こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、3年生を対象とする「奨学金に関する説明会」がありました。
結論から言いますと、1時間近く話を聞くだけで、生徒たちに全く内容が伝わっておらず、あまり意味のない時間となりました。
担当の先生は、広い視聴覚室でマイクを使って話していたのですが、とにかくわかりづらく、話が長かったので、聞いていた担任団も辟易してしまいました。
教員になりますと、
- 研修という名の我慢大会が行われたり
- 意味のない会議の時間があったり
など、平然と時間がムダに使われています。
これらが全て意味のないものだと一蹴するつもりはありませんが、デメリットは大きいと考えています。
今日は、短く簡潔に話す大切さをお伝えしていきます。
報告や連絡は、短いに越したことはない。

担任業務をしていますと、朝のSHR(ショートホームルーム)で本当に話の長い先生がいることに驚きます。
僕が、
と言って教室を出ますと、まだ延々としゃべっている担任がいます。
確かに「短ければ短いほどよい」というわけではありませんし、大切なことはちゃんと生徒たちに伝わっているかどうかですよね。
そっとそのクラスの教室を覗いてみますと、生徒たちは、
- スマホをいじり
- 下を向いて内職をしている
到底話を聞いているようには思えませんでした。
毎日のようにSHRが、若干LHR(ロングホームルーム)と化してしまっており、見ているこちら側もツラくなります。
報告や説明は、簡潔で短いことに越したことはありません。
それには理由があります。
- 要点が伝わる
- 短い時間だけ集中していればよい
- 人の時間を奪うことになる(後述します)
です。
生徒たちは大人と違い、そこまで忍耐強くない生徒もいます。
- 今日の大事なこと
- 必ずやるべきこと
を伝えてしまえば、それ以外に話すことなんてありません。
時間は限られています。
リンク
と思って聞いてみれば、
- 朝から説教したり
- 一言で伝わることをあえて長く伝えたり
- 「わかってる?」「聞いている?」と確認したり
しているように見受けられました。
生徒の立場に立てば、
- 授業に遅れてしまう
- なんでそんなに長いのか
- 要点はわかったから解放してほしい
と思うことは、目に見えていました。
「本当に大切なこと」を伝えなければならないのだとすれば、それは朝のSHRでやるべきことではありません。
- さっと要点だけ確認し
- 生徒たちが押さえればいい点がわかる
それ以上、何も言うことはないのです。
毎日毎日、そんなに重要事項を伝えなければならないとすれば、1時間目に間に合わなくなってしまいます笑。
時と場合にもよりますが、どんなに余裕のあるときでも、冗長な説明は聴く気になりません。
要点をかいつまんで短時間で伝えることは、話し手(報告者)がすべき「努力」です。
もし聞いてなかった生徒(や同僚)がいても、その事柄が自分にとって重要なこと(関係すること)であれば、
- 確認しに来たり
- 再度聞き直しに来たり
するものです。
それが、
- 煩雑だと思う必要も
- 説明不足だと思う必要も
ありません。
説明が伝わったかどうかを確認したい場合は、「質問ある?」と聞いでもいいですしね。
という事実があれば、あとは聞き手次第です。
報告は短時間で勝負すること。
二言、三言で終わらせると、聞き手も集中してくれます。
説明は簡潔に、わかりやすく。

話を奨学金説明会に戻します。
今回の説明会はあろうことか資料をただなぞっていくものでした。
資料が洗練されていれば話は別なのですが、
- 資料があっちゃこっちゃ移動する
- 給付型と貸与型という言葉も難しい
- 第一種と第二種の違いがわかりづらい
- 一方的にしゃべっていて生徒への確認が入らない
生徒にとっては苦行だったろうな、と思いましたね。
「説明会」や「研修」は幾度となく経験してきましたが、この手の「失敗」は話し手に責任があると思っています。
僕も今回の説明会に同席していて、
と、代わりに説明してあげたいと思いました。
この手の話し方は、裏を返しますと、
「相手のことを1ミリも考えていない」
という態度であることと、同義だと思っています。
聞き手の立場に立ってみれば、
- どこがわからないのか
- どこを押さえておけば良いのか
- どこをクリアにしてもらうと嬉しいのか
と考えるはずだからです。
説明を聞いていますと、なぜそのような「長ったらしい話」になってしまったのか、だんだんとわかってきました。
- 生徒たちを一切見ていない
- ちゃんと準備をしてきていない
- 担当の先生が奨学金のことを理解できていない
などの理由があげられます。
と事前に考えてくれば、そのような冗長な説明にはならないはずなのです。
と思いました。
- 人の3倍勉強する
- 時間をかけて準備する
- リハーサルをしておく
- つまずくポイントを押さえる
- 生徒たちの理解を第一にする
むしろ無駄な説明は削ぎ落とされ、大切な部分が残るからです。
- 準備をしていないから、資料を読むだけとなる
- 本人がよくわかっていないから、要点が不明瞭になる
だから「要領の悪い説明」となってしまったのでした。
説明が簡潔でわかりやすいということは、
を意味します。
乱暴で適当な準備で、あっという間に説明を終わらせることもできますが、その場合は簡潔ではなく粗末な説明であるだけです。
冗長でも粗末でもないような「簡潔な説明」を目指して、準備していきましょう。
他人の時間を奪っている意識を持つ

会議でも説明会でも授業でも、
という認識を持つ必要があります。
話し手は「主導権」を握っていますので、
- 聞き手の反応
- 生き抜き程度の雑談
- 時間管理(タイムマネジメント)
- 発話量のターンに気を配ること
などに配慮すべきなのは、当然のことです。
それは、
と言う気持ちがあるからではありません。
他人に時間を割いてもらって行なっている会議(説明会)なのだから、時間を管理して簡潔に進めていくことが、人を集めて話している側の義務なのです。
マイクを持って好き勝手しゃべる人もいますが、
- 自分だけの時間ではないこと
- 他人の時間を奪っていること
に、まず気づくべきです。
それができない(苦手)のであれば、
- 終わりの時間を設定したり
- 話すことをメモして来たり
と、環境を制限したり準備してきたりするほうが、よっぽど良いでしょう。
聞いている側も「終わりを意識すること」で、自然と聞く態度になりますし、集中力も途切れることがありません。
結果的に話し手側も、「簡潔でわかりやすい内容」を心がけるようになりますので、時間管理(タイムマネジメント)は会議において重要な要素と言えます。
他人の時間を大切にしようとするからこそ、自分が行なう説明を「わかりやすく簡潔に」しようと努力することができるということ。
すると「奪う」ことを意識するよりも、
- より学びのある
- より意味のある
時間になるように、意識が働くようになります。
本来はそう言ったポジティブな意味での時間として、会議や説明会、授業はあるべきなのだと思っています。
おわりに
- 報告・連絡は手短に
- 説明や授業は簡潔にわかりやすく
- 他人の時間を奪っていることを意識すること
これらは全て、相手への配慮や思いやりから生まれる発想です。
ただし一部を切り取って、
- 長い説明はダメ
- 会議や説明会は不要
- 短ければ短いほどよい
といった極端な考え方になる必要はありません。
長い説明でも「この人の話が聞きたい!」と思って参加している人からすれば、長ければ長いほど良い時もあります。
しかし、「簡潔」で「わかりやすい」説明を心がけてくれる人の話は、好印象であることは間違いありません。
そのための準備は大変ですし、「コスパが悪い」と思うこともあるかと思いますが、それが話し手の義務です。
僕も要領の良い報告と、生徒と自分のお互いにとって充実した授業をできるよう、精進していきます。
それではまた!

