • 問題を解決したり
  • 仲を取り持ったり

することで、感謝されることもありますし、僕自身も相談に乗ったり少し噛んだりすることもあります。

ただ「どちらかの肩を持つ」という行為をしますと、もう片方から「敵認定」されてしまい、結局「破綻すること」が最終着地点となることが多いです。

僕は「感情的になること」は、その人との関係性を悪化させるだけになると思っていますし、今回注意されたからと言って、反射的に、

何こいつ?

とは思いませんでした。(本当です笑)

感情的になりますと、

  1. 自分は正しいことをしていて
  2. 批判や否定をしてくるやつは全員間違っている

という、極端な発想に行き着いてしまいます。

そうならないためにも、怒らないこと。

怒りに任せてしまったら、ものごとの収集がつかなくなってしまいますからね。

人間関係のいざこざが、ほとんどの人の悩みだ。その根幹には感情が必ず絡んでくる。だから感情的にならないことが大事だ。

それぞれの正義がある

今回の件なんて、記事にすらしようと思っていませんでした笑。

まぁ、その人なりにパソコンの打鍵音が不快に思ったのだろうし、僕はすぐに作業をやめたし、なんの問題もなく終わった

と思っていたからです。

それでも記事にしたのは、

それだけ、人にはそれぞれの正義があるのだ

ということを伝えたかったからです。

生きていれば、

  • その人が幸せに感じること
  • その人が不愉快に思うこと

はそれぞれ違い、一人一人に「感じ方の違い」があるものです。

2026年はW杯がありましたが、サッカーに全く興味のない人だっています。

世の中の「インフルエンサー」でも、

  • 全く見ない人
  • 名前も顔も知らない人

すらいます。

それは “お互い様” であって、その境界線を飛び越えて、

お前の考え方は間違っている!

と言うには、ちょっと議論が足りなさすぎますよね。

逆に僕が、そういう人と対峙しますと、

はぁ…自分の正義を貫きたいのはわかったから、他の人の話も聞いてくれ

と思ってしまうのです。

そこに、

  • 感情や主観
  • 行き過ぎた正義

が入ってきますと「バトル」が勃発してしまい、「戦って相手を潰すこと」が目的となってしまいます。

要は、「お互いの正義のぶつけ合い(=不毛な戦い)」となるわけでして。

最近僕は、そうした「非生産的な時間」に入りそうになった時に、

いや、ここはフェードアウトして、自分の時間を大事にしよう

と思うようにしていますね。

それは逃げているわけではなくて、相手の正義も認めているということ。

うん。そういう考え方もあっていい

と。

その上で、相手がしっかりと聞いてくれるのであれば、議論をしてもいいでしょうが、荒ぶっていて、

お前の話は一切聞かん!俺が/私が正しいんだ!

となっていましたら、そっと離れます笑。

それぞれの正義があってもいい。

ただし、

  • それを押し付けたり
  • 相手を否定して潰そうとしたり

してしまえば、それはただの「暴力」です。

そうならないよう、僕は今回スッと離れました。

彼の言い分も理解できたからです。

お互い気持ちよく過ごしてゆくために、「そうですよね。わかります」という態度を持っておくことですね。

生きていれば、人の数だけ正義は存在する。議論することは大事だが、噛みついて相手を負かそうとしたり、行き過ぎた正義を貫いたりしないようにしよう。

おわりに

些細なことかもしれませんが、こうした小さなことで「イラ立たないこと」は、今後の人生で生きて行く上で大事なことです。

いつもイライラしてしまう場合、もしかしたらご自身に余裕がないのかもしれません。

そんな時は落ち着いて深呼吸するか、

ま、そういう考え方もあるわな

と、相手の意見を飲み込んでみましょう。

「いろんな正義があるのだな」とわかりますと、新たな発見もありますからね。

それではまた!

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